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アフターストーリー

第10話ー① 墓参り

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 ――10月中旬。

 数日前に体育祭というビッグイベントを終え、仕事が一段落した暁は、家族と共に愛車に乗って高速道路を走行していた。

「あとどれくらいで到着するの?」

 助手席に座る水蓮は、車を運転している暁の顔をちらりと見て尋ねた。

「次のジャンクションを降りたら、すぐだよ」
「ジャン、クション?」

 水蓮はそう言って首を傾げる。

「ああ、えっと。高速道路の出口のことだ」
「へえ、なるほどです!! ジャンクション、ジャンクション」

 水蓮は目を輝かせながら頷いた。

 こうしていろんなことに興味を持ってくれることは、親として嬉しいな――そんなことを思い、暁は微笑む。

「暁さん、遠くまで運転お疲れ様でした。私も運転出来たらよかったのですけれど」

 後部座席から奏多は顔をひょこっと出して申し訳なさそうにそう言った。

「いいんだよ。奏多だって青葉のお守りをずっとしてくれているし、水蓮が隣でたくさん話を聞かせてくれたから、そんなに苦でもなかったさ」

 暁は前方を見たまま、笑顔でそう答える。

 実際に自宅からここまでの間、水蓮は途切れることなく、暁に話し掛け続けていた。

 最近あった体育祭のことや友人との会話、話題が途切れそうになった時には、視界に入った景色や人物のことなど――水蓮なりの気遣いだったのだろうと暁は嬉しく思っていた。

「お父さんの役に立てて、私は嬉しいです!」
「ああ。ありがとな水蓮!」
「はい! 帰りはもっと面白いお話をしてあげます」

 水蓮は得意満面にそう言った。

「おお、それは楽しみだ!」

 それから暁は、ミラー越しに静かになった後部座席を見る。

「そういえば、奏多。青葉は眠っちゃったか?」
「ええ。暁さんの安全運転のおかげですね」
「あははは」

 初心者マークだし、スピードを出すのが怖かったなんて言えないな――と思いながら、暁は笑ってごまかした。

 暁はこの年の夏に、ようやく念願の自動車免許を取得し、初めて家族を乗せての遠出をしている。

 向かう先は、暁が生まれ育った町――東海地方の中央部に位置する場所だった。



 ――数分後。暁たちは高速道路を降り、公道を走行していた。

 歩くか自転車かで行動していたその街並みが、車で通るとこうも違うものなのかと感心しながら、暁は目的地へと向かう。

 そしてしばらく公道走ると、霊園が出現し、暁はその敷地内にある駐車場に車を停車した。

「とう、ちゃく! ここへ来るのも、久しぶりだな」

 車を降りた暁はその車の正面に立ち、大きく背伸びをした。

 それから唐突に吹いた木枯らしに、少しだけ身を震わせる暁。そして感じたその肌寒さに、秋だなぁとしみじみ思いつつ、辺りを見渡した。

 暁たちが来ているこの場所は山を切り開いて作られた霊園で、暁の両親の他に数百もの墓が並んでいた。

 駐車場の周りには四方八方に墓があって、その数だけ人の命が失われてきたのだなと少々寂しく思う暁。

「前に来たときは、婚約が決まった時でしたっけ」

 奏多は後部座席から仏花などを取り出しながらそう言った。

「ああ、そうだな」

 また来るまでにずいぶん期間があいてしまいましたね、と奏多は手を動かしながらそう言った。


「ここって、お父さんのお父さんとお母さんのお墓があるんでしたよね!」

「おお、そうだぞ! そういえば、水蓮は初めてだったな」

「うん! そっかぁ。ここが私のおじいちゃんとおばあちゃんのお墓――ちゃんとご挨拶しないとです!」


 水蓮にとっては本当の祖父母ではないけれど、それでもこうして「おじいちゃんとおばあちゃん」と思ってくれていることが暁にとっては嬉しいことだった。

 水蓮が、自分のことを本当の父親だと認めてくれていると実感することができるからかもしれないと暁は思う。

「きっとじいちゃんもばあちゃんも喜ぶよ」
「はい!」

 そんな会話をしていると、

「ほらほら、二人共、いつまでも話していないで手伝ってください!」

 奏多が後部座席の方からそう声を上げる。

「はーい」

 暁と水蓮は声を合わせて返事をすると、奏多が待つ後部座席の方に向かった。

 それから暁が掃除道具の入ったバケツとお供え物を持ち、水蓮が仏花。奏多は青葉を抱いて、三谷家の墓に向かった。

 墓の近くまで来ると、その墓の前に誰かがいることに気が付く暁。

 髪を一括りにして、黄土色のカーディガンを着た黒髪女性と黒のパーカーにジーンズを履いた小学生くらいの少年だった。

「あれって、もしかして――」

 墓の前に着いた暁は、その2人に笑顔を向ける。

「久しぶりだな、美鈴みすず璃央りおも!!」
「お兄ちゃん! 久しぶり!! それと、奏多さんもお久しぶりです」

 そう言って頭を下げる美鈴。

「婚約のご挨拶以来、お顔も出さずにすみませんでした。お久しぶりです」

 奏多もそう言って頭を下げた。

「いえいえ! そんなこと、良いんですよ!! ――あ、その抱いている子は、お子さんですか?」

 美鈴は奏多の腕で眠る青葉を見て、目を輝かせた。

「ええ、青葉と言います。そして、こちらが長女の水蓮です」

 奏多はそう言いながら、水蓮に視線を向けた。

「は、初めまして、三谷水蓮です! 夜明学園の1期生です!! 12歳になりましたっ」

 緊張からなのか、多少上擦った声でそう言って頭を下げる水蓮。

「あらら。奏多さんに似て、しっかりしているのね」

 美鈴は微笑みながら、水蓮にそう笑いかける。
 
「えへへ、ありがとうございます!」

 水蓮が養子であることは、以前暁が電話を入れた時に美鈴へ話していた。

 そのおかげもあってか、美鈴は水蓮の年齢を聞いても驚くことなく、水蓮を暁の娘と認識していることを知り、暁はほっとする。

「ほら、璃央もご挨拶は?」

 美鈴に笑顔でそう言われた璃央は少し緊張した様子で、

「えっと……戸松とまつ璃央と言います。小学5年生です……」

 そう言って美鈴の後ろに隠れた。

「男の子なのに、引っ込み思案で……あはは」
「でもきっと美鈴に似て、優しい子に育つんだろうな! 璃央、俺のこと覚えてるか~」

 そう言って暁が頭を撫でると、璃央は顔を赤くして小さく頷いた。


「中学生になったら、お兄ちゃんの学校に行くんだって意気込んでたんだよ。ねえ、璃央?」

「お、お母さん! 恥ずかしいから!!」

「本当か! 璃央、歓迎するよ!! 待ってるからな」

「は、はい!」


 嬉しそうにそう言って笑う璃央。

「そういえば、ごめんね。お墓参りに来たんだよね! ささ、どうぞ! お掃除は終わっちゃってるから、線香を上げてあげてください」

 美鈴は右手を差し出して、暁たちにそう促す。

「いつもありがとな、美鈴」
「いえいえ。私がこのお墓を任されておりますので」

 そう言って美鈴はニコッと笑った。

「それは頼もしい」

 暁もそう言って笑った。

「じゃあ、俺から――」

 それから暁は線香に蝋燭の火を灯し、線香置きに線香を立てかけてから、墓に向かって手を合わせた。


『父さん、母さん。お久しぶり。今日は家族を連れてここまで来ました。今は学園の運営に追われる日々だけど、楽しくやっています。

 そうそう。念願の車の免許も取得して、今日は愛車に乗ってきたんだ。プチ旅行みたいで楽しかったよ。

 そういえば、ようやく父さんのすごさを知ったような気がする。子供を育てる大変さと、仕事で家族を養う苦労。俺なんてまだまだなのかもしれないけれど、家族を守れるような父親になります。

 俺は2人の分までたくさん生きるから、見守っていてください。

 長くなったけれど、また会いに来るから。それまで待っていてくれると嬉しいな』


 それから暁は目を開けて、合掌を解いてから立ち上がる。

 するとその瞬間、少しだけ温かい風が吹いて、暁の頬をそっと撫でた。

 もしかして、父さんと母さんがいたのかな――と思い、暁は小さく笑った。

「お兄ちゃんは、いつもお父さんとお母さんに話すことがいっぱいだね」

 長く手を合わせていた暁を見て、美鈴はそう言いながら微笑んだ。

「まあ、たまにしか来られないからな! じゃあ次は奏多」

 それから奏多と水蓮が順番に手を合わせて、暁は美鈴たちと共にその墓地を後にした。

「そういえばお兄ちゃん。この後の予定は?」

 バスで着ているという美鈴たちを家まで送っていくことになり、駐車場までみんなで歩いていると、美鈴がそんなことを暁に尋ねた。

「ああ、昼飯を食べたら、帰ろうかなって思ってるよ」
「弾丸お墓参りだったんだね。さすがだなぁ」

 呆れた顔でそう言う美鈴。

「いやあ、また明日から忙しくなるからさ……あはは」

 頭を掻きながら、暁は面目ないと言った顔をする。

「そっか。やっぱり学園長ともなると、大変なんだね。あんまり無理、しないでよ?」
「それは大丈夫。無理をさせてくれない家族が傍にいてくれるからな」

 そう言って後ろを歩く奏多たちの方を見る暁。

 奏多と目が合うと、奏多はニコッと微笑んだ。

「素敵な家族を持ったね」

 ニヤニヤしながら、そう言う美鈴。

「美鈴だってそうだろう?」

 奏多と挨拶に来た時にあった、美鈴の旦那の顔を思い出して、暁はそう言った。

「まあね!」と笑う美鈴。

 美鈴の旦那は真面目でとても優しそうな顔をしていた。美鈴のことを大切にしてくれそうな人だな――とその時に思った事を暁は思い出す。

「そうだ! どうせなら、お昼ご飯は一緒に食べようよ!!」
「ああ、いいぞ。でも――あ、もしかして?」
「うん! 『おふくろ食堂』!!」

 それから暁は美鈴たちも車に乗せて、いつかのお墓参りの時にも行った『おふくろ食堂』に向かった。
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