うちに紫式部がいます

田古みゆう

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4.紫式部、ゴーストライターになる

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「宣孝~、早う私に物語を書かせるのじゃ」
「そなたは、そのパソコンとやらで物語を書いておるのか? これは奇怪な」
「紙と墨はどこじゃ? 物書きの手元に道具が揃っていないとは、なんと嘆かわしいことぞ」

 師匠は、自分の欲望のために僕に付きまとうようになった。あまりにも煩いので、師匠にパソコンを貸してみた。結果は、平安美女に使いこなせるはずもなかったが、わかったこともあった。師匠は、実体化している間であれば、物に触れるのだ。

 それならばと、師匠に紙とペンを渡してみた。しかし、どうやらお気に召さなかったようで、すぐに、和紙と墨、つまり習字道具を用意させられた。そうまでして臨んだ『源氏物語』以来となるであろう紫式部の作品は、作家歴2年の僕によって、即ボツ判定が下された。

「どうじゃ宣孝。まだ、出だしだけじゃが、読みたくなるであろう?」
「……」
「傑作すぎて、言葉もないか。ふふふ」
「あの、師匠……ダメ……かもしれません」
「なぜじゃ?」
「……これは、いったい何と書いてあるのですか?」
「!! そなた、まさか……読めぬの……か?」

 師匠が自信満々に見せたそれは、達筆すぎた。いや、言い換えよう。あんなミミズの這ったような文字、読めるはずがない。古文書の研究者ならばいざ知らず、一介の無名作家に読めるわけがない。

 読者が読めない物語とは、即ち世の中に存在していないことと同義である。

「師匠? 大丈夫ですか?」
「せっかく物語を書いても読んでもらえないとは……このようなつらい思いをするために、私はこの世に出てきたわけではないぞ」
「お気持ちわかります。僕もいつも担当編集者のボツに泣かされていますから。ですから師匠、僕に手伝わせてください!」
「どうするのじゃ?」
「口述筆記をしましょう」
「口述筆記とな?」
「はい! 僕、この物語、読んでみたいんです」

 そして僕は、平安美女の口から紡がれる物語を文字に書き起こしていった。師匠の語る物語は、甘く切ないラブストーリーだった。語りの途中、平安文化や常識が垣間見えるたび、僕は師匠に解説を細かく頼んだ。そして、僕なりに現代風にアレンジを加えながら書き上げたのは、師匠が習字道具を手放してから一週間後のことだった。

 書き上げたというより、長編小説を読了した後のような夢想感に囚われていた僕に向かって、師匠はもう一編書きたいと言い出した。自分の紡いだ物語が読み手に届くことが余程嬉しかったのだろうか。

 翌日から、僕と師匠は新たな作品に取り掛かった。またしてもジャンルはラブストーリーだった。どうやら師匠は恋愛モノがお好きなようだ。二作目ともなれば僕たちの共同作業も順調だった。こちらは、たった五日で完成をみた。

 書き終わると、師匠はさらに次の作品に取り掛かりたいと言った。しかし、僕は、しばしの休息が欲しかった。連日のように師匠の口述筆記に付き合っていたため、自分の小説と向き合う時間が取れていなかったのだか、二作を書き上げたこの時ならば先へ進める様な気がしていた。

 師匠にしばしの休息をもらい、いざ自分の作品と向き合うぞという時、パソコンがメールを受信した。担当編集者からだった。そのメールを何気なく開いた僕は、呆然とした。

「どうしたのじゃ、宣孝?」
「……出版社が、今週中に原稿を上げなければ、僕を切るって……」

 これは、流石にまずい状況だ。しかし、僕史上最大の焦りも何のその。師匠は、本当にどうでも良さそうに言い放った。

「なんじゃ。そんなことか」
「そんなこと!? 僕の人生を左右する大問題なんですよ」
「原稿を出せば良いのじゃろ? 原稿ならば、そこにあるではないか。二つも」
「!!」

 師匠の扇子が示した先には、口述筆記で書き上げた二つの紙の束があった。

「でも、これは師匠の……」
「構わぬ。そなたが手伝ってくれたからこそ、それは、今ここにあるのじゃ」
「そうかもしれないけど……」
「ぐだぐだと言ってないで、早う出すのじゃ。良いな!!」
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