血塗れパンダは空を見る

田古みゆう

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タイムリープの結末は……

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 終わった。終わってしまった。

 もう、戻れない。もう、やり直せない。

 やはり、変える事など出来なかった。

 果てしない脱力を感じながら、目蓋をうっすらと開け、天を仰ぎ見た。

 見上げた空は、澄み切っていて真っ青だ。その中で、唯一無二の太陽は、世界の至る所を照らさんとするかのように輝いている。

 いつもと同じように眩しさを放つ太陽は、どんなに足掻いたところで、不変は存在するのだと思い知らせるために、いつもそこに有り続け、俺がその事に気がつくのを待っていたかのようだった。

 そんな太陽の意思に逆らうように、俺は、手のひらを天にかざす。すると、逆光の中、手が赤黒く見えた。

 それは、まるで血に塗れたかのように、赤黒く染まっている。

 赤く染まった変に丸い手のひらを、俺は、無意識に太腿に擦り付けて拭う。

 それから、しまったと思った。

 我に返り、手のひらを擦り付けた太腿を見ようとしたが、何かに体を押さえつけられていて体が思うように動かない。

「……な……ん……だ?」

 俺の、掠れて消え入りそうな問いをしっかりと拾ったそいつは、慈悲を含んだような、それでいて熱に浮かされたかのような言葉を繰り返し俺に囁いた。

「大丈夫よ……。もう大丈夫……」

 そいつは、抱きつくようにして、俺に覆いかぶさっていた体を離すと、こちらを覗き込むように、顔を近づけてきた。

「あたしが必ず救ってあげる。だから、安心して目を閉じて」

 俺は、そいつをよく見ようと、目蓋を震わせた。しかし、目蓋は、俺の意思に反して、大きく開かれる事はなく、やはりうっすらとしか開かなかった。

 限られた視界いっぱいに映るそいつは、逆光で黒い影のようにしか見えない。でも、繰り返し囁かれる声は、何故だか心地良く、その声に誘われるように、俺は、再び目を閉じた。

 そして、意識を己の内から手放そうとした瞬間、耳元でゴソリという音が聞こえたかと思うと、閉じた目蓋の外側が明るくなるのを感じた。

 だが、もう目蓋は、俺のいう事を聞かない。

 遠のいていく意識の向こう側で、俺は、唇に柔らかいものが触れるのを感じた。触れた瞬間、意識が薄れかけていた俺の体に、ビリリと電流が走る。

 俺は、この感触を知っている。

 俺が、ずっと追い求めていたもの。

 過去に一度、俺が無理矢理に奪い取ったもの。

「あたしだって、昔からずっと、アニキの事……」

 俺の耳には届かない。

 しかし、その声は俺の奥深くへと沁み渡り、やがて俺の心を温かく包み込んだ。
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