修羅と丹若 (アクションホラー)

ねぎ(ポン酢)

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枯木裏龍吟

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クッと押される感覚に傑は目を覚ました。
シャットダウンしていた為にどういう状況なのかすぐには判断がつかず瞬きする。

「気づかれましたか、坊っちゃん。」

「……シノ??」

すぐ側に信桜が寄り添い、ペットボトルの蓋を開けて水を渡してくる。
それを受け取り口に含む。
酷く違和感があったので、一口目はうがいをしてその辺に吐き捨てた。

どうやら信桜が気付けを行って目を覚ましたようだ。
そう思いながら水を飲み、ここまでの経緯を頭の中で整理する。

「……クソジジイ。」

「何か言ったか、クソガキが。」

どういう状況かだいたい理解。
苛立ちが収まらずそう呟くと、同じ様に苛立たしげな声が返った。
ギロリと声の主を傑は睨む。

「言った!ムカつくジジイだってな!!」

「ほう?死にたいようだな、小僧。」

目を覚ませばこれである。
信桜は小さくため息をついた。

しかし同時に安心もした。

この場に駆け付けた時はどうなるかと思ったからだ。
けれど目覚めた傑と院瀬見はいつも通りだった。

「……ご無事で何よりですが、坊っちゃん。切羽詰まった状況だったのだと思いますが、俺のいないところで椿に怪我を負わせんでください……。取り返しがつかなくなるところでした……。」

「あ……ご、ごめん……。」

そう言われ、傑は素直に謝った。
院瀬見に死ぬほど腹が立って我を忘れてやってしまったが、椿は妖魔なのだ。
味方ではない。
自分が椿に手を出した事で、かなりのひと悶着があった事は容易に想像できた。

「つ、椿は……?」

「院瀬見さんと俺で説得済みですが、暫くは迂闊に近づかない方がいいでしょう……。」

「わかった……。」

信桜はそう言いながら、説得できたのは院瀬見が何らかの対価を払ったのだとわかっていた。
でなければ女郎蜘蛛の女王である椿がこんな簡単に引き下がる訳がない。
今まで通り、信桜の側で五百雀に肩入れしたこの状況を受け入れるはずがない。
自分に楯突いた傑を許すはずがない。

それは信桜では支払いきれない代償である事は明白だ。
けれど院瀬見は信桜に何も言わない。
その事実に気づきながらも、信桜にはどうする事もできなかった。

「院瀬見さん……。」

「……小僧の尻拭いだ、お前が気にする事じゃない。今は集中しろ。」

「はい。」

ただ一礼する。
誠意を示す。

ともかくまずはこの現場を収めなければならない。
全てはそこからだ。












装備を整え、傑は一人、工場の屋根を走っていた。
そこにドーンッという大きな音が響く。

「……始まったなぁ、俺も急がないと……。」

先程探索していた事務所部分に大きな火柱が上がるのを見届け、足を早める。
もう足音に気を配らなくていい。
傑は戦闘が始まったであろうその場所目指して、ペースを上げて走り続けた。





椿の一件の間に姿を消した悪鬼。
良くも悪くも一区切りとなった事で、傑たちは仕切り直した。

傑は自分の目覚めた得意性について説明した。
そしてそれを用いて第二ラウンドに突入する事となる。

入れない様、封じられた四階。
傑のマッピングから悪鬼と「呪」の核はそこにあると推測出来た。

一度目の戦闘により、悪鬼もより警戒している。
四階に悪鬼がいる状態で「呪」の核を見つけ出し破壊する事は難しい。
その為、院瀬見と信桜が陽動で二つを引き離し、マッピングであり敵の位置を把握する能力のある傑が「呪」の核を探し出し、破壊を行う事になった。

しかし椿の協力が得られない。

椿は自分を攻撃した傑を取引によって見逃す事に同意はしたが、これ以上の協力を拒んだ。
信桜の必死の説得により、風祭の守護と結界の維持はしてくれる事になったが、簀巻の風祭がいる蜘蛛の巣の前から頑として動かなかった。
その為、補佐に信桜が入り、二人とは別行動の傑は屋根伝いに四階部分へ潜入する運びとなった。

「にしても良かったですね。坊っちゃんが得意性に目覚められて。」

「……良かったのか?」

そう答えた院瀬見を不思議に思い顔を向け、信桜は黙った。
誰よりも傑の側にいて見守ってきた院瀬見なのだ。
だからなかなか目覚めなかった得意性を傑が得た事を、誰よりも喜ぶだろうと思っていた。
けれど院瀬見の顔は信桜の予想を裏切り、皮肉げに笑っていた。

それを見て理解した。
これはそう簡単な話ではないのだと。

このまま傑が得意性に目覚めなければ、跡取りにはなれない。
それは傑の母の立場も危うくする。

だが逆の考え方もできる。

得意性を持たなければ五百雀を継げない。
つまりそれは「五百雀」という特殊な人生から離脱できるチャンスだったとも言えるのだ。
元々味方の少ない母子が「五百雀」という世界から離れる為の理由になったのだ。

しかし傑は得意性に目覚めた。
それは跡取りとしての条件を満たした事を意味する。

表向き傑が正式な跡取りとされているが、その生まれから裏で他の候補を育てている動きもあった。
母親の実家である六路木家と信桜の一族は基本的に傑側だが、他の百雀五家はそうとは言い切れない。

つまり得意性に目覚めた傑は、勢力情勢の渦巻く家督争いに否応なしに突っ込まれる事になるのだ。

「……なんか、意外ッスね。」

「何がだ?」

「いや、何でもないです。」

そこまで理解し信桜は少し笑ってしまった。
あれだけ五百雀の跡取りとして徹底的に鍛え上げた院瀬見が、それに巻き込まれる傑の人生を愁いているのだ。

「修羅も人の子って事か……。」

「……聞き捨てならん事を言われた気がしたが、気のせいか?」

「ええ、気のせいですよ。院瀬見さん。」

何かはわからないが椿に対価を払い、家督争いに巻き込まれる傑を案じている。
いつも興味がないか容赦なく叩き潰す事しかしない院瀬見が傑に見せるわかりにくい優しさ。
それが信桜には何か嬉しかった。

「まぁ、とにかくこの仕事を終えましょう。」

信桜はそう言うと担いでいたロケットランチャーを構える。
狙うはコンクリートで塞がれた四階の出入り口。
そこを派手に破壊する。

それが第二ラウンドのゴングになる。

「……雑魚は任せた。」

「承知しました。お気をつけて。」

「お前もな。」

思いもよらない言葉に思わず照準から目を離す。
ニヤッと笑った院瀬見が子供にするように信桜の頭を乱暴に撫でた。
そして人間とは思えない速度と動きで建物に向かっていく。

「……何だよ。あの人から見れば、俺もまだまだ子どものうちって事か。」

それが妙に気恥ずかしい。
少しムスッと赤くなりながら、信桜は構え直したロケットランチャーを発射した。
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