修羅と丹若 (アクションホラー)

ねぎ(ポン酢)

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風祭という男

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 五百雀いおじゃくの基本。

一、向こうが物理攻撃できるなら、こちらができないなどあり得ない。

 以上。

 我が一門ながら、脳筋すぎる。そう、傑は思った。 だが、人の生活圏で魑魅魍魎が幅をきかせて我がもの顔で闊歩していた大の昔から、五百雀家とその一門はこれ一つを信念とし戦ってきた。中には本当に触れないモノもあるらしいのだが、そういうのは陰陽師の方に任せるのだそうだ。とにかく物理的に危害を加えてくるような輩は、この理論でぶん殴って潰してきたのが五百雀なのである。

「……ていうかさ?跡継ぎの初陣だってのに、後方支援、二人だけ??」

 目的地につき陣を敷き始めた様子を眺めながら傑は呟いた。視線の先では院瀬見と信桜、プラス椿が何か話し合いながら動き出していた。一応そば付きとして横についていた風祭が乾いた笑いを浮かべる。

「ええと……色々案はあったようなのですがぁ~。最終的には、院瀬見さんの判断と、大御所様たちのご決断です……。」

 たはは、と笑う風祭。一応服装は、ツナギというか武器装備なしのミリタリースーツっぽい物を着ている。凄く着せられた感があり、聞くと信桜にしのご言わずに着ろと渡されたらしい。その腕に抱えられたすねこすりは……明らかにさっきより増えている……。そんな風祭を傑は不安そうに見つめた。

「めっちゃ厳選して、コレ??」

「あはは、面目ない……。」

 頼りなさ気な風祭。死ぬほど不安だ……傑はそう思った。後方支援は被害が周辺に及ばないよう戦地を結界で囲む処理をしたり、戦闘を行う戦人いくさびとの武器補充等のアシストを行う。

 だというのに、だ。傑の初陣の後方支援は信桜と風祭の二人だけ。

 信桜はわかる。本人も強いし、何より椿がいる。女郎蜘蛛の椿は戦闘能力も高いが、その能力を一番活かすなら後方支援なのだ。彼女の生み出す眷属子どもたちが素早く戦地を取り囲み、結界を張る。しかも蜘蛛の糸の強度が高い事からもわかるように、その結界は最高クラスであり、高位の陰陽師たちからも一目置かれていると聞く。そして武器などの補充の際、その結界の糸を使い、待機班が届けるなどより早く確実に行う事ができる。糸と子どもたちでは運べないような大きな物でも、椿自身が素早く届けてくれるし、途中狙われたところで椿がおいそれと負ける事もない。その点は、最高の後方支援をつけてもらったと理解している。

 だが……。

 傑はちらりと風祭を見る。正直、傑は風祭が戦っているところを見た事がない。傑の知っている風祭はこんな感じでちょっとおどおどしていて、いつもすねこすりを抱えて歩き、よく増えすぎたすねこすりに潰されて埋もれている。

 え??もしかしてこんなふうに見えて、風祭って強いの??

 同行者は、修羅の院瀬見。 後方支援は、陰陽師にも一目置かれる信桜&椿コンビ。

 で、風祭……。

 そうなると、このメンツに組み込まれる風祭のステータスが気になってきた。傑は準備が終わるまでする事もなく、風祭に訪ねる。

「風祭って何ができるんだ??」

「……え?!」

「だって、このメンツに入ってるって事は、何かできるから入ってるんだよな??」

 傑にそう言われた風祭は目に見えて顔を青くして慌てだした。それを見た傑は眉を顰める。

「え??何かできるんじゃないのか??」

「いえ!僕自身は何もできないんです!!」

「は?!ならすねこすりが何かできるのか?!」

「すねちゃんたちも!ただ可愛いだけの脛をこする妖怪で特には何もできないです~!!」

 傑に詰め寄られ、風祭はオロオロしている。 訳がわからなかった。だったら何故、ここに風祭がいるのか……。唖然としている傑の元に信桜がやってくる。

「風祭。準備しろ。」

「あ、はい。」

 信桜に呼ばれた事で傑の追求から逃れられ、風祭はあからさまにホッとした顔をした。ムスッとする傑から逃げるように風祭はそそくさとその場を後にする。代わりに横に立ったミリタリースーツ姿の完全武装した信桜を傑は見上げる。

「なぁ?風祭って何ができるんだ??」

「ああ……。坊っちゃんはご覧になるの初めてですね。」

「あ、やっぱ、一応何かできるんだ??」

「できるっつーか……なんつうか……。」

 そこまで来て、信桜は言葉を濁す。困ったように頭を掻いた。

「人に現れる特性とか特質ってのは、本人が制御できんのとできんヤツがあるじゃないですか?」

「風祭は後者っぽいな。」

「制御どころか自覚すらしてないッスよ。アイツは。」

「そうなの?!」

 信桜の言葉に、傑は驚いた。五百雀の傑たち同様、特性持ちはたまにいるが、制御できようとできまいと、普通はその特性に対して自覚がある。そのせいで色々と苦しむからだ。唖然とする傑に信桜は言った。

「……アイツは……歩く間欠泉なんです。」

「は??間欠泉??温泉とかが噴き出す?!」

「風祭の場合、それが龍脈なんです。」

「龍脈……え?!龍脈?!マジ?!」

「はい。風祭からは龍脈の気が噴き出してるんです。常に、無自覚に、無尽蔵に。」

 信桜の言葉を聞いて、傑は固まった。 しかしこれで合点がいった。何故、すねこすりが無条件に増え続けるのか……。

「……どうにかならんの?それ??」

「どうにもなりません。無理に止めると間欠泉自体が詰まり、アイツの心身を蝕みます。それに龍脈から気を取り出せる能力の方が我々には重要ですから、わざわざ塞ぐ方法は探しませんよ。」

「……対応策は?」

「見ての通りです。」

 どうやら風祭から、何の役にも立たないすねこすりを取り上げない事にも意味があったようだ。常に無尽蔵に湧き出す龍脈の気を、あえて人畜無害なすねこすりに与え数を増やす事で、溢れだすそれに対応しているのだ。

「俺、あれは妖魔なんかのご飯製造機としてつけてるんだと思ってた……。」

「ええ。一石二鳥で助かっています。」

 信桜はそれを否定しなかった。やはり長く五百雀にいる人間は感覚がヤバイなと傑は思った。

「……それで?」

「はい。結界にも二種類ありますよね?静結界と動結界。生きてるモノ、静止してるモノとも言われますが、動結界、つまり生きてるヤツには常に気を流し続けなければなりません。一般的な庶民の作る結界で祈りや読経なんかが必要なのはその為です。」

「わかってる。て事は……まさか?!椿の結界に龍脈の気を与えんのか?!」

「……ええ。」

 ギョッとした傑に信桜は得意げにニヤッと笑った。

 静結界と動結界。 静結界は何かを封印したりと、一度施せば人がいなくても機能し続ける。その分、相手に合わせた下準備が必要となる。そして綻びても自動修復されたりしない。 動結界は術者がいればその場ですぐ作る事ができる。ただし、その強度であり性能は術者の術と気の強さに影響される。 そしてそれが強ければ強いほど、その中は戦人にとって有利になる。敵に有利なアウェーから、自分たちに有利なホームに変えるのだ。

 傑は絶句した。

 そして思った。これは確かによりすぐりの究極のチームだ。

 信桜はいざとなれば同伴者として戦える。椿だって強い。そしてその椿の結界は、静結界としてもかなりの力がある。信仰が弱まり暴れだした粗神などを、信桜と椿でひとまず再封印まで済ませてくるのは日常茶飯事だ。 そんな椿の結界に、今この生きた大地の血管として流れる龍脈から自動的に気を噴出させる無自覚間欠泉が繋がって、静結界から動結界に切り替わる。

 そこがなんであれ、完全に結界内はこちらのホームとなる。相手はホームだと思っていた場所から一転、いきなりアウェーな状況に置かれ、椿と風祭の結界に苦しめられるだろう。

 それが、傑に初陣として与えられた戦場だ。

 ゾクゾクした。あまりの状況に傑はゾクゾクした。思わずぎゅっと自分の身に腕を回す。確かに祖父母は無茶な提案をしてきたが、その戦場はこれでもかと言うほど傑に有利なように準備されている。

「…………………………。」

 何も言えなくなる。ここまでしてもらって、できなかったでは済まない。

 修羅の院瀬見。 前線としても戦える最強の後方支援コンビ、信桜と椿。 そして無自覚な歩く龍脈間欠泉、風祭。

 なのに……。

 俺には何ができる?傑は自分に問う。まだ得意性も開花させていない。そんな自分に何ができる?最高の状況と最強の剣を持たされたが、その中身が何もできないお子様では格好がつかない。これでは服に着られたマネキンだ。 初陣なんてそんなものかもしれないが……。だが、負けず嫌いの傑は納得できない。お飾りの大将などにはなりたくない。

 もう未知の相手に怯えてる暇はなかった。

 ここまでされて、できないでは済まない。最低でもこの件を片付ける。そして自分が自分である事を証明したい。否、しなければならない。

「……おや、いい顔に成りましたね?傑様?」

 そこに院瀬見が戻ってきて、ニヤッと笑った。院瀬見には、傑がそこに到達した過程が見えているのだろう。そう思った。

「気張るのは構いませんが、私に特権を下さった事をお忘れなき様に。」

「クソッ!そこまで読んでの特権だったのかよ?!」

「ええ。でないと貴方様は無鉄砲に突っ走りかねませんから。そのお覚悟は買いますが、貴方に死なれては困るんですよ、私は。」

「死ね!!クソジジイ!!」

「それはできかねます。私の若き主に、自分の為に死ぬのではなく、自分の為に生きろと命を受けております故。」

 ああ言えばこう言う。傑はムキィーッと地団駄を踏むしかない。 そんな二人の様子を信桜は微笑ましく見守る。

「……あ、坊っちゃん、院瀬見さん。こちらの準備は終わりました。」

 指に停まった蜘蛛を見つめ、信桜はそう言った。いつの間にか場は、椿とその子どもたちに生み出された糸で覆われていた。 そして張り巡らされた蜘蛛の糸を辿り、椿が戻ってきて抱きしめるように信桜に蜘蛛の足を絡める。

「そういえば風祭は?戻らないけどどうなったんだ?」

「……見ない方がよろしいかと。」

「え……。」

 苦笑いする信桜。椿が人間離れした美しい顔を長い黒髪の間から覗かせ、にっこりと微笑む。信桜の言葉と椿の笑みは、傑の不安を掻き立てた。

「……た、食べてないよな??」

「流石に椿でも、龍脈の間欠泉を食べてしまえる力はないですよ。」

「力があったら食べるんだ……。」

「いや、貴重な人材なので食べさせませんて。」

「そういう問題?!」

 なんだか頭がクラクラする。五百雀の者として、色々おかしい事には慣れているのだが、たまに頭が痛くなる。

「おい、小僧。無駄話はそこまでだ。さっさと準備しろ。」

「?!」

 その言葉にギョッとして振り返る。院瀬見が車のトランクを開けて武装を始めている。ちょっと信桜と話している間に、どうやら「教育」モードに切り替わったようだ。院瀬見は悪魔の顔で冷たく傑を一瞥する。

 まぁ、修行の時もこんな感じだしな……。

 傑は急いで院瀬見の方に向かい、自分の支度を始める。この顔の時に下手にモタモタすると、ゴム弾ではなく実弾をぶち込まれる。

 都会の片隅にポッカリとあいた、古い廃工場跡。

 そこは今、見える人が見れば、巨大な蜘蛛の巣に覆われている。その糸は不思議と嫌な感じではなく、キラキラとした淡い光が流れていてとても綺麗だ。

 だがその内側では、それまでは物陰に拡散していた異形の闇が、結界からの苦痛を少しでも和らげようと集まり始めていた。
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