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第1章「はじまりのうた」
初めての食事
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ネストルさんは多分、マンティコアと表現するのが一番近いと思う。
獅子みたいな頭をしていて、顔は……獅子というか…何だろう?獅子と肉食恐竜を混ぜたような??何か言い難いけど龍っぽくもあり牙が怖いんだけど猫っぽさもあって見慣れると何か可愛くも見える。
翼ではないんだけど翼の残骸っぽく細くて荒い棘のようなものが生えていて、尻尾は大きな棘針が先端についた恐竜の尻尾みたいだ。
ただこれは同化の過程で今はこうなっているというだけで、今後、何かを同化させたらまた変わるんだと思う。
よく見ると、太くてしっかりしたもふもふの足が何故かぷるぷる震えている。
爪は引っ込めてあるのか、ちょっとしか見えていない。
ライオンとかの足って太くて可愛いよなぁとか思いつつ、ネストルさんの足を微笑ましく眺める。
そう言えば死にかけてた時、程よいむにっと感を頭に受けたけど、もしかしてこの足で踏まれたのかな??
ん?!
だとしたら!あの感触は肉球?!
こんな大きくて可愛い足の肉球で俺はむにっとされたのか?!
俺はその状況を想像してみた。
………ぬおおぉぉぉぉ~ッ!!
それはぜひ!!
確かめねばならん!!
妄想に興奮した俺は勢い良く固まっているネストルさんを見上げた。
「ネストルさん!!」
「うおっ?!何だ?!」
思わず叫んだ俺の声に、ネストルさんはビクッとして我に返った。
「ネストルさん!!もしかして俺の頭をこの足で踏みましたか?!」
「え……踏んだ……と言うか、触れただけだ……。踏んだらお前の頭などすぐに壊れてしまうではないか??」
「もう一度お願いします!!」
「…………は??」
俺は寝転がって、巨大な肉球でむにっとされるのを待った。
基体に満ちた目で見上げると、ネストルさんは困惑しながら引いていた。
「お願いします!!」
「え??……あ、ああ……。」
勢いで押すと、ネストルさんは若干引きながらも、むにっと俺の顔に足を乗せた。
巨大な肉球に包み込まれる。
これだ!!
さっきのむにっと感は確かにこれだ!!
何たる幸せ!!
もふもふな毛並みも素晴らしいが!
大きい肉球も最高だ!!
「むふ~!肉球~!!むにむにだ~!!」
「………え?!何がしたいんだ?!お前は……?!」
俺は思う存分、肉球を堪能する。
猫と同じでポップコーンの匂いがした。
ん~、こんな大きな肉球を堪能できる日が来るなんて……無味無臭の日々を生きてきたかいがあった……我が一生に悔いなし…死ねる。
変なテンションで肉球をむにむにする俺に、ネストルさんは困惑に恐怖が混じったのかスッと足を引っ込めてしまった。
ああ、もう少し味わいたかった…巨大肉球……。
凄く複雑な顔で俺を眺めた後、むにむに弄られて気持ち悪かったのかネストルさんは肉球を舐めて手入れをし始めた。
「う~、生きててよかった~!!」
「………意味がわからん……。お前は本当に変な奴だな……。」
ネストルさんは怪訝そうに俺を見る。
まぁちょっと変態入ってましたが、許して下さい。
この幸せ感はネストルさん本人は味わえないだろうから説明のしようがないので残念だ。
俺は体を起こし埃を払った。
そしてあらためてネストルさんを見上げる。
「ネストルさんに拾ってもらって、俺はとても幸福です。」
「……何だろうか……今、お前にそう言われても、特に嬉しいとは思えん……。」
複雑な表情のネストルさんに、俺は満面の笑みを向けたのだった。
「…………これ、ですか??」
俺は渡されたドロッとした青味ががった液体に引いていた。
花の蜜を葉っぱで作った即席のコップに集めて渡してくれたのだが……いかんせん色が……。
匂いは甘い香りがするんだけれども……何か色が……。
ここの植物?は元の世界の物に似て入るがやはり何となく違う。
全体的に青味が強いのだ。
葉っぱも緑というより、緑青みたいでちょっと目が痛い。
俺の目がおかしいのかと思ったが、ネストルさん曰く、目における光の取り込みの仕組みなどはそこまであまり変わらなかったが、対応波長などが少し違っていたので対応できるように調整してくれたらしい。
だからこの見えている青みの強い世界がこの世界の普通の色と言うことになる。
そこまで色々奇抜に違う訳ではないので、そのうち慣れるだろうとは思う。
ちなみにこんなに大きさに差があって、どうやってネストルさんが蜜を集めて渡してくれたかというと、背中の棘?の様な部分から触手のようなものを伸ばしてやってくれた。
ニョロっとしたそれらが出てきた時はギョッとしたが、好意でやってくれているのに気持ち悪がる訳にもいかず黙って見ていた。
聞けば前に同化して取り込んだルアッハの機能だそうだ。
同化して取り込んだものは、使わない場合はしまっておけるらしい。
だから必要に応じて機能を変えて適応しているんだそうだ。
「なら……同化したものの姿に変わる事もできるんですか??」
「完全に同じになるのは難しいが、それの機能などを全面に出せば似たようなものにもなれるな。」
「え??なら人間に化ける事もできるんですか??」
「ニンゲンは1個体しか取り込んでおらぬし、取り込んで複製を作れるほど構造も理解しきれておらぬし、成分を増幅させられるほど取り込んでから時間も立っておらぬから、難しいな。カナカなら似た姿になれると思うが……。」
「カナカってこの世界の人間みたいな生き物ですよね?」
「あぁ、見た目は殆どお前と変わらぬな。」
「………なってみて下さいって言ったら、やってくれますか??」
「構わぬが、このサイズでカナカに似せて化けても、意味があるのか??」
「………サイズ…??」
そう言われて俺はネストルさんを見上げる。
この大きさで人に化けられても、それは巨人であって人ではない。
頭の中で「ハイリハイリフレハイリホー♪」と言う陽気な音楽がかかる。
ネストルさんの性格から言って、どっちかというと俺の中ではこっちだった。
「大きくなれよ~って感じか……いや、怖いわ。」
確かにこのサイズの人間が壁越しに顔をだしたら、オワッタ…って思うだろう。
ハンバーグ食ってる場合じゃねぇ。
食われるって。
まぁネストルさんは最終的に俺を食べるんだけども。
「………ええと、大きさは変えられないものなのですか??」
「ある程度なら内部の物質を最小の大きさに変える事で小さくもなれるが……重さは変わらんしな。動きづらくなる。本当にカナカの大きさになろうとしたら、必要以上の物質を分離するか捨てるかせねばならん。」
どうやらこの世界でも質量保存の法則みたいなものが成り立っているらしい。
まぁ俺もアニメとか見てて、大きな魔物が人に化けたり、また大きな姿に戻ったりするのを見て、質量的に納得がいかないなぁ~なんて馬鹿な事を思ったりもしてたけどさ~。
う~ん、異世界ってもっとメルヘンな感じじゃないの??
魔法があったり、それこそ魔物がドロンと美女に化けたり……。
夢見過ぎか、何しろ溺れて死にかけた世界だしな。
ここは現実を見よう。
残念そうに唸る俺を、ネストルさんはじっと見つめている。
「…………お前、そうやって話をそらせて、それを飲むのを先延ばしにしていないか??」
「ハッ!!」
何故バレた?!
俺は悪戯が見つかってしまった犬よろしく、視線をそらせて小さくなった。
わかってる。
ネストルさんは俺の為に色々してくれている。
この花の蜜だって、色々考えた上でわざわざ集めて俺にくれたのだ。
わかってる。
俺は手に持っている蜜を見つめる。
……わかってる。
でもいかんせん色がぁ~!!
「………これ……本当に飲んでも大丈夫なんでしょうか……?」
申し訳ないと思いつつ、俺は小声で聞いた。
ネストルさんはふう…っとため息をついた。
「コーバー。別のドルムから来て、この世界の物をいきなり口にするというのは、たしかに勇気がいることだろう……。だがな……?」
「ネストルさん、話の腰を折る様ですみません。俺、コーバーではなく小林です。小林夕夏なので、せめてコーバーではなくユーキにして下さい。」
「ヒューキー。」
「いや、ユーキですってば。」
「キューピー??」
「ブッ!!いや!それはかなり違う!!」
突然のキューピー発言に堪えていたものが溢れて、俺はブッと吹き出した。
小林夕夏として長年生きてきて、キューピーなんて間違えられたのは生まれて初めてだ。
ゲラゲラ笑いが止まらなくなった俺を、申し訳なさそうにネストルさんが見ている。
「すまぬが言いにくいのだ。コーバーが一番発音しやすい。」
「はい。わかりました。コーバーでいいですよ、ネストルさん。」
「すまぬ。」
キューピーと言われ続けたら、俺は笑い死にしてしまいそうなので、言いやすいというコーバーで手を打つ事にした。
そもそも元の世界の名前なんて、ここではあまり意味がないだろう。
「それはそうと、コーバー。それを飲むのにそんなに抵抗があるか??甘いだけだぞ??甘いのは苦手か??」
「いや……ネストルさんが色々考えた末にこれを下さったのはわかっているんです……。多分、俺が何か探して食べるよりずっとずっと安全なのもわかっているんです………。でも……。」
「別のドルムの物を口に入れるのが怖いと言う事だな??」
「……それもあるのですが……。」
「あるが??」
「色が………。」
「色??」
「はい……この青味ががった色が、元の世界だと何となく食べるのは良くないと言う印象を持ってしまう色でして……。」
「………なるほど、色か。それは盲点だった。」
俺が理由を話すと、ネストルさんは少しホッとしたみたいだ。
異世界の食べ物を口にするのが怖くて躊躇していると思っていたので、それよりも色が気になって食べれないのだとわかって安心した様だった。
「わかった。少し待て。」
ネストルさんはそう言うと、キョロキョロと辺りを見渡した。
そして大きな体なのに物凄く素早く、そして音もなくスッと動いて森の中に消えた。
「え?!ネストルさん?!」
この世界に来て、おいて行かれたのはこの時が初めてだった。
ネストルさんのいなくなった森は、何だか俺に向かって大きく枝を伸ばしている様に感じる。
時間がたったせいか、気づかなかったがアミナスも光を弱めている。
森の木々の見慣れない強い青みが、一層、不気味に思えた。
「………あ……っ。」
俺はこの時、初めて自分が全く知らない未知の世界にいる事を痛感した。
森の音。
カサカサ鳴る葉の擦れる音。
パキっと何かが折れる音。
どこか遠くで何かの鳴き声がする。
聞いたことのない鳴き声。
近くで何か得体のしれないものが蠢いている。
そんな気がした。
「……待たせたな。」
「ギャアアァァァァっ!!」
またも音もなく戻ってきたネストルさんに俺は悲鳴を上げた。
俺の叫び声に森の木々が揺れる。
「何を大声を出しているんだ?!コーバー?!」
「すみません!!びっくりして!!」
「だからといってそんな大声を出すとは!他のナートゥ達が驚いているではないか!!」
「すみません~っ。ネストルさ~んっ。」
びっくりもしたが、ネストルさんを見て安心した俺がぐじゅぐじゅしながらそう言うと、ネストルさんは目を丸くしていた。
「……何だ??怖かったのか??お前??」
「怖かったですよ~!!森はカサカサいうし~気づけばアミナスの光は弱まって暗くなってるし~。」
「……そうか…それは悪かったな……。」
ネストルさんはちょっと困ったように首を傾げた。
まぁ、あんなちょっとの時間なのに、大の大人が泣きべそをかくほど怖がるとは思わないよな……。
「だ、大丈夫か?!コーバー?!」
「大丈夫です……すみません……。」
「いや、お前はこのドルムそのものが未知の世界だというのに、我も配慮が足らなんだ。すまぬ。」
「いえ……いい大人が子供みたいですみません……。」
「それより、コーバー、蜜を出してみろ。」
「??」
俺はそう言われ、大事に抱えていた青い蜜をネストルさんの方に差し出した。
するとまたさっきの触手のようなものが伸びてきて、蜜の上で木の実の様なものをギュッと絞ってくれた。
「………あっ!!」
「うむ、どうだ??これで青くはなくなった。飲めそうか??」
割れた木の実から、爽やかな匂いがする。
そしてその汁が落ちた花の蜜は、ふわっと赤みががっていた。
(これ、紫キャベツの実験みたいだ……。)
俺はくすっと笑った。
ネストルさんが小枝の樹皮をはがして渡してくれたのでよくかき混ぜると、全体的に淡い桜色になった。
「……綺麗です。それに美味しそう。」
「それは良かった。」
俺はネストルさんをも見上げた。
何でネストルさんは見も知らない異世界から来た俺に、こんなにも気遣ってくれるのだろう??
怖いモンスター顔の中で、その瞳だけはとても優しい色をしている。
「……ありがとうございます。頂きます。」
俺はそう言って花の蜜に口をつけた。
俺がこの世界で初めて食べたものは、甘くてちょっと爽やかな酸味の香りがする桜色に変わった花の蜜だった。
獅子みたいな頭をしていて、顔は……獅子というか…何だろう?獅子と肉食恐竜を混ぜたような??何か言い難いけど龍っぽくもあり牙が怖いんだけど猫っぽさもあって見慣れると何か可愛くも見える。
翼ではないんだけど翼の残骸っぽく細くて荒い棘のようなものが生えていて、尻尾は大きな棘針が先端についた恐竜の尻尾みたいだ。
ただこれは同化の過程で今はこうなっているというだけで、今後、何かを同化させたらまた変わるんだと思う。
よく見ると、太くてしっかりしたもふもふの足が何故かぷるぷる震えている。
爪は引っ込めてあるのか、ちょっとしか見えていない。
ライオンとかの足って太くて可愛いよなぁとか思いつつ、ネストルさんの足を微笑ましく眺める。
そう言えば死にかけてた時、程よいむにっと感を頭に受けたけど、もしかしてこの足で踏まれたのかな??
ん?!
だとしたら!あの感触は肉球?!
こんな大きくて可愛い足の肉球で俺はむにっとされたのか?!
俺はその状況を想像してみた。
………ぬおおぉぉぉぉ~ッ!!
それはぜひ!!
確かめねばならん!!
妄想に興奮した俺は勢い良く固まっているネストルさんを見上げた。
「ネストルさん!!」
「うおっ?!何だ?!」
思わず叫んだ俺の声に、ネストルさんはビクッとして我に返った。
「ネストルさん!!もしかして俺の頭をこの足で踏みましたか?!」
「え……踏んだ……と言うか、触れただけだ……。踏んだらお前の頭などすぐに壊れてしまうではないか??」
「もう一度お願いします!!」
「…………は??」
俺は寝転がって、巨大な肉球でむにっとされるのを待った。
基体に満ちた目で見上げると、ネストルさんは困惑しながら引いていた。
「お願いします!!」
「え??……あ、ああ……。」
勢いで押すと、ネストルさんは若干引きながらも、むにっと俺の顔に足を乗せた。
巨大な肉球に包み込まれる。
これだ!!
さっきのむにっと感は確かにこれだ!!
何たる幸せ!!
もふもふな毛並みも素晴らしいが!
大きい肉球も最高だ!!
「むふ~!肉球~!!むにむにだ~!!」
「………え?!何がしたいんだ?!お前は……?!」
俺は思う存分、肉球を堪能する。
猫と同じでポップコーンの匂いがした。
ん~、こんな大きな肉球を堪能できる日が来るなんて……無味無臭の日々を生きてきたかいがあった……我が一生に悔いなし…死ねる。
変なテンションで肉球をむにむにする俺に、ネストルさんは困惑に恐怖が混じったのかスッと足を引っ込めてしまった。
ああ、もう少し味わいたかった…巨大肉球……。
凄く複雑な顔で俺を眺めた後、むにむに弄られて気持ち悪かったのかネストルさんは肉球を舐めて手入れをし始めた。
「う~、生きててよかった~!!」
「………意味がわからん……。お前は本当に変な奴だな……。」
ネストルさんは怪訝そうに俺を見る。
まぁちょっと変態入ってましたが、許して下さい。
この幸せ感はネストルさん本人は味わえないだろうから説明のしようがないので残念だ。
俺は体を起こし埃を払った。
そしてあらためてネストルさんを見上げる。
「ネストルさんに拾ってもらって、俺はとても幸福です。」
「……何だろうか……今、お前にそう言われても、特に嬉しいとは思えん……。」
複雑な表情のネストルさんに、俺は満面の笑みを向けたのだった。
「…………これ、ですか??」
俺は渡されたドロッとした青味ががった液体に引いていた。
花の蜜を葉っぱで作った即席のコップに集めて渡してくれたのだが……いかんせん色が……。
匂いは甘い香りがするんだけれども……何か色が……。
ここの植物?は元の世界の物に似て入るがやはり何となく違う。
全体的に青味が強いのだ。
葉っぱも緑というより、緑青みたいでちょっと目が痛い。
俺の目がおかしいのかと思ったが、ネストルさん曰く、目における光の取り込みの仕組みなどはそこまであまり変わらなかったが、対応波長などが少し違っていたので対応できるように調整してくれたらしい。
だからこの見えている青みの強い世界がこの世界の普通の色と言うことになる。
そこまで色々奇抜に違う訳ではないので、そのうち慣れるだろうとは思う。
ちなみにこんなに大きさに差があって、どうやってネストルさんが蜜を集めて渡してくれたかというと、背中の棘?の様な部分から触手のようなものを伸ばしてやってくれた。
ニョロっとしたそれらが出てきた時はギョッとしたが、好意でやってくれているのに気持ち悪がる訳にもいかず黙って見ていた。
聞けば前に同化して取り込んだルアッハの機能だそうだ。
同化して取り込んだものは、使わない場合はしまっておけるらしい。
だから必要に応じて機能を変えて適応しているんだそうだ。
「なら……同化したものの姿に変わる事もできるんですか??」
「完全に同じになるのは難しいが、それの機能などを全面に出せば似たようなものにもなれるな。」
「え??なら人間に化ける事もできるんですか??」
「ニンゲンは1個体しか取り込んでおらぬし、取り込んで複製を作れるほど構造も理解しきれておらぬし、成分を増幅させられるほど取り込んでから時間も立っておらぬから、難しいな。カナカなら似た姿になれると思うが……。」
「カナカってこの世界の人間みたいな生き物ですよね?」
「あぁ、見た目は殆どお前と変わらぬな。」
「………なってみて下さいって言ったら、やってくれますか??」
「構わぬが、このサイズでカナカに似せて化けても、意味があるのか??」
「………サイズ…??」
そう言われて俺はネストルさんを見上げる。
この大きさで人に化けられても、それは巨人であって人ではない。
頭の中で「ハイリハイリフレハイリホー♪」と言う陽気な音楽がかかる。
ネストルさんの性格から言って、どっちかというと俺の中ではこっちだった。
「大きくなれよ~って感じか……いや、怖いわ。」
確かにこのサイズの人間が壁越しに顔をだしたら、オワッタ…って思うだろう。
ハンバーグ食ってる場合じゃねぇ。
食われるって。
まぁネストルさんは最終的に俺を食べるんだけども。
「………ええと、大きさは変えられないものなのですか??」
「ある程度なら内部の物質を最小の大きさに変える事で小さくもなれるが……重さは変わらんしな。動きづらくなる。本当にカナカの大きさになろうとしたら、必要以上の物質を分離するか捨てるかせねばならん。」
どうやらこの世界でも質量保存の法則みたいなものが成り立っているらしい。
まぁ俺もアニメとか見てて、大きな魔物が人に化けたり、また大きな姿に戻ったりするのを見て、質量的に納得がいかないなぁ~なんて馬鹿な事を思ったりもしてたけどさ~。
う~ん、異世界ってもっとメルヘンな感じじゃないの??
魔法があったり、それこそ魔物がドロンと美女に化けたり……。
夢見過ぎか、何しろ溺れて死にかけた世界だしな。
ここは現実を見よう。
残念そうに唸る俺を、ネストルさんはじっと見つめている。
「…………お前、そうやって話をそらせて、それを飲むのを先延ばしにしていないか??」
「ハッ!!」
何故バレた?!
俺は悪戯が見つかってしまった犬よろしく、視線をそらせて小さくなった。
わかってる。
ネストルさんは俺の為に色々してくれている。
この花の蜜だって、色々考えた上でわざわざ集めて俺にくれたのだ。
わかってる。
俺は手に持っている蜜を見つめる。
……わかってる。
でもいかんせん色がぁ~!!
「………これ……本当に飲んでも大丈夫なんでしょうか……?」
申し訳ないと思いつつ、俺は小声で聞いた。
ネストルさんはふう…っとため息をついた。
「コーバー。別のドルムから来て、この世界の物をいきなり口にするというのは、たしかに勇気がいることだろう……。だがな……?」
「ネストルさん、話の腰を折る様ですみません。俺、コーバーではなく小林です。小林夕夏なので、せめてコーバーではなくユーキにして下さい。」
「ヒューキー。」
「いや、ユーキですってば。」
「キューピー??」
「ブッ!!いや!それはかなり違う!!」
突然のキューピー発言に堪えていたものが溢れて、俺はブッと吹き出した。
小林夕夏として長年生きてきて、キューピーなんて間違えられたのは生まれて初めてだ。
ゲラゲラ笑いが止まらなくなった俺を、申し訳なさそうにネストルさんが見ている。
「すまぬが言いにくいのだ。コーバーが一番発音しやすい。」
「はい。わかりました。コーバーでいいですよ、ネストルさん。」
「すまぬ。」
キューピーと言われ続けたら、俺は笑い死にしてしまいそうなので、言いやすいというコーバーで手を打つ事にした。
そもそも元の世界の名前なんて、ここではあまり意味がないだろう。
「それはそうと、コーバー。それを飲むのにそんなに抵抗があるか??甘いだけだぞ??甘いのは苦手か??」
「いや……ネストルさんが色々考えた末にこれを下さったのはわかっているんです……。多分、俺が何か探して食べるよりずっとずっと安全なのもわかっているんです………。でも……。」
「別のドルムの物を口に入れるのが怖いと言う事だな??」
「……それもあるのですが……。」
「あるが??」
「色が………。」
「色??」
「はい……この青味ががった色が、元の世界だと何となく食べるのは良くないと言う印象を持ってしまう色でして……。」
「………なるほど、色か。それは盲点だった。」
俺が理由を話すと、ネストルさんは少しホッとしたみたいだ。
異世界の食べ物を口にするのが怖くて躊躇していると思っていたので、それよりも色が気になって食べれないのだとわかって安心した様だった。
「わかった。少し待て。」
ネストルさんはそう言うと、キョロキョロと辺りを見渡した。
そして大きな体なのに物凄く素早く、そして音もなくスッと動いて森の中に消えた。
「え?!ネストルさん?!」
この世界に来て、おいて行かれたのはこの時が初めてだった。
ネストルさんのいなくなった森は、何だか俺に向かって大きく枝を伸ばしている様に感じる。
時間がたったせいか、気づかなかったがアミナスも光を弱めている。
森の木々の見慣れない強い青みが、一層、不気味に思えた。
「………あ……っ。」
俺はこの時、初めて自分が全く知らない未知の世界にいる事を痛感した。
森の音。
カサカサ鳴る葉の擦れる音。
パキっと何かが折れる音。
どこか遠くで何かの鳴き声がする。
聞いたことのない鳴き声。
近くで何か得体のしれないものが蠢いている。
そんな気がした。
「……待たせたな。」
「ギャアアァァァァっ!!」
またも音もなく戻ってきたネストルさんに俺は悲鳴を上げた。
俺の叫び声に森の木々が揺れる。
「何を大声を出しているんだ?!コーバー?!」
「すみません!!びっくりして!!」
「だからといってそんな大声を出すとは!他のナートゥ達が驚いているではないか!!」
「すみません~っ。ネストルさ~んっ。」
びっくりもしたが、ネストルさんを見て安心した俺がぐじゅぐじゅしながらそう言うと、ネストルさんは目を丸くしていた。
「……何だ??怖かったのか??お前??」
「怖かったですよ~!!森はカサカサいうし~気づけばアミナスの光は弱まって暗くなってるし~。」
「……そうか…それは悪かったな……。」
ネストルさんはちょっと困ったように首を傾げた。
まぁ、あんなちょっとの時間なのに、大の大人が泣きべそをかくほど怖がるとは思わないよな……。
「だ、大丈夫か?!コーバー?!」
「大丈夫です……すみません……。」
「いや、お前はこのドルムそのものが未知の世界だというのに、我も配慮が足らなんだ。すまぬ。」
「いえ……いい大人が子供みたいですみません……。」
「それより、コーバー、蜜を出してみろ。」
「??」
俺はそう言われ、大事に抱えていた青い蜜をネストルさんの方に差し出した。
するとまたさっきの触手のようなものが伸びてきて、蜜の上で木の実の様なものをギュッと絞ってくれた。
「………あっ!!」
「うむ、どうだ??これで青くはなくなった。飲めそうか??」
割れた木の実から、爽やかな匂いがする。
そしてその汁が落ちた花の蜜は、ふわっと赤みががっていた。
(これ、紫キャベツの実験みたいだ……。)
俺はくすっと笑った。
ネストルさんが小枝の樹皮をはがして渡してくれたのでよくかき混ぜると、全体的に淡い桜色になった。
「……綺麗です。それに美味しそう。」
「それは良かった。」
俺はネストルさんをも見上げた。
何でネストルさんは見も知らない異世界から来た俺に、こんなにも気遣ってくれるのだろう??
怖いモンスター顔の中で、その瞳だけはとても優しい色をしている。
「……ありがとうございます。頂きます。」
俺はそう言って花の蜜に口をつけた。
俺がこの世界で初めて食べたものは、甘くてちょっと爽やかな酸味の香りがする桜色に変わった花の蜜だった。
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