修羅と丹若 (アクションホラー)

ねぎ(ポン酢)

文字の大きさ
1 / 16

高校生と古豪執事

しおりを挟む
 五百雀いおじゃく家の朝は早い。 昨夜、オンラインゲームに遅くまで興じていた傑は、起床時間になっても深い眠りに落ちていた。その為、ピチッとしたスーツ姿の老紳士が部屋に入ってきても気づかない。 老紳士は惰眠を貪る傑を一瞥し溜息をつくと、おもむろに懐から拳銃を取り出し発砲した。

「!!」

「おや、今日は当たりませんでしたね。いい反応です。」

院瀬見いせみ……テメェ……ッ!!」

「ゴム弾です。」

「だからって当たったらクソ痛てぇだろうが!!」

「五百雀家の一員として、その程度で騒ぎ立てるものではありませんよ、傑様。」

「だったらテメェも至近距離で当てられてみろ!!」

「お出来になるのでしたら喜んで。」

 院瀬見と呼ばれたスーツの老紳士は淡々とそう述べると、寝間着姿で掛け布団を抱えている傑に持っていた拳銃を無造作に投げる。ベッドに落ちる前に傑はそれを掴み、院瀬見に照準を合わそうとした。 しかし、今の今までそこにいたはずの院瀬見の姿はない。

「一秒前の古い情報など、宛になりません。」

「チッ!!」

 傑は即座にベッドから飛び退いた。その前髪にナイフが掠る。急いで体制を整え、全神経を集中する。

 全く。これなら昨夜のオンライン対戦の方がよっぽど楽だ。たとえミスったって、現実には痛くも痒くもないのだから。

 だが現実ここではそうはいかない。切られて短くなった前髪の下、高校生とは思えない冷たい眼光が光る。

「視野などに頼っていては死にますよ?」

 それを嘲笑うように背後から蹴りが飛ぶ。傑はそれを潜るように避けながら、床に寝そべり銃口を本体に向け構える。

「悪くない反応です。しかし、それでは動きが制限されるというもの。」

 蹴り上げられた脚が踵落としの要領で傑を狙う。覚悟の上だ。肉を切らせて骨を断つ。今日のところは傑の身がどうなろうと、このゴム弾を院瀬見にぶち込めれば勝ちだ。傑はニヤッと笑った。

「……うわっ?!」

 しかしそんな傑の顔に何か液体がかかる。ツンとしたそれが目に染みて、傑は反射的に目を閉じてしまった。 だが勘を信じて引き金を引く。

 シンッと静まり返る室内。

「うむ。それでも構えをブレさせなかったのは、合格です。」

「……他に言う事はねぇのかよ?院瀬見……。」

 傑は体を起こし、顔に落ちた液体を拭う。それをまた呆れたように院瀬見がため息をつく。

「顔にかかったからと言って、安易に拭うのは愚かな事です。傑様。もしそれが硫酸などでしたら、事態は悪化しますよ?」

「でもこれは硫酸じゃねぇ。」

「では何だと?」

「クエン酸だろ?!掃除用の?!」

「ええ。お顔が汚れていらっしゃいましたので、掃除しようかと。」

「ふざけんな!!」

 傑はゴシゴシ顔を擦りながら、持っていた拳銃を床に叩きつけた。それをやれやれと言いたげに院瀬見が拾う。

「早くお顔をお洗いになられては?朝食まであまり時間がありませんよ?」

 そう言われ、傑ははっと時計を見る。朝食に遅れでもしたら、父と母にどんな目に合わされるかわかったものではない。大慌てで身支度を始める傑。そこに音もなく入ってくるがメイド二人。一人は洗面台の傑のサポートをし、もう一人が高校指定のブレザー制服の準備をする。 院瀬見は自分のスーツの乱れを整えた。そしてスケジュール帳を取り出し、読み上げる。

「本日のご予定は、学校が終わり次第、学習塾に向かい、夕食は大御所様とご一緒する事になっております。」

「えぇ?!何でじいちゃんとばあちゃん?!」

「さて?私はけい様にその様に仰せつかったので、理由までは存じ上げません。」

 さっきまで、まるで殺し合いのような事をしていたとは思えないやり取り。ここ五百雀家ではいつもの光景。

 五百雀傑。高校生二年。五百雀家の一応跡取りだ。

 院瀬見はその執事兼ボディガード兼教育係。24時間体制のうち、昼間を担当している執事だ。もう一人、夜間担当の信桜しのざくらがいる。また、ヘルプで風祭が入る事があるが、基本的に起きている傑に始終くっついているのは院瀬見である。

「……傑様、お早く。ダイニングに朝から慌ただしく駆け込んだりすれば、京様と詩子様のご機嫌を損ねます故。」

 そう言う割に我関せずといった口調の院瀬見に傑はイラッとする。

「誰かさんが前髪切りやがったから!整わねぇんだよ!!」

「はて?それでしたら私めが、全部刈って差し上げましょうか?」

「要らんわ!クソ爺!!」

 メイドたちは何も言わずに、傑を着替えさせ、身成を整える。 いつもの事。五百雀家の朝は、いつもこんな感じなのである。

「…………え?」

 傑はにこにこと穏やかに笑って祖父母が告げた言葉に、間の抜けた返事をした。食べていた鱧の天麩羅の天かすが口元にくっついている。

「ふふっ。スグちゃん、天かすがついててよ?」

 祖母にそう言われ、慌てておしぼりで口を拭った。子供扱いされるのは嫌なお年頃だが、子供っぽい反応をしてしまったと傑は自分を恥じた。

「……お恥ずかしいところを。」

 さすがの傑も祖父母とはいえ、五百雀家の大御所の前では、もう子供っぽい振る舞いはできない。慌てながらもきちっと礼儀に徹する。

「そう硬くなるな、傑。」

「そうよ?久しぶりに孫と食事できて、おじいちゃんもおばあちゃんも嬉しいのよ?もっと楽になさって?」

 とはいえ話を聞いた後だ。今更、孫としてフランクな顔をする事もできない。傑は礼儀をわきまえた上で繕った笑顔を浮かべるだけで精一杯。

「なあ、院瀬見いせみ。悪い話でもありまい?」

 そう言われ、食事をする傑の後ろに正座して控えていた院瀬見は口を開いた。

「はい。確かに傑様に五百雀いおじゃく家の一員としての自覚を持って頂くのに宜しいかと。」

「ほら見ろ。」

「しかしながら、この件は傑様にはまだお早いと存じます。」

 普段の傑なら、院瀬見に「お前にはまだ早い」的な事を言われれば反発する。 しかし今回ばかりは五百雀の大御所に意見する事を許されている自分のお目付け役に感謝した。

「何故じゃ?院瀬見。」

 しかし意見する事が許されているからとはいえ、それが通るとは限らない。祖母は傑には決して見せない表情と声色で、院瀬見に訪ねた。傑は自分が言われた訳でもないのに硬直し、さすがの院瀬見も頭を下げる。

「恐れながら、異国のモノはこれまで積み上げてきた我らの知識を覆す性質を持つ事が多く、初陣には相応しくないかと。」

「その為のお前じゃろう?!違うか?!院瀬見?!」

 どんどん冷たく感情を失っていくその声色に、座敷の空気は凍りついた。流石は「五百雀の女帝」。現五百雀の最高権力者である。その場にいる他の執事や配膳係たちも、緊張のあまり呼吸する事を忘れている。

「まあまあ、お前。そう熱くなるな。」

 その空気を変えたのは、他でもない傑の祖父だった。穏やかなその声に皆が呼吸を取り戻す。傑もいつの間にか止めていた息を大きく吐き出した。 祖父はおちょこの酒をグイッと飲み干すと、すかさず給仕がそこに酒を酌み足す。

「まぁ、院瀬見の言う事もわかる。だが、我らとて、何も考えずにこの件を初陣としようと思った訳ではない。」

 そしてまた、酌み足された酒を煽る。傑はドギマギしながら成り行きを見守った。

「……今やグローバルだなんだと、どこもかしこも異国と繋がりがある。そしてそういう社会の広がりの影に紛れ、闇を持ち込む輩も跡を絶たん。」

 そう言いながら、祖父はジュンサイを口にした。ズルッとそれを飲み込むのを沈黙が見守る。

「……この先、傑が跡を継ぐ頃には、そんなモノが日常茶飯事になっとる。わしらはそう考えておる。」

「本当、嫌な世の中ですわ。政治家は口先ばかりで目の前の利益に目が眩んで、和国を穢し、それが後々何を生むかなんて何もわかっちゃいやしない。」

「御もっともです。瞳様。」

 傑の祖母、瞳は、その名が表すかのように一族の中でも優れた「眼」を持っている。だから他の誰よりもそういうモノが見えているのだ。傑は口を噤み、俯いた。

 傑はまだ、一族の中で「特異性」を開花させていない。

 普段は負けず嫌いで強気な傑が二の足を踏んでいるのはそのせいだ。初陣を切るという事は、一族の者として認められる事。おまけの子どもらではなく、一人前の一人の「五百雀の者」としてその名を背負う事。

 ずっと望んでいた事だった。

 だが、そんな傑も祖父母の提案には戸惑った。祖父母の出してきた件に関わるであろう闇は、この国のモノでない可能性が高い。海外交流が当たり前になってきた現代、同じように入り込んできたそれらの闇は、国的な文化の違いなどの為か、これまで積み上げてきた知識や手段が通用しない事も多く、未知なる脅威として皆が手を焼いているものだ。 それを実戦が初めての傑に、大将として立てと言うのだ。まだ「特性」を開花させていない傑に、だ。

「今のこの国を取り巻く状況は心得ています。ですが、傑様は……。」

「黙れ、院瀬見。我らに楯突くか?!」

 誰よりも傑に厳しい院瀬見だが、誰よりも傑をわかっている。だから大御所である祖父母に必死に食らいつく。

(クソ……院瀬見の癖に……。)

 傑はそんな院瀬見にグッと奥歯を噛み締めていた。いつもは自分を虫けらのように扱うのに、こういう時に限って両親や祖父母よりも傑の為に熱くなってくれるのだ。

「言ったであろう、院瀬見。これは我らの決めた事。これを選んだのは初陣だからだ。傑は知識はあれども、実戦は初めて。つまり我らと違い、先入観がない。はじめから奴らと手合わせする事で、我らにはない感覚を養わせる。それがこの先の傑、ひいては五百雀の大きな力になる。」

「しかし!!」

「何度も言わせるな!院瀬見!これはもう決まった事!何人たりとも覆せぬ!!」

 祖父母の言葉に傑はグッと膝の上の拳を握った。ここでいくら論議したところで決定は覆らない。

 傑は顔を上げた。そして後ろに下がり、座布団から降りて祖父母の前でこうべを垂れた。

「……承知しました。」

 怖くない訳じゃない。 不安がない訳じゃない。

 だがこれ以上、院瀬見に意見させる訳にはいかなかった。

「……傑様……。」

 口惜しそうに小さく院瀬見が呟く。しかし自分の主が受け入れた以上、院瀬見にはもう、発言する事は許されなかった。己の若き大将と共に、大主に黙って頭を下げる。

「よし。では話は終わりだ。食事を再開しよう。」

「……はい。」

 酔ってきていたのか祖父は明るくそう言った。

 その後、傑は何を食べても味を感じる事はなかった。それでも気丈に、笑う祖父母に作り笑顔で応え続けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...