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第10章 未来へ繋ぐ想い

第81話ー② 二人を繋ぐもの

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 ――翌日。

 宿泊していたビジネスホテルで身支度を整えた優香は、

「まずはここの世界を知らないことにはだよね」

 そう呟きながらスマホを確認する。

 そして電波は、『圏外』と表示されていた。

「ってことは、スマホを使うのは無理だよね。はあ」

 とりあえず、こっちの世界の私のことを調べよう――

 それから優香はホテルを出て、もう一人の優香が住むアパートに向かったのだった。



「確か今日は講義があるってキリヤ君が……」

 そう言って木の陰から、もう一人の優香が住んでいるアパートを見た。

「じゃあお母さん、行ってきます!」

 そう言って家を出るもう一人の優香。

「……お母さん?」

 この世界の私はお母さんと暮らしている――?

 もう一人の優香が見えなくなってから、優香はアパートに近づいた。

 お母さんって、私の本当のお母さん……だよね――

「少し顔を見るくらいなら、いいよね」

 そう言ってアパートの方を見ると、その中から一人の女性が出てくる。

 そして優香を見つけると、ニコッと微笑んだ。

「お母さん……」

 お母さんが私にあんな笑顔をしてくれたことなんて――

 そう思いながら、母の顔を見つめる優香。

「どうしたの? 忘れ物でもした??」
「あの、えっと……」

 しまった……私が2人いるってばれたら、大変なことになる――

 そう思って目を泳がせる優香。そして、

「あ……そういうことか。うふふ。こっちに来なさい、優香」

 母はそう言って手招きをする。

「は、はい……」

 優香は母に言われるがまま、母の元へと向かう。

 ばれなきゃいいけど――そう思いながら、母の正面に立つ優香。

「どうしたの、お母さん。私――」
「あなた、違う世界の優香ね!」
「え……?」

 目を丸くする優香。

 今、って言った――?

「え、違った?」
「――なんで?」
「ふふふ。話せば長くなるかな。まあ入って入って!」

 そう言って家の中に引き込まれる優香。

「それで話と言うのは?」

 部屋の真ん中、正座をしながら優香は目の前に座る母にそう言った。

「なんか、固いわね……あなたの世界の私は、そんなに厳しく優香を育てたの?」

 母はそう言って、首を傾げる。

 それから優香は俯くと、

「……私の世界の母はそう何年も前に亡くなっています。私が――あなたを殺しました」

 小さな声でそう言った。

「……そういうこと。きっとそっちの私が優香に何かしてしまったのね」
「私は、母に嫌われていましたから」
「そう……ごめんなさい」

 悲し気な声でそう言う母。

「あなたが謝ることはないです」

 優香が顔を上げて、母にそう言うと、

「でも、それでも私だから」

 優香の顔をまっすぐに見て、母はそう言った。

「すみません、ありがとうございます。あの、それで――」
「ごめんなさい。脱線したわね。私がなぜあなたのことを知っているかでしょ?」
「ええ」

 それから優香の母は目を閉じてから天井を見上げた。

「……夢を、見たの」
「夢?」
「大きな蜘蛛が現れて、私に言うのよ。近いうちにもう一人の優香が来るからって。その時、助けてやってねって」

 そう言って優香に微笑む母。

「……え?」

 その蜘蛛ってもしかして、私の中にいる――

「ここへ何をしに来たのか、教えてくれる?」

 その問いに俯く優香。

「聞いたら、きっと協力してくれないかもしれないです」
「こっちの世界の優香に関わることなのかしら」
「……はい」

 優香が小さな声でそう言うと、

「そっか。そうだとしてもあなたも優香でしょ。私の娘だってことに変わりないから。だから教えて」

 母はそう言って微笑んだ。

「それでは――」

 そして優香はこの世界に来た目的を説明した。その話を母は真剣な顔でずっと聴いていた。

「だから私は、キリヤ君を連れて帰らないといけないんです」
「……そうなんだね」

 頷きながらそう言う母。

 お母さんは何を思ったんだろう。自分の娘が不幸になるかもしれないことに腹を立てたかな。私はまた、お母さんに嫌われちゃったのかな――

「ごめんなさい」
「なんで謝るの?」
「だって……こっちの世界の私が、悲しい思いをするかも――」
「大丈夫。きっとそうはならないわ」

 優香の言葉を遮り、笑顔でそう答える母。

「でも、キリヤ君とこっちの私は……」

 そう。私とキリヤ君は、恋人関係にある。だからキリヤ君がいなくなれば、こっちの私はきっと――

「それでも大丈夫。だって、この世界にはずっとキリヤ君がいたんだもの。きっと元のキリヤ君に戻るだけじゃないかな」
「そんなの、わからないじゃない……」

 優香はそう呟き、両手の拳を握る。


「ええ。だから、あなたはあなたの事だけを考えなさい。こちらのことはあなたとは関係ない世界だから」

「でも――!」

「キリヤ君ともう一緒に居られなくなってもいいのなら、一人で戻ればいい。でもそうじゃないんでしょ?」


 キリヤ君とは、もう一緒に居られなくてもいいの……? ううん、それは……嫌だ――

「……うん」
「じゃあ、やることは一つ。あなたはあなたのできることをやりなさい。人生は、後悔してからじゃ遅いことだってあるんだから」

 そう言って悲しそうに笑う母。

 その表情を見た優香は、きっと後悔をしながら、お母さんは生きてきたんだね――そう思ったのだった。

「……わかった。私は私のやれることをする。キリヤ君を連れて、元の世界に帰る!」
「ええ」

 それから優香はアパートを出た。

 母は優香の姿が見えている間、ずっと手を振っており、そんな母に優香は笑顔で手を振り返して、その場を後にする。

「私のやれることをやるんだ……先生に頼まれたんだもの。私がキリヤ君を連れて帰る」

 それから優香は母から聞いたキリヤともう一人の自分が通う大学へ向かったのだった。
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