クロとシロと、時々ギン

田古みゆう

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卒業すんなよ(5)

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 もっともな言い分ではある。私だって、なんでこんな話をしているのだろうと、嫌な気分になりながらその場の話に付き合ったことは、一度や二度ではない。でも、だからと言って、その場の雰囲気を正すなんてことは、私にはできなかった。

「私も、嫌だなと思ったりしますけど、でも、その場で正すなんてできないし、その場の雰囲気に合わせておかないと、今度は自分がその場にいなかった時に、やり玉に上がっちゃうかもしれないじゃないですか? シロ先輩はそういうの気にならないんですか?」
「全く」

 私の抗議を、シロ先輩は両方の頬袋を目一杯に膨らませながら、一蹴した。

「そうなんですか? 私は、ダメです。気になっちゃう。だから、何となく話題が合わなくてつまらないなと思っても、友人に誘われたら、何とかその輪に参加するんですけど……」

 尻すぼみになった私の言葉の隙をついて、口の中の物を飲み下した先輩が口を開いた。

「だから、お前には合わないんだって。そういう付き合い。学生という立場はとっくに卒業したんだから、学生の頃の繋がりからも卒業しろよ!」

 交友関係のリセットを、シロ先輩は声高に迫ってくる。私自身、そのことには、もうとっくに気がついている。それでも、あと一歩が踏み出せず、その場で足踏みをしている気分だ。

 いつの間にか、先輩の前から食事は消え去っており、食事を終えたシロ先輩は、私の顔を見ながら面倒くさそうに、手にしたコップに口を付ける。

「でも……私は、陰口を言われたくないし、仲間から外されるのも、嫌……です」

 俯きながら、私は、まだ食べかけの食事に箸をぷすぷすと刺す。もう、ほとんど食べる気はなくなっていた。

 どうして、こんな話になってしまったのだろうか。私の交友関係など、シロ先輩には全く関係ないのに。

 話の方向が、変な方へ向いてしまったことに気持ちが落ち込んでいく。

 普段、人に合わせて会話をしているせいか、時々本心がポロリと口から零れ出たとき、その言葉のうまい回収方法が分からなくて、自分の思いとは違う方へ話が流れて行ってしまう。

 今回だって、こんな話がしたかったわけではないのに。

 シロ先輩だって、良かれと思ってアドバイスをくれているのだろうに、こんな態度は良くないと思いつつも、なかなか視線を上げられずにいると、頭頂部にコツンと軽い衝撃が走った。

「顔上げろ、クロ」
「……シロ先輩。すみません。私、こんな話をするつもりじゃなかったのに……」
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