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第二話 迷い猫密室事件

忠実な助手

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 杏子は髪をくるくると指で弄りながら訊く。

「今更なんですが、今回の事件ってただの強盗殺人の可能性はないんですか?」

 手帳と写真を仕舞いながら朽梨は答える。

「その可能性はまずない。現場からは金品の類が盗まれていなかった。よほど特殊な事情がない限り、依頼者の命を狙った犯行だろう」

「ほうほう。さすがは先生、名推理ですね」

「こんなものは推理未満の思考だ。そもそもお前も現場で聞いていたはずの内容だが?」

 朽梨は冷たい眼差しで、じろりと杏子を睨む。

 初めて事件現場に入った際、杏子も朽梨のそばにいた。
 つまり必然的に事件概要について知っているはずなのである。

 杏子はそっぽを向いて口笛を吹き始めた。
 明らかに挙動不審で、おまけに空気の漏れるような音しか鳴っていない。

「い、いやぁ……確認ですよ、確認! 言うなれば皆さんへの配慮です」

「皆さんって誰だ」

「そこに触れると危険なのでスルーしますねー」

 意味不明なことを言いつつ、杏子は立ち上がった。

「さて、聞き込み調査はこれから行く感じですか?」

「事前に連絡を取る必要がある。明日以降だな」

「それでしたら今日は遊びまくれますね!」

「遊ぶ暇はない。調査すべきことは山積みだ」

 朽梨は伝票を掴んでレジに向かう。

 肩を落とした杏子は、ぶつくさと文句を垂れる。
 休めないのがよほど不満らしい。
 やる気がないのは明らかであった。

 朽梨は面倒臭そうにため息を吐くと、振り返って告げる。

「頑張り次第では特別手当も出すぞ」

「それはそれは! 調査いいですね! もう、めちゃくちゃ張り切っちゃいますよ!」

 朽梨の一言を受けた杏子は途端に元気になった。
 腕を振ってやる気をアピールする。
 恥も外聞も捨てた、露骨な豹変だった。

「我ながら仕事に一途すぎて困ってしまいますね! これは天職かもしれません!」

「……そうか」

 朽梨はあえてツッコまず、淡々と会計を済ませた。
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