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フィルの声
その後も意識はあるのに目を開けることも、体を動かすことも出来ずに時間だけが過ぎていく。
フィルや侍医・使用人たちは、そんな状態の私の意識が戻っていることに気付かずにいた。
「騎士団長があんな人だったなんてショックだわ。
カッコよくて、紳士で強くて、みんなの憧れの殿方だったじゃない」
「まさか奥様を狙っていたとはねぇ」
目覚めることの出来ない私の唯一の楽しみは、使用人たちの会話を盗み聞きすることだ。私に聞こえていることに気付かず、メイドたちは好きに話をしている。
「ほら、早く掃除を終わらせないと公爵様がきてしまうわよ!」
「そうね。公爵様を怒らせたら恐ろしいもの。急ぎましょう」
フィルってメイドから恐れられているの? カッコいい公爵様って慕われているのかと思っていたのに。
別の日には……
「奥様の命は助かったが、いつお目覚めになるのかは私でも分からないんだ。
もしかしたら永遠にこのままかもしれないし、突然、息をしなくなってしまうかもしれない。
そんなことを口にしたら、私は閣下に殺されてしまう。どうしたらいいのか……」
これは侍医の嘆きのようだ。
医者の弱音を聞いてしまったら、不安でしかないんですけど!
自分では無理なら別の医者を紹介して! と言いたいが、今の私は声を上げることすら出来ない。
それから数分後、誰かが部屋に入って来た。この歩く音はフィルのようだ。
「エリーはどうだ? いつ目覚める?」
「閣下、奥様は……もうしばらくはかかりそうかと。落馬で頭を強く打っていますから」
はあ? 何言ってんの! 無理だから別の医者なり治療師なり呼んでくれって正直に言いなさいよ!
このまま死にたくないよぉ。
「……エリーが涙を流している」
死にたくないって思っていたら、勝手に涙が流れていたらしい。
そんな私の手を優しく握るフィル。
「閣下、奥様も頑張っておられると思います。もうしばらくお待ちください」
このヤブ医者、都合のいいことを言いやがって!
「そうだな。今の私はエリーを信じることしか出来ない」
フィルも弱っているのか、ヤブ医者の適当な言葉に流されている。
そのまま数日が経過した。
「エリーが目覚めたら、君は私に何て声を掛けてくれるのだろうな?
私なんかとあの時に離縁すればよかったと言い出すか? それとも、殿下の所に行きたいと言うだろうか?」
また殿下の話? フィルって、殿下に敵対心みたいなのを持っているよね。しかも、この声の感じは病んでいるわ。
早く目覚めて、フィルとずっと一緒にいたいって言ってあげたいのに。
「エリーがもし私を許してくれるなら、私は君のやりたいようにさせるつもりだ」
弱々しく私に語りかけてきたフィル。
「裏切り者の騎士団長からは、エリーは私といて幸せそうに見えなかったと言われてしまった。今、自分を殺しても誰か別の男がエリーを幸せにするために攫いにくるだろうと。
でも、エリーはあの男から逃げ出して、私のいる領地まで来てくれた。私はそんなエリーを信じて、君が目覚めるまで待っていたいんだ。
……また涙が流れているな。私の声が聞こえているのか?」
聞こえてますから!
と、こんな日々を過ごしていたある日、私に大ピンチが訪れる。
「確かに美しい奥方だが、子も産めず邸に引きこもるだけの役立たずだったらしいじゃないか」
「優秀な治癒魔法の使い手で、王家が保護する名目で閣下と結婚させたらしいぞ」
「王命で結婚したのなら、生きているうちは離縁は無理だな。早く死んで欲しいから、あの無能な侍医を優秀だと偽って紹介したのだが、なかなか死ななくて困っているよ。
毒でも盛るか? 形跡の残らない毒があるはずだ」
知らない足音が聞こえて、部屋に入ってきたのは三人くらいの男のようだ。
「閣下が結婚しなければ、うちの娘を薦める予定だったのに、子も産めない妻など不要だ。早く死んでくれないかな」
この感じは分家の貴族のオヤジ連中ね。何で私の部屋に勝手に入ってこれるのよ?
しかも、私はボロクソ言われているわ。毒ですって? ヤバいわ。殺されちゃう!
そんな時、誰かが部屋に入ってくる。
「ここで何をしているのでしょうか?
関係者以外は立ち入り禁止のはずですが、ここの使用人でも買収して入りましたか、伯爵様?」
陰湿メガネー、いいところに来てくれたわ!
「お前か……閣下の一番の側近だからと、私達を見下していいわけではないぞ」
「閣下が会議中は私がここを任されておりましてね。
愛する奥様の寝顔を覗きに伯爵様方が来ていたと報告したら、閣下はどのような反応をするのか、今から恐ろしいですが仕方がありませんね」
「わ、分かった。すぐに出ていく」
オヤジ連中はそそくさと部屋から出て行ってしまった。
陰湿メガネも深いため息をついた後、部屋から出て行ってしまった。
その日の夜……
「エリー、今日は会議が長引いてなかなか会いに来れなくて悪かった。
アレン(陰湿メガネ)から報告を受けた。あの分家の狸どもがこの部屋に忍び込んだと。君の部屋の前に護衛騎士を置くべきと言われた。騎士団長の件があって、君の近くに騎士を置きたくはなかったが、アランが信頼出来る騎士を選んでくれるらしい」
陰湿メガネ、よくやった!
「あの侍医はクビにした。私もエリーがこんな状態になって冷静に判断出来なくなっているが、あの侍医はダメだ。王妃殿下に優秀な王宮医と治療師を派遣してもらえるように、アレンが王都に向かっている。
私はエリーがこうなって情けない夫になっている。エリーがいないとダメなんだ。早く目覚めてくれ……」
私も早く目覚めてフィルを抱きしめてあげたい。
そして公爵家の膿を出すために、公爵家を掌握する力をつけたい。
あの分家のオヤジ連中を何とかしないと、私もフィルも幸せな未来はないわ!
陰湿メガネの仕事は相変わらず早く、すぐに王都から王宮医と治療師を連れて来てくれた。
その結果、私は目覚めることが出来たのだった。
フィルや侍医・使用人たちは、そんな状態の私の意識が戻っていることに気付かずにいた。
「騎士団長があんな人だったなんてショックだわ。
カッコよくて、紳士で強くて、みんなの憧れの殿方だったじゃない」
「まさか奥様を狙っていたとはねぇ」
目覚めることの出来ない私の唯一の楽しみは、使用人たちの会話を盗み聞きすることだ。私に聞こえていることに気付かず、メイドたちは好きに話をしている。
「ほら、早く掃除を終わらせないと公爵様がきてしまうわよ!」
「そうね。公爵様を怒らせたら恐ろしいもの。急ぎましょう」
フィルってメイドから恐れられているの? カッコいい公爵様って慕われているのかと思っていたのに。
別の日には……
「奥様の命は助かったが、いつお目覚めになるのかは私でも分からないんだ。
もしかしたら永遠にこのままかもしれないし、突然、息をしなくなってしまうかもしれない。
そんなことを口にしたら、私は閣下に殺されてしまう。どうしたらいいのか……」
これは侍医の嘆きのようだ。
医者の弱音を聞いてしまったら、不安でしかないんですけど!
自分では無理なら別の医者を紹介して! と言いたいが、今の私は声を上げることすら出来ない。
それから数分後、誰かが部屋に入って来た。この歩く音はフィルのようだ。
「エリーはどうだ? いつ目覚める?」
「閣下、奥様は……もうしばらくはかかりそうかと。落馬で頭を強く打っていますから」
はあ? 何言ってんの! 無理だから別の医者なり治療師なり呼んでくれって正直に言いなさいよ!
このまま死にたくないよぉ。
「……エリーが涙を流している」
死にたくないって思っていたら、勝手に涙が流れていたらしい。
そんな私の手を優しく握るフィル。
「閣下、奥様も頑張っておられると思います。もうしばらくお待ちください」
このヤブ医者、都合のいいことを言いやがって!
「そうだな。今の私はエリーを信じることしか出来ない」
フィルも弱っているのか、ヤブ医者の適当な言葉に流されている。
そのまま数日が経過した。
「エリーが目覚めたら、君は私に何て声を掛けてくれるのだろうな?
私なんかとあの時に離縁すればよかったと言い出すか? それとも、殿下の所に行きたいと言うだろうか?」
また殿下の話? フィルって、殿下に敵対心みたいなのを持っているよね。しかも、この声の感じは病んでいるわ。
早く目覚めて、フィルとずっと一緒にいたいって言ってあげたいのに。
「エリーがもし私を許してくれるなら、私は君のやりたいようにさせるつもりだ」
弱々しく私に語りかけてきたフィル。
「裏切り者の騎士団長からは、エリーは私といて幸せそうに見えなかったと言われてしまった。今、自分を殺しても誰か別の男がエリーを幸せにするために攫いにくるだろうと。
でも、エリーはあの男から逃げ出して、私のいる領地まで来てくれた。私はそんなエリーを信じて、君が目覚めるまで待っていたいんだ。
……また涙が流れているな。私の声が聞こえているのか?」
聞こえてますから!
と、こんな日々を過ごしていたある日、私に大ピンチが訪れる。
「確かに美しい奥方だが、子も産めず邸に引きこもるだけの役立たずだったらしいじゃないか」
「優秀な治癒魔法の使い手で、王家が保護する名目で閣下と結婚させたらしいぞ」
「王命で結婚したのなら、生きているうちは離縁は無理だな。早く死んで欲しいから、あの無能な侍医を優秀だと偽って紹介したのだが、なかなか死ななくて困っているよ。
毒でも盛るか? 形跡の残らない毒があるはずだ」
知らない足音が聞こえて、部屋に入ってきたのは三人くらいの男のようだ。
「閣下が結婚しなければ、うちの娘を薦める予定だったのに、子も産めない妻など不要だ。早く死んでくれないかな」
この感じは分家の貴族のオヤジ連中ね。何で私の部屋に勝手に入ってこれるのよ?
しかも、私はボロクソ言われているわ。毒ですって? ヤバいわ。殺されちゃう!
そんな時、誰かが部屋に入ってくる。
「ここで何をしているのでしょうか?
関係者以外は立ち入り禁止のはずですが、ここの使用人でも買収して入りましたか、伯爵様?」
陰湿メガネー、いいところに来てくれたわ!
「お前か……閣下の一番の側近だからと、私達を見下していいわけではないぞ」
「閣下が会議中は私がここを任されておりましてね。
愛する奥様の寝顔を覗きに伯爵様方が来ていたと報告したら、閣下はどのような反応をするのか、今から恐ろしいですが仕方がありませんね」
「わ、分かった。すぐに出ていく」
オヤジ連中はそそくさと部屋から出て行ってしまった。
陰湿メガネも深いため息をついた後、部屋から出て行ってしまった。
その日の夜……
「エリー、今日は会議が長引いてなかなか会いに来れなくて悪かった。
アレン(陰湿メガネ)から報告を受けた。あの分家の狸どもがこの部屋に忍び込んだと。君の部屋の前に護衛騎士を置くべきと言われた。騎士団長の件があって、君の近くに騎士を置きたくはなかったが、アランが信頼出来る騎士を選んでくれるらしい」
陰湿メガネ、よくやった!
「あの侍医はクビにした。私もエリーがこんな状態になって冷静に判断出来なくなっているが、あの侍医はダメだ。王妃殿下に優秀な王宮医と治療師を派遣してもらえるように、アレンが王都に向かっている。
私はエリーがこうなって情けない夫になっている。エリーがいないとダメなんだ。早く目覚めてくれ……」
私も早く目覚めてフィルを抱きしめてあげたい。
そして公爵家の膿を出すために、公爵家を掌握する力をつけたい。
あの分家のオヤジ連中を何とかしないと、私もフィルも幸せな未来はないわ!
陰湿メガネの仕事は相変わらず早く、すぐに王都から王宮医と治療師を連れて来てくれた。
その結果、私は目覚めることが出来たのだった。
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