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「……サーメートか?」
信桜はスコープから目を離さず、爆音からそう判断した。
そしてそのまま、重機関銃を撃ち続ける。
サーメートは焼夷手榴弾の一種で主に火の手を上げる事を目的に使われるものだ。
院瀬見が火器に頼るとは考えにくい。
だとしたら院瀬見が傑に持たせた、威力を弱めた物だろう。
ならば問題ないと判断する。
建物が燃えている気配はないし、何より、蜘蛛たちが騒いでいない。
緊急性のある不測の状況ではないだろう。
「……俺はこっちをしっかり守らんとなぁ。」
信桜はそれ以上、向こうの事を気にする事をやめた。
自分は自分の職務を全うする事が第一だ。
結界破壊に来ている「陰」は存在を凝縮し、信桜の方も火器の威力を上げてそれに対応していたが、それらは寄り集まり「邪」となり始めている。
そうなると単純に銃器の火力で応戦するのは難しくなる。
このまま狙撃スタイルで対応していくのは無理があるだろう。
「どうすっかな……。ひとまずアサルトでいいか……。」
最終的には刀を使う事になるだろうが、ここに近付けさせない為にも銃器で対応したい。
「攻めるより守りの方が難しいってな……。」
信桜は小さく溜息をついた。
傑は院瀬見の合図で飛び出した。
悪鬼に殴りかかる院瀬見をよそに、ムカデの足の間をスライディングするように滑り抜ける。
この間、拳銃でムカデの腹を撃ち続ける事も忘れない。
「うわっ、汚っ!」
その際、節足動物特有の青みがかった体液が飛び散った。
それを慌てて拭うと、傑をチラ見した院瀬見が呆れ果てた顔をした。
そうだ……顔にかかったからといって、安易に拭き取るなって言われたばかりだった……。
特に「呪」の体液の場合、どんな性質を持っているからわからない。
下手に拭った場合、むしろ塗り込み広げる事になり、液体と皮膚の触れた面積を増やしてしまう場合がある。
そこからどんな影響が起こるともしれないというのに。
しかし幸いな事に特に何もないようだ。
一応、腕時計で時間を見る。
後から何か変化が出た時、何時についたか、ついてからどれぐらい時間が経過したのかは覚えていた方がいい。
悪鬼は院瀬見に気を取られている隙に傑に後ろに抜けられ、すぐ様、その髪を傑に伸ばしてきた。
滑り込んですぐ階段前まで走った傑は、振り向きざま、その襲いかかる髪に向けて焼夷手榴弾を投げつけた。
黒い塊にぶつかった瞬間にそれが火を吹く。
髪の焦げる独特な匂いがあたりに立ち込めた。
「アアアァァァ……ガガガガガ……ッ!!」
悪鬼が耳障りな声を上げ、怒り狂ったようにその巨大な半人半虫の体をくねらせて傑に向かっていく。
「……お前の相手は私だ。」
だが、院瀬見がそれを許さない。
その言葉が聞こえたと思った時には、院瀬見が悪鬼の真横に飛んでおり、思い切り横っ面を蹴飛ばした。
悪鬼は吹っ飛び、壁にブチ当たって建物を大きく揺らした。
「うわ……エグ……ッ。」
さすがは院瀬見。
相手が女性的な容姿をした妖魔であっても情け容赦ない。
傑はちょっと引いた。
そもそも大きさの対比でいけば、院瀬見にどれだけの脚力があろうとも、自分の大きさと変わらない悪鬼の頭部を蹴ったからといって吹っ飛ぶ訳がない。
だが、そこにもちゃんと理由がある。
「呪」は元々、思念体だ。
つまり実質的な物質量がない。
「呪」自身や戦人の「認識」によって、触れたり殴れたりできているのだ。
つまり、見た目通りの密度質量がない。
だからそれがどんなに大きくても、壁のように見えても、それは実質物質的にはそんな大きさはないし、壁になっている訳でもない。
視覚情報から勝手に「思い込んでいる」だけだ。
だから人間程度の攻撃であっても、この大きな悪鬼を一撃で吹き飛ばす事も可能だという事だ。
そう、理屈はわかっている。
理屈は……。
「……何を見ている。さっさと行け。」
それでも実際目の当たりにすると頭が混乱する。
びっくりしてそれを呆然と眺めていた傑に、イラッとしたような院瀬見の声が飛ぶ。
その声に傑は弾かれたように三階に駆け登って行った。
「全く……。」
いちいち驚いて行動が止まる傑を呆れている院瀬見に、いくつもの筋が飛んだ。
院瀬見はそれに目を向ける事もなく、一撃目をひらりと交わすと、落ちていた鉄骨を拾いその他の攻撃を弾き返した。
部屋の影の中、ぬっと悪鬼が体を擡げる。
そして苛立たしげにムカデの足や羽虫の羽から音を立て、院瀬見を威嚇した。
しかしそんなものが院瀬見に通用するはずがない。
「……女性が悪鬼になるほどの苦痛を与えられたと思うと胸は痛むが……。かと言って、こちらも譲れぬものがある。せめて、早めに終わらそう。」
そう呟くと、手に持っていた鉄骨を悪鬼の眉間めがけて棒手裏剣のように投げつける。
悪鬼はそれを髪で防ぐ。
「……遅い。」
そう言うと、いつの間にか頭上まで移動しており、拳でその頭を殴りつける。
ドーンッと建物を揺らし、悪鬼の頭が床に叩きつけられる。
しかし悪鬼もそのムカデの体をくねらせ、院瀬見に襲いかかる。
それを一蹴りした後院瀬見はその背に乗ると、体節部の切れ間に銃弾を浴びせた。
「ギギャアァァァッ!!」
悲鳴を上げ、のたうつ悪鬼。
地面に降り立った院瀬見は拳銃をホルスターにしまうと、ふむ、と考えた。
「……やはり銃弾程度では簡単には切断できぬか……。信桜に刀を借りてくれば良かった……。」
とはいえ向こうも仕事があったので、貸してくれたかは微妙だ。
そんな院瀬見の目に、傑の落としたサバイバルナイフが映る。
そして呆れたようにため息をついた。
「……落としたにしても、何故、さっさと拾っておかぬのだ……。未熟で装備に頼る部分が多いというのに……。」
それをおもむろに拾い上げる。
刃の長さが足りないが、銃よりはマシだろう。
ナイフを手に、院瀬見が構える。
殴れるにしても、この大きさと長さは邪魔だ。
悪鬼をこの世に縛る楔は額にある。
そうなると一気にそこをつくのがいいが、狭い部屋の中、その長いムカデの足が邪魔でしかない。
それならさっさと切断して使えなくしてしまえばいい。
「……わっ!!」
三階に上がった傑は部屋の中を調べていた。
時より陰が邪魔してくるが、それはたいした事ではない。
むしろ今のように、下で戦っている院瀬見が悪鬼を叩きつけた際に建物が揺れる方が動揺する。
資料通り、三階は完全に閉鎖された一部屋だった。
一周してみたし、扉が隠されていそうな場所もない。
傑が3Dマップで見た四階に続く階段が見たからないのだ。
思い出せ……四階はどう繋がっていたか……。
傑はあの時見えた映像を思い返していた。
しかしその後、激しい戦闘なども行った為、記憶がはっきりしない。
「……クソッ!何の為に見たんだよ!!」
思い出せない自分に苛立ち、思わず声が出る。
三階はざっと見たが、二階と同じく、特に何もない。
フェイクだ、と思った。
ここは危険などない。
おかしな事などしていない。
何の問題もない、廃工場の事務所にすぎない。
そう調査に来た人間に思わせる為のフェイクだと……。
だが、ここには「本体」を守るあれほどの「呪」がいる。
あれだけ無数の「陰」がいる。
それを束ねる呪詛の「本体」が必ずある。
悪鬼は三階を守っていた。
その三階には何もない。
だとしたら四階に行かせないためにここを守っていたと考えた方がいい。
考えろ……。
四階は間違いなくある。
そこに呪詛の「本体」がある。
必ずどこかにそこに続く場所がある……。
傑は集中した。
思い出せ……。
いや、思い出せないならもう一度見ればいい。
集中しろ……。
あれは俺の特異性だ……。
俺にはその能力がある……。
今はそれを見る方法に気づいていないだけだ……。
見る能力だと院瀬見は言った。
見る……。
物を見るのは、網膜からの情報を視床を経由して、視覚野に送ってそこではじめて「見ている」と認識する。
網膜から視床、そこから視覚野……。
傑は「見る」流れを意識して意識を集中した。
「……駄目だ!何も見えん!!」
集中が切れ、傑はダンッと近くにあった書類棚を叩いた。
背後でビクッとした気配があって振り向くと、「陰」がサササッと隠れた。
「邪」になった者たちをも倒した傑に、小さな「陰」では勝ち目がないと思っているらしく、三階の陰たちはこそこそ傑の様子を伺っている。
それに小さくため息をつく。
院瀬見的に言えば、優先順位に入れなくていいものだ。
だから傑も何かしてこない限りは放っておいた。
そんな事より、四階へ行く方法の方が大事だからだ。
ふぅ、と息を吐く。
傑の年齢で「特異性」に目覚めていない五百雀は今までいない。
普通は10歳を越すか来さないかのあたりで目覚めるか、その兆候が見られる。
けれど高校生になっても傑は特異性に目覚めていない。
そのせいで一族は、傑の両親、特に母の詩子への風当たりが強い。
「……命がけで俺を産んでくれたのに。」
どんな出産も命がけだ。
だが傑の場合、別の意味合いも含まれている。
傑は一族の中で少し特殊な位置にいた。
総代である祖父母がそう決めている為、表向き傑が跡取りと言う事にはなっているが、一族の中ではそれに反対する者もいる。
それは傑の生まれが関係していた。
傑の母、詩子は元々体が弱かった。
なので父、京との結婚は反対されたりもした。
だが母は凪、鳳凰を従えている事もあり、何とか結婚に漕ぎ着けたのだそうだ。
だがある時、大きな呪詛と五百雀はやり合った。
そしてその「呪」は滅びる時、母を道連れにしようとした。
それは陰陽師にも手に負えない「死の呪い」だった。
最悪、母一人の命で終わるならと皆が思った。
けれど母は死ななかった。
傑を身篭っていたからだ。
母と傑、二人で「死の呪い」を分け合った事で、それを免れた。
だがそれで終わる訳ではない。
陰陽師達でも太刀打ちできない「死の呪い」なのだ。
母か傑、どちらかがそれを受けねばならなかった。
一族は荒れた。
母を選ぶか、傑を選ぶか、二つに別れた。
最終的には、生まれる前に一度呪いを受けた傑よりも、新たな子を望める母を選ぶ事に決まった。
だが、そんな事を母が許すはずがない。
母は凪や数人の協力者に頼み、自分が呪いを受けるように仕向けた。
そんな攻防の中、傑は生まれた。
何が功を奏したのかはわからない。
結果としては、どちらも生死を彷徨いはしたが、傑も母も、生き残った。
元々体の弱かった母は、一日の殆どを寝て過ごすようになったが、死ぬ事はなかった。
それは母に凪がついているから起きた奇跡と言えた。
だが傑はどうして助かったのかわかっていない。
その為、まだ見の内に「呪」が残っているのではないかと、一部では思われている。
特異性に目覚めないのもそのせいだと。
だから跡取りの座からは下ろすべきだと影で言われている。
「……………………。」
特異性がなんだというのだ。
陰陽師の力に比べたら、大したものでもないというのに。
とはいえ特異性に目覚めれば、傑や両親への風当たりは少しは変わる。
それにしても、バーチャル3Dマップとはどういう能力なのだろう?
ゲームのしすぎでそんな能力になってしまったのだろうか?
「……ていうか、地図を見るのって「目」の能力なのか??」
ふとそんな疑問が浮かんだ。
地図は確かに「見る」と言う。
けれど見ただけでは、地図を活かす事はできない。
物の位置を理解し、把握してはじめて役に立つのだ。
そして傑の場合、それが立体的になっている。
「……これって……。」
傑の中で、バラバラだったピースが繋がるように、点と点が繋がり合い、一本の線となった。
傑は自分の能力を理解した。
その瞬間、傑は再びこの建物の3Dマップを見た。
それは、最初に見た時よりも「リアル」だった。
それに気づき、傑はニヤリと笑う。
「……やるじゃん、俺。」
心底、そう思った。
信桜はスコープから目を離さず、爆音からそう判断した。
そしてそのまま、重機関銃を撃ち続ける。
サーメートは焼夷手榴弾の一種で主に火の手を上げる事を目的に使われるものだ。
院瀬見が火器に頼るとは考えにくい。
だとしたら院瀬見が傑に持たせた、威力を弱めた物だろう。
ならば問題ないと判断する。
建物が燃えている気配はないし、何より、蜘蛛たちが騒いでいない。
緊急性のある不測の状況ではないだろう。
「……俺はこっちをしっかり守らんとなぁ。」
信桜はそれ以上、向こうの事を気にする事をやめた。
自分は自分の職務を全うする事が第一だ。
結界破壊に来ている「陰」は存在を凝縮し、信桜の方も火器の威力を上げてそれに対応していたが、それらは寄り集まり「邪」となり始めている。
そうなると単純に銃器の火力で応戦するのは難しくなる。
このまま狙撃スタイルで対応していくのは無理があるだろう。
「どうすっかな……。ひとまずアサルトでいいか……。」
最終的には刀を使う事になるだろうが、ここに近付けさせない為にも銃器で対応したい。
「攻めるより守りの方が難しいってな……。」
信桜は小さく溜息をついた。
傑は院瀬見の合図で飛び出した。
悪鬼に殴りかかる院瀬見をよそに、ムカデの足の間をスライディングするように滑り抜ける。
この間、拳銃でムカデの腹を撃ち続ける事も忘れない。
「うわっ、汚っ!」
その際、節足動物特有の青みがかった体液が飛び散った。
それを慌てて拭うと、傑をチラ見した院瀬見が呆れ果てた顔をした。
そうだ……顔にかかったからといって、安易に拭き取るなって言われたばかりだった……。
特に「呪」の体液の場合、どんな性質を持っているからわからない。
下手に拭った場合、むしろ塗り込み広げる事になり、液体と皮膚の触れた面積を増やしてしまう場合がある。
そこからどんな影響が起こるともしれないというのに。
しかし幸いな事に特に何もないようだ。
一応、腕時計で時間を見る。
後から何か変化が出た時、何時についたか、ついてからどれぐらい時間が経過したのかは覚えていた方がいい。
悪鬼は院瀬見に気を取られている隙に傑に後ろに抜けられ、すぐ様、その髪を傑に伸ばしてきた。
滑り込んですぐ階段前まで走った傑は、振り向きざま、その襲いかかる髪に向けて焼夷手榴弾を投げつけた。
黒い塊にぶつかった瞬間にそれが火を吹く。
髪の焦げる独特な匂いがあたりに立ち込めた。
「アアアァァァ……ガガガガガ……ッ!!」
悪鬼が耳障りな声を上げ、怒り狂ったようにその巨大な半人半虫の体をくねらせて傑に向かっていく。
「……お前の相手は私だ。」
だが、院瀬見がそれを許さない。
その言葉が聞こえたと思った時には、院瀬見が悪鬼の真横に飛んでおり、思い切り横っ面を蹴飛ばした。
悪鬼は吹っ飛び、壁にブチ当たって建物を大きく揺らした。
「うわ……エグ……ッ。」
さすがは院瀬見。
相手が女性的な容姿をした妖魔であっても情け容赦ない。
傑はちょっと引いた。
そもそも大きさの対比でいけば、院瀬見にどれだけの脚力があろうとも、自分の大きさと変わらない悪鬼の頭部を蹴ったからといって吹っ飛ぶ訳がない。
だが、そこにもちゃんと理由がある。
「呪」は元々、思念体だ。
つまり実質的な物質量がない。
「呪」自身や戦人の「認識」によって、触れたり殴れたりできているのだ。
つまり、見た目通りの密度質量がない。
だからそれがどんなに大きくても、壁のように見えても、それは実質物質的にはそんな大きさはないし、壁になっている訳でもない。
視覚情報から勝手に「思い込んでいる」だけだ。
だから人間程度の攻撃であっても、この大きな悪鬼を一撃で吹き飛ばす事も可能だという事だ。
そう、理屈はわかっている。
理屈は……。
「……何を見ている。さっさと行け。」
それでも実際目の当たりにすると頭が混乱する。
びっくりしてそれを呆然と眺めていた傑に、イラッとしたような院瀬見の声が飛ぶ。
その声に傑は弾かれたように三階に駆け登って行った。
「全く……。」
いちいち驚いて行動が止まる傑を呆れている院瀬見に、いくつもの筋が飛んだ。
院瀬見はそれに目を向ける事もなく、一撃目をひらりと交わすと、落ちていた鉄骨を拾いその他の攻撃を弾き返した。
部屋の影の中、ぬっと悪鬼が体を擡げる。
そして苛立たしげにムカデの足や羽虫の羽から音を立て、院瀬見を威嚇した。
しかしそんなものが院瀬見に通用するはずがない。
「……女性が悪鬼になるほどの苦痛を与えられたと思うと胸は痛むが……。かと言って、こちらも譲れぬものがある。せめて、早めに終わらそう。」
そう呟くと、手に持っていた鉄骨を悪鬼の眉間めがけて棒手裏剣のように投げつける。
悪鬼はそれを髪で防ぐ。
「……遅い。」
そう言うと、いつの間にか頭上まで移動しており、拳でその頭を殴りつける。
ドーンッと建物を揺らし、悪鬼の頭が床に叩きつけられる。
しかし悪鬼もそのムカデの体をくねらせ、院瀬見に襲いかかる。
それを一蹴りした後院瀬見はその背に乗ると、体節部の切れ間に銃弾を浴びせた。
「ギギャアァァァッ!!」
悲鳴を上げ、のたうつ悪鬼。
地面に降り立った院瀬見は拳銃をホルスターにしまうと、ふむ、と考えた。
「……やはり銃弾程度では簡単には切断できぬか……。信桜に刀を借りてくれば良かった……。」
とはいえ向こうも仕事があったので、貸してくれたかは微妙だ。
そんな院瀬見の目に、傑の落としたサバイバルナイフが映る。
そして呆れたようにため息をついた。
「……落としたにしても、何故、さっさと拾っておかぬのだ……。未熟で装備に頼る部分が多いというのに……。」
それをおもむろに拾い上げる。
刃の長さが足りないが、銃よりはマシだろう。
ナイフを手に、院瀬見が構える。
殴れるにしても、この大きさと長さは邪魔だ。
悪鬼をこの世に縛る楔は額にある。
そうなると一気にそこをつくのがいいが、狭い部屋の中、その長いムカデの足が邪魔でしかない。
それならさっさと切断して使えなくしてしまえばいい。
「……わっ!!」
三階に上がった傑は部屋の中を調べていた。
時より陰が邪魔してくるが、それはたいした事ではない。
むしろ今のように、下で戦っている院瀬見が悪鬼を叩きつけた際に建物が揺れる方が動揺する。
資料通り、三階は完全に閉鎖された一部屋だった。
一周してみたし、扉が隠されていそうな場所もない。
傑が3Dマップで見た四階に続く階段が見たからないのだ。
思い出せ……四階はどう繋がっていたか……。
傑はあの時見えた映像を思い返していた。
しかしその後、激しい戦闘なども行った為、記憶がはっきりしない。
「……クソッ!何の為に見たんだよ!!」
思い出せない自分に苛立ち、思わず声が出る。
三階はざっと見たが、二階と同じく、特に何もない。
フェイクだ、と思った。
ここは危険などない。
おかしな事などしていない。
何の問題もない、廃工場の事務所にすぎない。
そう調査に来た人間に思わせる為のフェイクだと……。
だが、ここには「本体」を守るあれほどの「呪」がいる。
あれだけ無数の「陰」がいる。
それを束ねる呪詛の「本体」が必ずある。
悪鬼は三階を守っていた。
その三階には何もない。
だとしたら四階に行かせないためにここを守っていたと考えた方がいい。
考えろ……。
四階は間違いなくある。
そこに呪詛の「本体」がある。
必ずどこかにそこに続く場所がある……。
傑は集中した。
思い出せ……。
いや、思い出せないならもう一度見ればいい。
集中しろ……。
あれは俺の特異性だ……。
俺にはその能力がある……。
今はそれを見る方法に気づいていないだけだ……。
見る能力だと院瀬見は言った。
見る……。
物を見るのは、網膜からの情報を視床を経由して、視覚野に送ってそこではじめて「見ている」と認識する。
網膜から視床、そこから視覚野……。
傑は「見る」流れを意識して意識を集中した。
「……駄目だ!何も見えん!!」
集中が切れ、傑はダンッと近くにあった書類棚を叩いた。
背後でビクッとした気配があって振り向くと、「陰」がサササッと隠れた。
「邪」になった者たちをも倒した傑に、小さな「陰」では勝ち目がないと思っているらしく、三階の陰たちはこそこそ傑の様子を伺っている。
それに小さくため息をつく。
院瀬見的に言えば、優先順位に入れなくていいものだ。
だから傑も何かしてこない限りは放っておいた。
そんな事より、四階へ行く方法の方が大事だからだ。
ふぅ、と息を吐く。
傑の年齢で「特異性」に目覚めていない五百雀は今までいない。
普通は10歳を越すか来さないかのあたりで目覚めるか、その兆候が見られる。
けれど高校生になっても傑は特異性に目覚めていない。
そのせいで一族は、傑の両親、特に母の詩子への風当たりが強い。
「……命がけで俺を産んでくれたのに。」
どんな出産も命がけだ。
だが傑の場合、別の意味合いも含まれている。
傑は一族の中で少し特殊な位置にいた。
総代である祖父母がそう決めている為、表向き傑が跡取りと言う事にはなっているが、一族の中ではそれに反対する者もいる。
それは傑の生まれが関係していた。
傑の母、詩子は元々体が弱かった。
なので父、京との結婚は反対されたりもした。
だが母は凪、鳳凰を従えている事もあり、何とか結婚に漕ぎ着けたのだそうだ。
だがある時、大きな呪詛と五百雀はやり合った。
そしてその「呪」は滅びる時、母を道連れにしようとした。
それは陰陽師にも手に負えない「死の呪い」だった。
最悪、母一人の命で終わるならと皆が思った。
けれど母は死ななかった。
傑を身篭っていたからだ。
母と傑、二人で「死の呪い」を分け合った事で、それを免れた。
だがそれで終わる訳ではない。
陰陽師達でも太刀打ちできない「死の呪い」なのだ。
母か傑、どちらかがそれを受けねばならなかった。
一族は荒れた。
母を選ぶか、傑を選ぶか、二つに別れた。
最終的には、生まれる前に一度呪いを受けた傑よりも、新たな子を望める母を選ぶ事に決まった。
だが、そんな事を母が許すはずがない。
母は凪や数人の協力者に頼み、自分が呪いを受けるように仕向けた。
そんな攻防の中、傑は生まれた。
何が功を奏したのかはわからない。
結果としては、どちらも生死を彷徨いはしたが、傑も母も、生き残った。
元々体の弱かった母は、一日の殆どを寝て過ごすようになったが、死ぬ事はなかった。
それは母に凪がついているから起きた奇跡と言えた。
だが傑はどうして助かったのかわかっていない。
その為、まだ見の内に「呪」が残っているのではないかと、一部では思われている。
特異性に目覚めないのもそのせいだと。
だから跡取りの座からは下ろすべきだと影で言われている。
「……………………。」
特異性がなんだというのだ。
陰陽師の力に比べたら、大したものでもないというのに。
とはいえ特異性に目覚めれば、傑や両親への風当たりは少しは変わる。
それにしても、バーチャル3Dマップとはどういう能力なのだろう?
ゲームのしすぎでそんな能力になってしまったのだろうか?
「……ていうか、地図を見るのって「目」の能力なのか??」
ふとそんな疑問が浮かんだ。
地図は確かに「見る」と言う。
けれど見ただけでは、地図を活かす事はできない。
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「……これって……。」
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傑は自分の能力を理解した。
その瞬間、傑は再びこの建物の3Dマップを見た。
それは、最初に見た時よりも「リアル」だった。
それに気づき、傑はニヤリと笑う。
「……やるじゃん、俺。」
心底、そう思った。
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