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第二話 迷い猫密室事件

探偵の性

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 急遽、朽梨と杏子は事件を解決することになった。
 しかも神田林との対決である。
 まんまと彼に挑発に乗った形と言えるだろう。

 巻き込まれた杏子はジト目で朽梨を見る。

「先生、どうして刑事さんと競う流れになってるんですか」

「あいつは以前から調子づいていた。一度、徹底的に叩き潰す必要があると思っていたところだ」

「つまり、イラついたから喧嘩を買ったんですよね」

「そうなるな」

 朽梨は平然と頷く。
 完全に開き直っていた。

 これ以上の追及は無駄だと判断した杏子は、喉元まで出かかった言葉を呑み込んでおく。
 結果的には、朽梨の探偵らしい姿が期待できそうなのだ。
 杏子としても望ましい展開なので、わざわざ余計なことを言う必要もあるまい。

 朽梨と杏子は野次馬を押し退けて前へと進む。
 事件現場を確認するためだ。
 神田林と勝負すると決まった以上、有益な情報は少しでも多い方がいい。

 二人の前進に迷惑そうにする野次馬たちだったが、朽梨の三角コーンを見た途端に驚いて距離を置こうとする。
 関わってはいけないと本能的に悟ったのか。
 こんな姿を間近で目にしたら驚くだろう、と杏子は独り納得をする。

 事件現場は中華料理店だった。
 店周りはテープで区切られ、鑑識と思しき人々が忙しそうに出入りしている。
 店の前には何台ものパトカーが停まっていた。
 かなり騒然とした様子だ。

 それらを見た朽梨と杏子は、立入禁止のテープをくぐって中へ入ろうとする。

 すると、野次馬を押さえていた若い警官が立ちはだかってきた。

「すみません、ここから先は」

「分かっている。俺は仮面探偵だ。警部から何か達しが出ていないか?」

「えっ……少々、お待ちください」

 困惑する若い警官は、テープの内側にいる上司らしき人物に話しかける。
 朽梨の言葉が本当かどうか、確認を取っているようだ。

 ニヤニヤと笑う杏子は、腕を掲げて頭上で三角形を作る。

「三角コーンを被った不審者がやって来たんですから、そりゃ制止しますよね?」

「ならお前は、三角コーンを被った不審者の助手になるがいいのか」

「誠に遺憾です」

「どういう意味だ」

 やがて若い警官が戻ってきた。
 彼はおずおずと道を開ける。

「大変失礼いたしました。お通り下さい」

「すまないな」

 朽梨は堂々とテープをくぐった。
 杏子もその後に続く。

 現場を進む二人に対し、すれ違う警官は敬礼や会釈をする。
 先ほどのように止められることはない。

 不思議に思った杏子は朽梨に訊く。

「随分あっさりと現場に入れてもらえましたね。もしかして顔パスですか? 全力で顔を隠しているのに顔パスですか?」

 朽梨は慣れた調子で首を振る。

「違う。あのポンコツ刑事――神田林の根回しだ。あいつはフェアな対決を望んでいる。だから、俺が事件現場を確認できるように指示してあるんだ。いつものことだ、気にしなくていい」

「先生たちは、いつもこんな下らな――低レベルな争いをしてるんですね」

「言い直したせいで表現が悪化しているだろうが」

 朽梨と杏子は店内へと踏み込んだ。

 こちらも警官たちが慌ただしく駆け回っている。
 鋭い指示が飛び交い、それに応えた捜査官が外へと飛び出していく。
 なかなかに緊迫した空気である。

 そんな中、いくつもの疎むような視線が朽梨に刺さった。
 敵意や悪意とまでは行かずとも、少なからぬ不快感を煽る類のものだ。
 視線を辿ればそこには、現場検証をする刑事たちがいる。
 彼らは、横目で朽梨たちを睨んでいた。

 杏子は朽梨に囁き声で尋ねる。

「先生は警察の方々に嫌われているんですか?」

「ああ。部外者が現場を自由に出入りして歓迎されるはずがない。加えて神田林が同僚から嫌われがちだからな。嫌いなヤツが連れてきた部外者、ともなれば好感度はマイナスだ」

「散々ですね」

「そういうもんだ」

 探偵業も一筋縄ではいかないらしい。
 朽梨は、どこか諦めた様子で肩をすくめるのだった。
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