落ちてきた数字

田古みゆう

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 とうとうピーク予測日を迎えた。僕はタモを構え、少しだけ開けた窓を見つめる。室内では、研究チームの予測に従って不測の事態に備えいつでも身の安全を守れるようにと、警告が途切れることなく流れ続けている。

 窓から見える範囲に人影はなく、周囲の人々はきちんと警告を守っているようだ。しかし、街中の状況を知らせるニュースを見れば、やはり一部の人たちは警告無視の計画を実行したようで、その様子が鬼気迫るアナウンサーの声とともにテレビ画面に映し出されている。テレビ画面の向こう側にいる人たちは、この事態をイベントか何かと勘違いしているのか、状況を伝えるアナウンサーとは対照的に、いかにも楽し気で、数人で集まり宴のように盛り上がっている人々もいた。

 そんな映像をスタジオで確認していたニュースキャスターは、画面越しに彼らへ避難を呼びかけているが、その呼びかけを聞いても、気分の高揚している者たちには全く届かないようだった。「大丈夫っすよー」と呂律の回らない口調でヘラヘラと返す彼らに、ニュースキャスターは眉を顰め明らかに不快感を表しながら、状況を伝えるアナウンサーだけでも無事に建物内へ避難をしてほしいと、声をかけていた。

 ニュースキャスターの態度にも、画面の向こう側の彼らにも、僕は何も思わなかった。騒ぎたい奴は騒げばいいし、逃げたい奴は逃げればいい。これからどんなことが起こるのか、誰にも分からないのだ。自分が何をするのかは、自分で決めればいい。

 そのとき、ニュースキャスターの声が一段と高くなり、「研究チームが大規模な太陽フレアを観測した」と早口にニュース速報を伝え出した。

 いよいよだ。僕はタモの柄を握り直し、意識を窓の方へと集中させる。「これから数時間後に起こる不測の事態に備えてください」と繰り返し伝えるニュースキャスターの騒がしい声が、不意にプツリと途絶えた。視線をチラリとテレビへ向けると、先ほどまで画面に映し出されていたキャスターの姿はなく、画面が黒々とした光を反射しているだけだった。

 これは太陽フレアの影響なのか。静かになった部屋で僕は一人、緊張を全身に纏っていた。

 きつく握ったタモの柄が、汗で滑る。手の汗をズボンに擦り付けて拭ったちょうどその時、ざわざわざわという音が耳に届いた。そして、その音をかき消そうとするような悲鳴が辺りに響く。

 思わず僕は窓から身を乗り出し、空を見上げた。そして、小さく息を呑んだ。
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