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アフターストーリー

第5話ー① 実来の夢

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 高校を卒業した実来は、オンラインの専門学校に進学していた。

 高校課程修了時、能力の消失がみられなかった実来は能力者関連の施設への就職ではなく、S級施設に残り進学するというみちを選んでいたのだった。

 S級保護施設、教室にて――

 教室ではいつものように剛、織姫、狂司、ローレンス、水蓮、そして実来の6人が授業を受けていた。

「うーん」

 実来はタブレットとにらめっこしながら、腕を組んで唸っていた。

「実来、大丈夫か?」

 暁は心配そうな声で実来の方を見る。

「あ、うん! 大丈夫!!」

 実来が笑顔でそう言うと、暁は「実来がそう言うなら」と視線を外した。

 先生の心配はありがたいけど、先生に聞いてもわからない問題だからなあ。なんで私、情報系の専門学校なんて選んだんだろう――

 そう思いながらため息を吐く実来。

 それから実来は自分の斜め前に座る剛を見つめた。

 剛君もこんな感じでこの1年くらいを過ごしてきたんだろうな。ちょっとだけ、尊敬するよ――

 そして午前の授業を終え、実来たちは食堂へと向かった。

 ――食堂にて。

「はあ」
「どうしたのですか、そんなに大きなため息を吐いて」

 織姫は暗い顔で食事を摂る実来にそう言った。

「いや、もっと違う分野の専門学校にすればよかったのかなって思ってさ」
「え? 実来が学びたくて、情報系の学校を選んだのではないのですか?」

 きょとんとした顔をする織姫を見て、実来は少し恥ずかしい気持ちになった。

 そして実来は唇を尖らせると、

「違うよ。まだ就職はしたくなかったから、私の学力で行けそうな学校どこかな~って選んだのが、今のところなだけ。別に情報系のことを学びたかったわけじゃない」

 不満そうな声でそう言った。

「意識が低いというかなんというか……実来には、夢とかないんですか?」
「夢、か……」

 そう呟いて、頬杖を突く実来。

 そう言われてみれば、私に夢なんて――

「はあ」
「もし、実来に夢ができたら、教えてください。全力で応援しますから」
「うん。ありがと!」

 それから昼食を終えた実来たちは午後の授業に向かったのだった。


 
 ――授業後。

 実来は自室で『はちみつとジンジャー』の音楽を聴いて過ごしていた。

「ああ、やっぱり真一君の歌声、いいなあ。それに、実物の真一君もなんかミステリアスって感じなのに、たまに見せる少年のような笑顔がたまらないよね」

 そして実来はふと思う。ここはそんな彼が構築された場所だったな、と。

「しおん君と出逢ったから、真一君は笑うようになったって前に先生が言っていったっけ。それでここから夢が始まったんだよね」

 夢、か――

 そんなことを思い、実来は考えた。

 もともと根暗で友達もいなかった私は、ただ青春したいなって思いで今日まで生きてきたわけだけど――

「夢、なんて今の今まで、考えたこともなかったな」

 それから大きなため息を吐く実来。

「あ、そういえば――」

 実来は思い出す。数年前、母と一緒に出掛けた街での出来事を。


 * * *


 ――6年前。

 中学1年生の実来は母に連れられ、原宿に来ていた。

「お母さん、そろそろいい?」
「待って、実来ちゃん! あっちのお店にもいきたいわ!!」
「はあ」

 人が多いところは苦手なんだよね。無駄に高身長で目立つからあまり出かけたくないのに――

 そんなことを思いながら、実来は楽しそうに買い物をする母に着いて歩いていた。

 すると、

「あの、ちょっといいですか?」

 紺色のスーツを着た男性が実来にそう言った。

「え、あ、あああ……」

 もしかして、不審者!? どうしよう。お母さん……どこ――!?

 それから実来はなぜかいなくなってしまった母をきょろきょろと辺りを見渡しながら探した。

「あ、違うんです! 怪しいものじゃ――」
「私、誘拐してもお金になりませんよ!! だから――!」
「誤解ですって! えっと、ほら! これ!!」

 そう言って実来に名刺を差し出すスーツの男性。

「えっと、鷺沢さぎさわ芸能プロダクション?」

 受け取った名刺を読み上げながら、実来は首を傾げた。

「はい! あなたを見て、なんかこうビビッと来たんですよ! 存在感のある高身長、そしてその脚線美。桜色の髪もとても美しい!! きっと素敵なモデルになれると僕はそう確信しました!!」

 スーツの男性はそう言って実来に詰め寄った。

「わ、私……」
「ちょっと眼鏡を外してみてもらっていいですか!!」

 そう言って実来の顔に手を伸ばすスーツの男性。

「や、やめてくださいっ! 警察を呼びますよ!!」

 実来は身を縮こまらせながらそう叫んだ。

 そしてざわつく周囲。

「す、すみません……無理強いするつもりはなかったんです。ただ、やっと見つけた原石にテンションが上がったというか……今日はこの辺で失礼します。名刺はお渡しするので、またその気になったら、いつでもご連絡ください。それでは」

 そう言ってスーツの男性は去っていった。

「その気になんて、なるわけないじゃない……」

 実来はもらった名刺に視線を落とし、そう呟いた。

 それから時が流れ、実来はS級施設で暮らすことになった。


 * * *


「そんなことを言ってくれる人がいたんだよね。はあ」

 迷わずに了承すればよかったのかな、と少々後悔する実来。

「夢ってわけじゃないけどさ……一回、やってみるのも悪くないのかもしれない。織姫も先生も真一君だって、みんなここで夢を始めた。だったら、私もそんな人たちと肩を並べていたいじゃん」

 それから実来は部屋にあるファッション雑誌を開き、『モデル募集』の記事を手当たり次第に探した。

 ――数時間後。

「ダメだ……どれもピンとこないし、それにやっぱり私には無理のような気がして応募したいって思えない」

 覚悟が足りないのかな――そんなことを思い、大きなため息を吐く実来。

 すると、

「実来? そろそろ夕食の時間ですよ! 起きていますか?」

 扉の向こうから織姫の声が響く。

 そう言えば織姫がお昼に、応援するって言ってくれたっけ――

「困った時こそ、友情の力だよね! うん!!」
「実来?」
「ああ、うん! 今行く!!」

 それから実来は自室から出て、織姫と共に食堂に向かって歩きだした。



「ねえ織姫」
「なんですか?」

 食堂に向かう廊下。いつもと違った雰囲気で改まって尋ねてきた実来に、不思議そうな顔で織姫はそう答えた。

「その……夢の話、なんだけどさ」

 織姫は小さくため息を吐くと、

「やっぱりお昼寝していたんですか? 夜眠れないからって、部屋に押し掛けるのだけはやめてくださいよ」

 やれやれと言った顔でそう言った。

「いや、違うって! その夢じゃなくて!!」

 実来の言葉に織姫は首を傾げる。

 私のこと、何だと思ってんのよ織姫さん――?

 それから実来は再び改まった顔をして、

「……将来の夢、のこと」

 とぽつりとそう言った。

「夢、見つかったのですか!!」

 織姫はそう言って目を輝かせた。

「ま、まあね。けど、夢ってよりは、挑戦みたいな感じかも」
「挑戦?」

 首を傾げる織姫。それに実来は「うん」と答え、話を続けた。

「織姫たちを見ていたら、私も何かに挑戦したい、頑張ってみたいって思ったんだ。だから夢ってほどのことじゃないけど、やってみたいなってそう思ったって言うか」
「そうですか、そうですか」

 そう言って嬉しそうに頷く織姫。

 そんな織姫を見て、実来は少しだけ罪悪感のようなものを感じた。

「みんなを見ていたら私もやりたくなったって、不純だって思う?」

 不安な顔でそう尋ねる実来に、

「そんなこと思うわけないじゃないですか。私だって、両親を認めさせという目標があっての夢ですからね。十分、不純じゃないですか?」

 織姫はニヤリと笑いながら、そう答えた。

「あはは。私とどっこいどっこいってとこかな」
「ええ。だからいいんですよ。夢はどんなカタチでも夢です。私はそんな子たちの力になるために、プロジェクトを立ち上げるのですから」

 そう言って微笑む織姫。

「そっか。うん。ありがとう」

 そんな織姫を見て、実来も微笑んだ。

「それで肝心の夢、と言うのは?」
「うん! モデル……を目指そうかなって」

 恥ずかしそうに実来がそう言うと、織姫はばっと勢いよく実来の方を向き、

「なるほど、それは実来にピッタリだと思います!」

 目を輝かせてそう言った。

 そんな織姫を見て、実来は嬉しさと驚きで目を丸くする。

「ほ、本当!? 本当にそう思ってくれる?」
「ええ。だってそんなに背が高くて、スタイルが良くて、しかも綺麗な顔立ちをしているのだから。実来にはピッタリですよ」

 織姫は頭を傾けながら、笑顔でそう言った。

 それから実来は恥ずかしそうに頭の後ろを掻きながら、

「えへへへ……実は少し自信がなかったんだ。昔、スカウトもされたことがあったんだけど……私、昔は根暗でボッチだったからさ」

 そう言って、あははっと笑う。

「そういえば前に言っていましたね、根暗だったからって」

 織姫はクスクスと笑ってそう言うと、今の実来からは想像できませんね、と言ってまた笑った。

「そう。見た目は変わっても、結局中身はそのままだったしね。でも、織姫がそう言ってくれて、少し自信がついたかも! よし、オーディション受けてみる!!」

 実来は両手の拳を胸のあたりでぎゅっと握ってそう言った。

「そうですか。少しでも実来の助けになれたのなら、私も幸いです」

 織姫はそう言って微笑んだ。

「ありがとう、織姫」

 そしてこの日から実来はその夢に向かって動き始めたのだった。
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