桜の木に背を預けて

田古みゆう

文字の大きさ
上 下
5 / 8

p.5

しおりを挟む
 早速彼女に会いに行こうと、ホームルームでそわそわしている僕をよそに、担任はのんびりと明日からの予定について説明をしている。一通りの説明が終わった後、ようやく解散となり、皆一斉に動き出す中、僕はいち早く教室を飛び出した。

――早くしないと帰ってしまうかもしれない。

 そんな考えが脳裏を過り、僕は階段を一段飛ばしで上っていく。上階まで辿り着くと、廊下には誰もいなかった。

――まだ帰ってないといいけど……。

 そう思いながら、僕はクラスメイトから聞き出した東雲楓のクラスへと向かう。ドアから覗き込むように中を確認した。しかし、教室内には数人の生徒がいるだけで、彼女の姿はなかった。

 やはりもう帰ったのかと諦めかけたが、ふと、彼女がいるかもしれない場所に、僕は思い至った。きびすを返し、階段を駆け下りていく。

 校舎の外へ出ると、桜の木の下へと向かった。桜の木の下へ着くと、僕は辺りを見回した。彼女の姿がないか確認するためだ。しかし、そこに彼女の姿はない。

――いないか……。

 勘が外れた僕は、肩で息をしながら、桜の木に背を預けると、空に向けて深く溜息をついた。

 その時だ。校舎のたくさんある窓の一つのカーテンが揺れ、そこから人影が覗いた。

――まさかな……。

 ほんの少しの期待を込めて窓の人影を見る。距離があってもすぐに分かった。そこには、先程まで探していた彼女の姿があった。

――いた。

 思わず口元が緩んでしまう。それと同時に僕は走り出した。何も考えず、ただ彼女のもとへ。

 彼女がいるであろう部屋のドアには、生徒会室と書かれたプレートが掛けてあった。ドアに手をかけ、勢いよく開ける。

「あの!」

 ドアを開けるとともに響いた僕の大きな声に、室内にいた人たちの視線がこちらへと向く。その中には、彼女の姿もあった。

「えっと……何か御用ですか?」

 彼女が、不思議そうな顔で首を傾げている。

「いや……あの……」

 いざ本人を前にしたら、何を言えばいいのか分からなくなった。

「生徒会に何か用かな?」

 戸惑う僕に助け舟を出してくれた彼女は、やはり夢の中よりもずっと大人びていた。

「いや、そうじゃなくて、その……」
「どうしたの?」
「あ、あなたに! 東雲先輩に、会いに来ました」

 僕は彼女に一歩近づいた。

「私に? どうして?」
「それは……」

 僕は再び言葉に詰まる。そんな僕の様子を見てか、彼女がクスッと笑みを浮かべた。

――かわいい。

 素直にそう思った。彼女から目が離せなかった。
しおりを挟む

処理中です...