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夏の章

夏の章(12)

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「あらまぁ。本当にずぶ濡れね。葉山さん、早く乾かしてあげて。私は、温かいお茶でも入れるわ。あぁ、その前に……」

 そう言って、司書は、緑にドライヤーを手渡すと、パタパタと司書室を出ていった。

 どうしたのだろうと、その背中を目で追っていると、司書は閲覧スペースへと向かっていく。閲覧スペースの脇は、中二階の造りになっており、1階部分にも2階部分にも、いくつもの書架が収まっている。それらの本をゆったりと読める広々とした閲覧スペースは、勿体ないことに、男子学生が一人使用しているだけだった。

 司書はその生徒に、一言、二言、話しかけると、またパタパタと司書室へと戻ってきた。

「図書館内では走らないように」

 戻ってきた司書にドライヤーの先をビシリと突きつけ、緑は冗談めいた口調で言う。それに対して、司書は、苦笑いを見せた。

「そうでした。気をつけますね。それはそうと、彼には少し煩くなるって伝えてきたから、もう、ドライヤー使ってもいいわよ」
「は~い」

 確かに、静かなこの図書館の中で、ドライヤーの音は、さぞ響くだろう。どうやら司書は、私のためにあの男子学生に断りを入れに行ってくれたようだった。

「あの、すみません」

 自分のせいで、他の人に迷惑をかけているのだと気が付いた私は、頭を下げる。

「いいのよ。そんな事より、早く乾かして。風邪ひいちゃうわ」

 司書は、気さくな態度で手をひらひらと振ると、緑を促し、自分はお茶の用意を始めた。

 司書に促された緑も、ドライヤーをコンセントに差し、準備を整える。

 しかし、なぜ学校の図書館に都合よくドライヤーがあったのだろうか。

「ねぇ。緑ちゃん。そのドライヤーって、司書先生の私物?」
「え、コレ?」

 ドライヤーを手にする緑に小声で問うと、緑は、不思議そうな顔をした。

「うん。何で学校にドライヤーなんてあるのかなと思って。もしかして、司書先生の私物を借りてたりする?」
「ああ。なるほど。違うよ。これは、本を乾かすために置いてあるの」
「本を乾かすため?」
「そう。ここの図書館さ。綺麗に見えるけど、実際は、今まで使われていなかったから、湿気とか埃とか、ひどかったのよ。それで、本も湿気ていたりするの。で、それを乾かすために、コレを使ってるんだ」

 そう言いながら、緑は、手の中のドライヤーをフリフリと振る。緑の説明に私がなるほどと頷いている間に、緑は私の背後へ回ると、ドライヤーのスイッチを入れた。
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