桜の木に背を預けて

田古みゆう

文字の大きさ
3 / 8

p.3

しおりを挟む
 しばらくそうやって木に触れていた彼女は、やがて桜の木に背を預けるようにしてもたれ掛かる。そして視線をこちらに向けた。

 僕と彼女の間には随分と距離がある。当然のことながら彼女がどんな顔をしているのかなんて、僕にはわからないはずだ。それなのに、なぜかその顔がはっきりと見えた気がした。

 僕は全身の血が沸騰しそうなくらい熱くなるのを感じた。同時に、心の奥底から何か熱いものが込み上げてくる。それは、言葉では言い表すことが出来ない感情だった。

――やっぱり君は泣いているんだね。

 僕は直感的に思った。そう思った途端、胸が締め付けられた。こんなにも胸が締め付けられるように痛むのは初めてのことだった。

――ああ、そうか。

 僕は唐突に理解した。どうして君の姿を見ると胸が苦しいのかということを。これはきっと恋なのだ。

 そしてそれと同時に、なぜ、あの夢を繰り返し見るのかについても分かったような気がした。僕は、君の笑顔を見たかったのだと。僕は夢でしか会ったことのない彼女にずっと前から恋をしていたのだ。

 唐突に自覚してしまったこの気持ちは、あまりにも衝撃的で、とても大きなものだった。僕の瞳からは知らぬうちに涙が溢れ出していた。

 今すぐ彼女のもとに駆け寄りたい衝動に駆られる。しかし、彼女との距離は遠く、僕にはどうすることも出来なかった。それでも、彼女に伝えたいと強く思う。

――君が好きだよ。

 声にならない声で桜の木の下の彼女に向けて呟いた。

 すると、突然強い風が吹いて、ピンクの花びらを攫って行く。視界が桜色に染まり何も見えなくなる。思わず目を瞑り再び瞼を開くと、そこに彼女の姿はなかった。

 桜の花びらは、僕に初恋を運んできて、そして、僕から再び彼女を攫っていった。僕はしばらくの間、彼女の消えたその場所をじっと眺めていた。まるで彼女の残像を追いかけるかのように。

 桜の花吹雪に連れ去られた僕の心を呼び戻したのは、担任がパンっと叩いた手の音だった。はっと我に返り、先生の方を見る。先生は呆れた様子だったが、直接注意されることはなかった。この後の始業式の注意事項を簡単に説明した後、先生はすぐに教室を出て行った。

 僕はもう一度窓の外へと視線を向ける。そこにはやはり彼女の姿はなく、ただ桜の木だけが佇んでいた。

 僕はそっと胸を押さえてみる。まだドキドキしている。だけど、不思議と嫌な感じではなかった。むしろ心地よい感覚だ。僕はふっと口元を緩めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。

亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。 しかし皆は知らないのだ ティファが、ロードサファルの王女だとは。 そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……

貴方の側にずっと

麻実
恋愛
夫の不倫をきっかけに、妻は自分の気持ちと向き合うことになる。 本当に好きな人に逢えた時・・・

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

〖完結〗旦那様が私を殺そうとしました。

藍川みいな
恋愛
私は今、この世でたった一人の愛する旦那様に殺されそうになっている。いや……もう私は殺されるだろう。 どうして、こんなことになってしまったんだろう……。 私はただ、旦那様を愛していただけなのに……。 そして私は旦那様の手で、首を絞められ意識を手放した…… はずだった。 目を覚ますと、何故か15歳の姿に戻っていた。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全11話で完結になります。

6年前の私へ~その6年は無駄になる~

夏見颯一
恋愛
モルディス侯爵家に嫁いだウィニアは帰ってこない夫・フォレートを待っていた。6年も経ってからようやく帰ってきたフォレートは、妻と子供を連れていた。 テンプレものです。テンプレから脱却はしておりません。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

二年間の花嫁

柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。 公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。 二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。 それでも構わなかった。 たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。 けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。 この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。 彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。 やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。 期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。 ――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。

処理中です...