拾われ子だって、姫なのです!

田古みゆう

文字の大きさ
20 / 140

魅惑の姫様(9)

しおりを挟む
 約束の日。男は約束通り、千代の屋敷へやって来た。門前で大声を張り上げる。

「約束の日だ。迎えに来たぞ!」

 本来ならばその様な無作法な真似は許されない。しかし、千代は静かに屋敷の門を開けた。

「家を出る支度がしてあると言うことは、お奉行様の杯と同じ物は用意できなかったようだな。それはそうだろう。あれはこの世に一つしかない品なのだからな。まぁ、お奉行様には俺から話を通してある! 大変ご立腹されてはいたが、今回の原因であるお前を下女として働かせることで納得して頂いた。これからはせいぜい気張って働くんだな」

 男は息巻く様に言った。千代は落ち着いた様子で男を見返す。

「貴方のお話では、わたくしを下女にすると言うことでしたが……何故、わたくしが貴方の下女にならねばならないのか、どうしてもその点が解せぬのです」
「……なんだと? 何を言い出すかと思えば馬鹿なことを! お奉行様の杯と同じ物を用意出来なければ、我が家の下女となると約束しただろうが」

 男は馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

「ああ! そうでしたね」

 千代はそう呟くと、優雅に微笑んだ。その微笑みは美しく整っているが、どこか高圧的でもある。男はゴクリと唾を飲み込んだ。

「……な、なんだ? その顔は」

 虚勢を張る男に構うことなく千代は続ける。

「お奉行様の杯……はて? それは一体どの様な物でしたかしら?」
「だから、三日前にお前が俺にぶつかったせいで割れてしまった杯だ!」

 男の言葉に千代は、ああ、と手を打った。それからさらに不思議そうな顔をする。

「あら、でも変ですわね。わたくし、あの後お奉行様へお詫びをするべくお聞きしましたら、ここ最近は渡来品など買った覚えがないそうですけれど? おかしいですわね」

 そして、男に向き合いニッコリと笑う。その笑みの迫力に男はたじろいだが、なんとか気を取り直すと再び声を張り上げる。

「き、きっとお疲れで俺に依頼されたことを忘れてしまっていたのだろう」

 そう返した男だったが、次第にその声は震え出した。旗色が悪いことに気がついたのだろうか。

「そ、そうだ。きっと……そうに違いない」

 男は自分に言い聞かせる様にして呟く。そんな男の様子を冷ややかな目で見る千代。

「そうかもしれませんわね。お奉行様はお忙しい御方ですから」

 千代の刺のある言葉に気が付かないのか、上手くその場を切り抜けられそうだと男がホッと安堵の息を吐いたのも束の間、千代が少し困った様に表情を取り繕った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

【読者賞受賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜

☆ほしい
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞(ポイント最上位作品)】 文化文政の江戸・深川。 人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。 暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。 家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、 「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。 常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!? 変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。 鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋…… その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。 涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。 これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...