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第1章「はじまりのうた」

ターンテーブルで夕食を

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ギムギムさんが俺とネルに夕飯をご馳走してくれる話は、いつの間にか、商業許可所の皆さんによるギムギムさんとリーフスティーさんのお祝い会に変わっていた。
大型の飲食店の個室を貸し切りにしての宴会である。

「も~本当~!!酷いと思わないッスか?!」

「あはは、災難だったね~。」

端の方の席にお邪魔させてもらった俺とネルは、皆に忘れられていたと言うノース君の愚痴を聞いている。

「ほら!コーバーさんも飲んで!飲んで!!」

「あ、ありがとう……??」

陽気な感じに渡されたのは……酒類ではなく、炭酸水。
皆が炭酸水を飲んで陽気に騒いでいる。

え??ナニコレ??

俺は炭酸水を飲みながら、周りをそれとなく見回した。
どうやら、この世界では炭酸水で酔っ払うらしい。
う~ん、未知との遭遇だ。
そして炭酸水を飲む俺を、ネルがじとぉ~とした目で見張っている。

「……ネル、大丈夫だから……。」

「どうだかな、お前の大丈夫には散々騙されてきたからな??」

「むしろネルちゃん大丈夫ッスか??いきなりジョッキ1杯、飲んだでしょ?!」

そう、ネルは乾杯の時に俺にと渡されたジョッキの炭酸水を奪って一気に空け、物凄く場を盛り上げていた。
ネストルさん的には、この世界に体が慣れてきたばかりの俺を酔っ払わせてはまずいと思ってやってくれていると思うのだが、俺的には炭酸水では酔わないので全く問題がないのだ。
その事を教えてあげたいのだが、何しろタイミングがない。
と言うか、この量の炭酸水を一気に飲めるとか凄いな?!

「大丈夫だ。われはこの程度では酔わん……。」

「いや、結構、目が座ってるからね、ネル。」

自分の体の大きさを忘れてないか?ネストルさん??
俺は仕方なく、俺にと持ってきてもらった水をネルに飲ませる。

「平気だと言っておろう~。」

「はいはい、可愛いネルちゃんは料理が来るまで、お水飲んで俺の膝の上で寝ててください~。」

俺はそう言って、テーブルの上に鎮座し、めっちゃめっちゃと水を舐め終わったネルを抱き上げ膝に乗せた。
しばらく文句を言いながらグズっていたが、なでなでしていると大人しく喉をならして寝てしまった。
ふふふ…各地の動物ふれあい施設に通いつめ、修行に修行を重ね、とうとう客疲れしているもふもふの皆様を癒やす事が可能となった俺のカリスマフィンガーを甘く見ないで下さいよ?!ネストルさん!!

「……めちゃくちゃ慣れてるっすね?!」

「もふもふに対する無限の愛と修行の成果です。」

「ん~、コーバーさんも酔ってるんッスね~。」

いや、酔ってないから。
炭酸じゃ酔わないから。

「あ、そうだ。ノース君、少ないけどこれ。」

「何スか??」

俺はノース君に働いてもらった分を紙に包み、差し出した。
それがお金だとわかった瞬間、ノース君はびっくりしてピンッと姿勢を正した。

「え?!いいッスよ!!受け取れないッス!!」

「でも働いてもらったんだし。」

「そんなの気にしなくていいッスよ!!楽しかったし!!」

「でも……。」

そんな押し問答をしていると、局長のペンロドさんが炭酸水のジョッキ片手にノース君の横に座り、ガバッと肩を組んだ。

「な~に!!気にしなさんな!!コーバーさん!!」

まだ料理が来てないというのに、中々の酔っぱらい具合だ。
ノース君も軽く引いている。

「局長!始まったばっかなのに、飲み過ぎッス!!」

「うるせぇなぁ~。たまにはいいんだよ~。」

「局長のはたまにじゃないッス。」

「何だと~?!」

ん~、局長さん。
何となく元の世界でも見慣れた絡み具合だ。
ちょっとおかしくて笑ってしまった。
局長さんはノース君と何かあーだこーだ言いながら(若干、舌が回ってなくて聞き取れない)、俺の方にお金の包みを戻してきた。

「いや、これは……。」

「いいんだって!!だってよ~、業務時間中だったんだから~、ちゃんとその分、こっちでこいつにゃ給料が出てんだからさ~。」

そう言われ、確かにそうだなぁと思う。
ノース君もそう言う事ッスと言って笑っている。
そうか……なら、お金として渡すのは良くないだろうな。
お礼はしたいけど、別の形でやった方が良いだろう。

「わかりました。では、これはこちらで。」

俺はお金をポケットにしまう。
ノース君だったら、どんなお礼が喜ばれるかなぁと考えていた。

そんな折、個室のドアが空いて店員さんが数名入って来る。
どうやら飲み放題&コースメニューみたいな感じで頼んであるのだろう。
3つあるテーブル順々に、前菜みたいなものが3品、並べられていく。
部屋の中に美味しそうな匂いが漂い始めた。

いよいよ異世界初の料理だ。
期待に胸が高鳴る。

俺は一番隅のテーブルなので、順番が来るのをワクワクしながら待っていた。

「あ、ノース君。」

「はい??」

「今日のお礼って訳じゃないんだけど、今後、新しく露天に出すものが決まったら、売る前にぜひ試してみてもらっても良いかな??」

「え?!今日みたいにッスか?!」

「うん。」

俺がそう言うと、ノース君はあからさまに口角を上げ、嬉しそうな顔をした。
うんうん、犬って素直に嬉しそうな表情を見せてくれるから、本当可愛いよなぁ~。
よしよししたい衝動を堪えながら、その顔をニコニコ眺めた。

「嬉しいッス!!ぜひ!やりたいッス!!」

「うん。じゃあ、何か新しいものを店に出す時は、声をかけるよ。」

これは本当、お礼と言うよりこちらの戦略だ。
ノース君は自覚があるかないかは別として、デモンストレーターとしてかなり優秀だ。
今日の蜜水の売上だって、ノース君が周りを引きつけるデモンストレーションをしてくれた功績が大きい。
初手で好印象を与えられるか、胡散臭いと思われるかで、売上は大きく異なる。

今日のノース君を見ていて俺はそれを痛感した。
これから収入源として露店を行っていくに当り、そう言う人を引き込むパフォーマンスの重要性を身を持って理解した。
良い物なら売れると言うのはその通りなのだが、人を引き込むインパクトを初手でどれだけ与えられるかが、その後の売れ行きの伸びや速さにかなり影響するのだ。

「ま、そう言う分析は明日やろう。今日はもう、食べる事に集中しよう。」

店員さんのワゴンが俺達のテーブルにやってくる。
待ちに待った料理が目の前の円卓に並べられていく。

「…………えっ?!」

店のテーブルは中華テーブルの様な回転式の円卓で、そこに店員さんが3品の大皿料理を置いてくれた。
欲しいものをクルクルして取るシステムなのだが……俺は並べられた料理を見て固まった。
正直、物凄くいい匂いだ。
腹だって減っている。
食べる準備は万全なのだ。

「うわぁ~!旨そうッス!!コーバーさん!先に取って良いッスか?!」

「あ…うん。お先にどうぞ……。」

ルンルンで料理を自分の小皿に取り分けていくノース君を眺めながら、俺はどうしたら良いか考えていた。
物凄くいい匂いだ、いい匂いなのだ。

でも……。

「……んん??何だ、料理が来たのか。コーバー、料理が来たら起こしてくれると言っただろう、何故、起こさないのだ??」

膝の上のネルが匂いに気づいてむくっと起き上がる。
そしてテーブルを覗き込み、喉を鳴らした。

「ん~!手の混んだ料理は我も久しぶりだ!!リンプの甘辛あんかけだ!!我はこれが好きだ!コーバー、我のも取り分けてくれ!!」

嬉しそうにそう言って、ゆらゆらと尻尾を立てて揺らす。
あ、うん、可愛い。
俺はネルの可愛さに少しホッとして、小皿に取り分けた。
そして小皿に取り分けたそれを間近で見つめる。

「………………。」

匂いはとても美味しそうだ。
香りに反応して、腹もくうっと動いている。

「コーバー!眺めてないで、ここに置いてくれ!!」

「うん……。」

俺はそれを、またもテーブルに座り込んだネルの前に置いた。
嬉しそうにそれを見つめるネル。
うん、わかってる。
多分、美味しいのだと思う。

「………コーバー??」

料理に上機嫌になっていたネルが、俺の様子がおかしい事に気づく。
そして料理と俺の顔を何度か見比べ、ハッとした表情になった。

「コーバーさん!食べないんスか?!」

「あ、いや、食べるよ、もちろん!!」

「熱いうちが旨いッス!!ささっ!遠慮せずに!!」

ノース君がそう言って、自分の前にあった肉料理みたいな物を取り分けて俺に渡してくれた。
あ、うん。
これなら頑張れるかな?!
野菜の方に手を出さなければ……。
俺は恐る恐る、二股のフォークみたいなもので肉(?)を刺した。
そして恐る恐る口に入れる。

………旨い。

味は旨い。
でもやっぱり素直に食べ進められない……。

「コーバー……。」

「あ、ネル。それはどうだい?美味しいかい??」

「そりゃ旨いのだが……。」

バリバリと殻付きのエビみたいな物を、ネルが口に咥えて噛み砕いている。
うん、多分、それ、美味しいんだろうなぁ~。
俺はちょっと涙目になりそうだった。

ゴクン、と口の中のものを飲み込むと、ネルはふわっと飛び上がると、そのまま俺の首辺りに巻き付くように体を寄せた。
そして周りに聞こえないように、耳元で囁いた。

「コーバー、もしかして……色か??」

そう言われ、俺は観念して頷いた。

料理はとても美味しそうだ。
さほど元の世界と違う印象はない。
匂いも本当に美味しそうで、目を瞑れば口の中に唾液が溢れてくる。

だが、いかんせん青い。

ネルの食べている海老みたいなもの。
元の世界では火を通せば赤くなったけれど、この世界では青いのだ。
青いエビが、あんかけに絡まっているのだ。
絶対、エビチリとかのような味で旨いに決まっているとわかっているのに、その青さにどうしても食指が動かない。

ノース君の取ってくれた肉料理も、肉っぽいものはさほど変わらないのだが、付け合せの青菜のようなものが、緑ではなく完全に青い。

極めつけは、スープ代わりの茶碗蒸しみたいなものが、とにかく薄っすら青いのだ。
もう、危険しか感じない。

料理において、こんなにも色が大事だなんて知らなかった。
正直、俺の感覚が食べてはいけないと訴えてくる。

こんなにもいい匂いなのに!!
こんなにもお腹が空いているのに!!

「コーバー……。」

「うん。大丈夫。ここで暮らすからには慣れていかないとね……。」

俺は乾いた笑いを浮かべ、ネルに微笑んだ。
そんな俺に、ネルは少し考えた後、シュルっと商業許可所で書類を書いた時の様に紐に擬態した触手を伸ばし、軽く融合させた。

「ネル?!」

「どうするのが良いのかはわからぬが、少しぐらいなら調整できるであろう。」

そう言われ、俺はもう一度料理を見た。

「!!」

エビみたいなのが赤くなったとか、そこまでの変化はない。
だが、青みが抑えられたというか、そこまで強烈に拒絶する程ではなくなった。

「……どうだ??」

「なんか……大丈夫になったかも?!」

「ん、それなら良い。」

色に対する強烈な拒否反応が抑えられると、途端に食べたいという気持ちの方が強くなる。
目の前の海老みたいなリンプとか言うのの甘辛あんを一つ、小皿に取り分ける。
青さがなくなった訳じゃない。
ただ、強烈に青いって感じには見えなくなっている。
二股フォークでそれを刺し、口に入れる。
殻がバリっと砕け、口の中に旨味が広がった。

「~~~~っ!!」

俺はその味を噛み締め、机に突っ伏して身悶えた。
エビチリ!!物凄く旨いエビチリ!!
しかも殻がバリバリしてて、凄い美味しい!!

「うわぁ~!!料理だぁ~!!めちゃくちゃ美味しい~っ!!」

感動のあまり、涙目になる。
長かった。
この世界に来て料理にありつけるまで、本当に長かった……。
待ちに待った旨さに、俺の体の細胞の一つ一つが歓喜に震えている。
そんな俺を見て、ノース君がプッと吹き出した。

「コーバーさん!喜びすぎ!!」

「だって本当に旨いんだよ~っ!!」

そう叫ぶ俺を、ゲラゲラ笑っている。
いいさ、笑ってくれ。
でも君だって、どんなに食べたくても体が受け付けない状態から回復して、やっと料理を口にする事ができた時、きっと俺と同じ反応をするからね?!
それから俺は他の料理もどんどん口にしていった。
見た目がちょっとあれだけど、やっぱり美味しすぎる!!

「ありがとう~!ネル~っ!!」

「構わぬ。良く味わうといい。」

ネルは照れたのか、ツンっと澄まして自分の皿のリンプをかじり始めた。
バリバリとリンプの殻を噛み砕いていくのを見ながら、ふと思う。

「………猫って、海老、食べたら駄目だったんじゃ……??」

「コーバー、エビが何かは知らぬが、一つ言っておこう。我は猫ではない。」

「え~?!こんなに可愛いのに?!」

「こんなに可愛いくても猫ではない。」

「……可愛いって部分は否定しないんスね、ネルちゃん……。」

ネルの反応に、堪えきれずにぷぷぷっとノース君は吹き出した。
確かに。
可愛いは否定しないんだな、ネル。
それに対し、ツンっとした態度を取る。

「我は昔から皆に可愛いと言われておる。父と母も、我が世界一可愛いと言っていた。」

だから可愛い=自分であるとでも言いたげな態度。
ネストルさん、完全に酔っ払ってる!!
普段なら絶対、そんな事は言わないのに!!
そんなネルを俺はぷるぷる震えて見つめた。

「何て可愛いんだ~!!ネル~っ!!」

円卓に座って、偉そうに料理を食べているネルをモフる。
可愛い。
こんなネストルさん、可愛いに決まっている。
小さくなったせいなのか、炭酸で酔っ払っているせいなのか、はたまた両方か、思慮深いネストルさんらしからぬ発言と態度が本当に可愛すぎる。
俺は新しく運ばれてきた料理の中、箸休め的な木の実の洋酒漬けみたいな物をつまみながら、ネルを抱き寄せ、グリグリと頭を擦りつけた。

「ネルちゃ~ん!世界一可愛いぞ~!!」

「知っておる。」

「その強気な態度が可愛すぎる~!!」

「そんな事より!おかわりだ!コーバー!!」

「はいはい~♪」

俺は大皿に残っていたリンプの甘辛あんの半分ほどをモリッとよそってあげた。
それから自分の皿にも数個乗せる。

「あ、コーバーさん、それ気に入ったなら、全部食べていいッスよ~。」

「うへへ~、ありがとう~♪」

「……え??大丈夫ッスか?!」

「大丈夫!大丈夫!!へへへ~っ、ノース君も可愛いなぁ~。」

俺はそう言って、ノース君の方に椅子を寄せてもしゃもしゃする。
ん~、ネストルさんとは毛質が違うけど、これはこれで良き良き。

「ん~、可愛い可愛い~。」

「ふにゃ~、コーバーさん、撫でるの上手ッス~!!」

撫でていると、せがむようにノース君は頭を俺の方に突き出した。
よしよし、存分に撫でてしんぜよう~。
ブンブン振られるしっぽ。
ん~、わんこはいいなぁ~。
嬉しいとか全力で示しめくるからなぁ~。
にゃんこのわかりにくいけど隠しきれない喜び表現もめちゃくちゃ可愛いけど、まっすぐ一直線なわんこも可愛い~。

しかし次の瞬間、そんなノース君の頭がバシッと叩かれた。

「!!痛い!……ネルちゃん!爪は出さないで欲しいッス!!」

「この程度、爪を出したうちには入らん!いいからコーバーから離れろ!!コーバーは我を撫でていれば良いのだ!!」

「……ネルちゃんって、意外とヤキモチ焼きなんすね?!」

「違~う!!我が一番可愛いのだ!!だからコーバーは我を撫でるべきなのだ!!」

ヤダ、ネストルさん暴君だよ!!
可愛すぎる!!

ノース君の頭を叩いたネストルさんは、いつの間にかグラスに注がれた炭酸水を両手で抱え、飛びながら文句を言っている。
うふふっ、いつも文句言いながら撫でられてるのに、自分以外が撫でられるのは気に入らないとか、本当、素直じゃなくてにゃんこ可愛い~。

俺はまた、木の実をぽんっと口に放り込んで、炭酸水を飲んだ。
こうやって飲むと、俺的にはめちゃめちゃ旨い。

「ネル~、いい子だからこっちにおいで~。」

そう言うと、すごい勢いで俺の膝に乗る。
可愛すぎる~!!
ツンっと澄ましているネストルさんを思う存分モフる。
ん~、料理も旨いし、酒も美味いし、ネルはもふもふさせてくれるし、今日は幸せだなぁ~♪

「えへへ~♪美味しいし、楽しい~♪」

「コーバーさんも飲み過ぎッス。」

ゲラゲラ笑いながらノース君にツッコまれる。
いや、炭酸水じゃ酔わないから、人間は。
でも酒は旨いなぁ~、久しぶりだなぁ~。
こうやって美味しいものと楽しい気分で飲む酒は、本当、楽しいなぁ~。

………ん??酒…?!

「あれ……??お酒なんて……飲んでない……??」

俺は不思議そうに首を傾げる。
はじめは上機嫌で俺に撫でられていたネルも、俺の様子がおかしい事に気づいて見上げてくる。

「コーバー??お前、どうしたのだ??」

「ん~??人間は炭酸水では酔わないんだけどなぁ~??こっちに来て、体質変わったのかなぁ~??」

「?!コーバー?!お前はスキューマでは酔わぬのか?!……だったら何故?!」

そう言って繋がった触手の軽い融合と外的変化から、ネルは俺の体調を調べ始める。
張り付くようにべったりネルがひっついてきて、もふもふの毛玉が顔やら首やらにひっついてくすぐったいし可愛い。
ちなみにノース君は隣のテーブルの人と話している。

「……血中に……何だ?!この成分は?!スキューマで酔ったカナカのものと似てる……?!………ん?!」

ネルはそう言うと、俺の口を無理矢理開けさせ、中に顔を突っ込むようにして匂いを嗅いだ。

「なる~くぅひい~。」(ネル~苦しい~)

「!!コーバーお前!!まさかエタノールで酔うのか?!」

「………そうだけど??」

ぽやんとした顔で鼻をくっつけるように俺の顔を覗くネルに答える。
ネルは慌てた顔でテーブルを見た。
そしてそこで、俺がさっきから摘んでいた木の実を見つける。

「これかっ!!」

ネルはそう言って、それを一つ口に運んで飲み込んだ。
しばらくじっとしているから、自分の中で分析しているのだと思う。
俺はその後ろ姿を眺めながら、木の実を摘んで口に入れようとした。

「コーバー!!これは食うな!!」

「え~??何でだよぉ~!!」

「お前!何個、これを食った?!」

「え~?!10個ぐらいかなぁ~?!」

「だったら!今日はもうレープレンは食うでない!!」

「何でだよ~?!それ食べながら炭酸水飲むと、酒飲んでるみたいで旨いんだよ~。」

「酒……?!エタノールの事か?!」

「そうだけど??そんな化学名で言うなよ~?酒が不味くなる~。」

「だから!!食うなっ!!」

パシっと叩かれ、レープレンと呼ばれた熟しすぎて発酵したみたいになっている濃厚な味の木の実が叩き落とされる。

「あ~!!もったいない!!」

「コーバー……我の言う事を聞け……。レープレンは禁止だ……。」

ブーブー文句を言う俺に、ネストルさんが有無を言わさずスゴんだ。
何だろう……体は小さいのに、オーラに大きなネストルさんが怒りに目を光らせてるのが見えて怖い……。

「わ…わかりました……。」

「今後も、我のいない場所でレープレンを食す事は禁ずる。我と一緒の食事の場でも、1日10粒まで、一気に食わず、飲食物と共にゆっくり食べる事とする。良いな?!」

「………はい……。」

気迫に負けて、俺は思わず頷いた。
身の危険を感じて思わず返事をしてしまったが、何でだよ~?!せっかく楽しい気分だったのに~。
すね気味にプシューっと机に突っ伏した。

腹も膨れたし酔も回って、何だか眠くなってきた。
そんな俺に、ふかふかなネルが寄り添ってくれる。

「ネル……ふかふか……温かい……可愛い……。」

俺はもぞもぞとネルを抱き抱えた。
美味しいものをお腹いっぱい食べ、美味しいお酒を飲んで、もふもふで可愛いネルがひっついてくれる。

あ~、ここは天国か??
そうなんだな?!

「えへへ~、幸せだなぁ~……。」

抱き枕よろしくネルを抱きしめ、その毛の中に顔を埋める。
温かくて、優しくて、幸せだった。










「おや、コーバー君は酔いつぶれてしまったのですか??」

皆に構われ、やっと自由になってコーバーの所にやってきたギムールは、ネルを抱きかかえるようにして机で微睡んでいるコーバーを見て苦笑した。

「少し来るのが遅かった様ですね。きちんとお礼を言いたかったのですが……。」

「仕方あるまい。この様な席は久々だったのでな、少し羽目を外した様だ。」

それに答えたネルに、ギムールは静かに笑った。
そして正式な角度で礼を尽くす。

「この度は、ありがとうございました。」

「気にすることはない。我は我にできる事をしたまでだ。」

「……つかぬ事をお伺いしますが、コーバー君はアルバの森に住んでいるのですよね?」

「ああ、そうだ。」

「では……ネル君、貴方様はもしや………。」

ギムールがそう口にした時、ネルの尻尾が不機嫌そうにバンっと軽く机を叩いた。
それにギムールは失礼しましたと頭を下げる。

「わかりました。この疑問は、私の胸の中にしまっておきます。」

「そうしてくれ。」

「この様な形でお会いしたのも何かの縁、今後とも、何か困った事などがあれば言ってください。私とリーフスティーでできる限りの事をさせて頂きます。」

「………そうだな。街の事となっては、我ではわからぬ事が多い。コーバーは今後も定期的に街に来るつもりの様だから、力を貸してもらえると助かる。」

「承知しました。」

二人は口を半開きにして眠るコーバーを見つめた。
ネルの尻尾があやす様にその背中をトントン叩いているのを、ギムールは微笑ましく眺めていたのだった。


【第一章 完】
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