血塗れパンダは空を見る

田古みゆう

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初めての対象者 美穂 p.1

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 正午にバイトを終えると、バイト先の先輩である美穂が纏わりついてきた。

「ね~ぇ。 これから何処かに行きましょうよ?」

 馴れ馴れしく腕を絡め、わざとらしく胸を押し当ててくる。

 だが、そんな色仕掛けに、俺は屈しない。俺が心の底から望むのは、あいつだけだ。美穂が絡めた腕を解きながら、俺は首を振る。

「行かない。予定があるんだ」

 そっけない俺の態度に、美穂はむくれ顔で、不満そうに言う。

「また、あの子~?」
「だったら、なんだ? お前には関係ないだろ」

 冷たく言い放ち、そそくさと歩き出した俺を美穂は追いかけてくる。

「待ってヨォ~。 ね~ぇ、シスコンなんてやめたらぁ? カッコ悪いよ~」

 美穂の言葉に思わず立ち止まる。何か言い返さなくてはと思いつつも、言葉が出て来ない。美穂を睨みつけながら、俺は歯を食いしばる。

 その時、ポケットに入れていたスマホが小刻みに振動を始めた。

 取り出すと、画面には、いつもはあまり表示されることのない、父の名前が出ている。

 訝しく思いつつも、俺は通話ボタンを押し、スマホを耳に当てた。

“美空が、何者かに刺された”

 電話口の父の声を聞いた途端、訳もわからず駆け出そうとした俺の手首を、冷たい手が掴んで引き留めた。

「大事な大事な、妹の美空ちゃんに何かあったの~?」

 覗き込む様に俺を見る美穂の顔は、何故だかニヤついている。その表情に違和感を感じた俺は、美穂を問い詰めた。

「お前、あいつに、何かしたのか!」

 俺の剣幕に、ピクリと眉を動かしつつも、美穂は、可笑しそうにニヤニヤとしている。

「べっつに~。あたしは、何もしてないよ。ただ、頼りになるお友達に、美空ちゃんが邪魔だなぁ~って愚痴っただけ」
「おまっ……!!」

 体が震え出す。美穂に対する怒りなのか、それとも、美空を失ってしまうかもしれないという恐怖なのか。

 得体のしれない震えを纏いつつ、美穂を睨む。美穂は、ニヤニヤとした笑みをさらに深めた。もう、笑顔とは言えない狂気に満ちた顔で、美穂は、俺に迫る。

「あたしを受け入れない、あなたが悪いのよ! いつもいつも、美空、美空って! あんな子、いなくなればいいのよ! そうすれば、あなたもシスコンじゃなくなるわ!」
「……っ」

 美穂の言葉に、俺は一瞬怯む。その隙をついて、美穂は、ずいっと顔を近づけてきた。目の前に、狂気に満ちた美穂の顔。

 思わず後ずさろうとしたが、ものすごい力で胸倉を掴まれ、勢いそのままに、美穂は自分の唇を俺の唇に押し当てた。
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