異世界に落っこちたので、ひとまず露店をする事にした。

ねぎ(ポン酢)

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第二章「ひとりといっぴきのリスタート」

二つ尾のキツネ目

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「ふあぁぁぁぁ~。」

ネストルは大口を開けてあくびをした。
ここのところ、目の離せない同居人がいたせいで毎日がアタフタしており、何もない時間の過ごし方を忘れてしまった。

これまでどうやって何もない時間を過ごしてきたのだろう??

コーバーと暮らし始めたのなど、ついここ1ヶ月程度だ。
森に一人で住み始めてからの長い長い歳月に比べれば、瞬きの間にもならない筈なのに。

「何しろ、あれは手がかかる……。この世界の存在体ではない故、目を離すといつコロリと死にかねぬからな……。」

まぁ死ぬのを待って吸収する為に側にいる側面もあるので、そうなったらそうなったらとも言えるのだが、やはりそれなりの日々を言葉を交して過ごせば情が移る。
あれの身に危険が迫れば、おそらく自分は何の躊躇もなく守る為に戦うだろう。
それが小さな影子の状態であったとしてもだ。
あれはこの世界の存在体ではないから、こちらが思いもしないようなちょっとした事で死にかねないのだから、自分が気を配って守ってやらねばならない。

それにしたってだ。
ネストルははぁとため息をつく。

エタノールなんぞで酔うなど、聞いた事がない。
あれは辛味の香辛料に過ぎないというのに、何であんなもので酔うと言うのか……。
おまけに炭酸水、つまりスキューマでは酔わないと言う。
あれの体は本当にどうなっているのだ?!
一人で街に行かせたが、また何か食べたり飲んだりした事で、体調に変化が起きたりはしていないだろうか?!

「…………………。」

ネストルは自分の頭を悩ます小さいカナカに似たクエルの事を思い、そして考えるのをやめた。
今、いくら自分が心配しても仕方がないからだ。

そんなに心配なら前回の様に影子を使ってついていけば良かったのだが、街を目の前にしてその気持ちは揺らいでしまった。
割り切ってコーバーを背に乗せてここまで来たというのに、街が見えた瞬間、遠い昔の記憶が呼び戻され動揺してしまった。
それを悟られたくなくて用があるなどと嘘を言って逃げてしまったが、結局、何もする事がなくて、こうして前回、繭を作った場所でダラダラ過ごしている。

「……我もまだまだ、未熟と言ったところか……。」

こんな事で動揺する日が来るとは思わなかった。
あれは遠い遠い昔の話。
だから思い出すにしても、過去としてだと思っていた。
だが、いざそれを思い出した自分の記憶は、まるでつい先日の事のように鮮明で、だからこそ今とその時のギャップを埋める術がなく、どうして良いのかわからなくなった。

それに……影子になったのが良くなかった。

あの頃のような、父と母にただ可愛がられて過ごした時の様な姿をしたのが間違いだった。
何も心配する事がなく、無条件に愛され、それに甘えていたあの頃の姿。
街の中を目立たずにコーバーと過ごすのにはあれぐらいの大きさが良いと思ってそうしたのだが、危険から守る事も視野に入れれば、もっと大きくとも良かった筈だ。

何故、自分はあの大きさを選んでしまったのだろう?

自分の中に、その頃を取り戻したい欲求が無意識にあったのだろうか?
そして何より、あの大きさで抱かれるとコーバーはどこか父を思い出させるのだ。

「………別に似てなどおらぬのになぁ…。」

強いて言えば撫で方が似ている。
とにかくこちらが文句のつけようがない、完璧な撫で方をするのだ。
それを思い出したら、何となく全身がムズムズした。

な、撫でて欲しい訳ではない……っ!!

それを振り払うように立ち上がり、全身をブルブルと大きく震わせた。
近くにいた小型のナートゥ達がびっくりして、慌てて逃げて行った。

そしてふと、気づく。

何か居る。
マクモである自分を見ても逃げださない何かが居る。
それなりに小さな身をしているが、メソの上クラスのルアッハがいる。

「……………。」

ネストルはそれに気づきながらも、その場に座り込んだ。
そして大あくびをする。
敵意はない。
これは気にしなくてもいいものだ。
そう思って丸まって寝ようとした。


「ちょっと!ダンナ!!あっしに気づいておきながら!!何で寝るんですかいっ!!」


そう、騒々しい声が聞こえた。
ネストルは触手を伸ばして自分の耳をペタンと塞ぐと、聞こえないふりをして寝ようとした。

「ダンナ~っ!!ネストルのダンナ~っ!!それはあんまりじゃねぇですかいっ!!」

ポーンと言う効果音でも付いているような勢いで、林の奥から何かが飛び出してくる。
ネストルは寝たフリをしながらどうしようか考えた。
確かに暇を持て余してはいたが、こんなうるさいものに構うなら、暇な方が良いと本気で思っていた。

「ダンナ!ダンナ!!ダンナァ~っ!!」

「あ~っ!!わかった!!煩いぞ!!ルナー!!」

「ルナーなんて他人行儀な!!ラッチャルと呼んで下さいよ~っ!!ダンナァ~!!」

「ええい!騒々しい!!」

あまりのうるささに、ネストルは諦めて半身を起こした。
そして自分の周りでわちゃわちゃと騒ぎ立てるそれを、呆れ顔で眺めた。
こいつは本当に……一体しかいないのに、数体いるような感覚になる。
はぁ~と深々とため息をつくしかない。

「……それで?何の用だ??ルナー??」

「ラッチャルですって!!忘れたんですかい?!」

「忘れてはおらぬ……できれば忘れたいがな……。で??何の用だ、ラッチャル……。」

ネストルの視線の先、カナカよりも大きな姿の顔の長い獣が、二本のふさふさした尻尾をゆらして宙に浮いていた。
その視線が自分に確かに向けられた事を確認し、細く狡賢そうな目がニンマリと笑う。

「やっと私を見ましたね?!ダンナ?!」

「いいから、要件を言え、ラッチャル……。」

「つれないなぁ~。久しぶりにあっしに会いに来てくれたと思ったのにぃ~。冷たいわぁ~。」

くねくねと体をくねらせ、ラッチャルと呼ばれたその大きな2つ尾の獣は笑う。
いや、獣に見えるが、これはルアッハだ。
小さな形をしているが、半身を別の場所に保管しているメソ上クラスのルアッハだ。
ネストルははぁ、とまたため息をついた。

「アホな事を言っている暇があるなら、さっさと要件を言え……。」

「本当に冷たいわぁ~。あっしをシュッツとして街の守りを任せたというのに~。」

「その代わり、我の後、ここのマクモにする取り決めをしたであろう……。何が不満なのだ??」

「そんなの決まっているではねぇですかい!!この地のマクモだと言うのに!!ダンナはちっとも街に来てくださらねぇで!!あっしが寂しいと思わないんですかい?!」

「……全く思わんな??」

何なんだ、この茶番は??
ネストルはげっそりしていた。
だから会いたくないのだ、このルナーには……。
騒がしい上に、ちっとも話が進まない。

全く思わないと返され、ラッチャルはチッと舌打ちをした。
そしてプンプンと芝居ががった怒り方をしてネストルに食って掛かる。

「酷いわぁ~ダンナァ~!!新しいステディーが出来たからってぇ~。」

そしてシクシクと泣くふりをする。
本当に面倒くさい。

「我はお前をステディーにした事などないのだが??殺しに来られて、返り討ちにしたと思ったのだが??」

「それはそれ。過去の事ではねぇですかい~。ダンナがマクモとなった時より、あっしはずっとこの街のシュッツでしょ?!二人で二人三脚、寄り添い合ってやってきた仲ではねぇですかい~。」

「いや、寄り添ってはないぞ、ルナー??」

「ものの例えですって!!後!ルナーではなくラッチャル!!」

少し話しているだけで、ネストルは1週間分ぐらいの疲れを感じていた。
いつになったら要件の話になるのだろうと、意識が遠退いていく。
それをラッチャルの細い目が笑う。

「……おやおや、ダンナ?お疲れの様ですね?!そろそろマクモのお役目も辛くなってきたのでは?!」

「辛くなってきたのは、お前との会話だけだ……。いいから早く要件を言ってくれ……このままお前の脈絡のない話に付き合っていると気を失いそうだ……。」

「あ~、残念。そろそろこの地を譲って頂けると思ったのにぃ~。」

「わかったわかった。で?要件は??」

それ以上、馬鹿な話には付き合わないとばかりに言われ、ラッチャルもそれまでのふざけた雰囲気を引っ込めた。
相手はこの地を治めるマクモなのだ。
その気になれば自分など、動けないようにして取り込まれてしまう事をわかっているのだ。

「………先日、街に来られましたね?その際、ここに本体を置いて行かれたでしょう??」

スッとそれまでの雰囲気を一転させ、冷たい口調でラッチャルは言った。
細い目は鋭く光り、メソ上クラスのルアッハの雰囲気を漂わせる。

「それがどうした?」

「いえ、あっしはすぐにダンナだと気づいたんでそのままにしやしたが、ダンナ、糸を残されたまま帰られたでしょう?」

そう言われて見ればそうだ。
あの日はコーバーがエタノールで酔っ払って泥酔しており、夜も遅くなった事から急いで森に咥えて帰ったのだ。
コーバーの体調が気になって、糸の事などすっかり忘れていた。

「……そうだな。少々、迂闊であったな。」

「ええ、翌日、採取に来た街の民が見つけましてね?ちょっとした騒ぎになったんですよ。大きさが大きさですからね。」

「それは申し訳ない事をした。」

「この地のマクモの座を狙う大型のルアッハが街の近くに潜伏しているんじゃないかって、警備部隊で周辺を大捜索ですよ。まぁ、報告に来た隊長に、あっしが事情のわかっている事だから騒がなくて良いと伝えたんで、落ち着きましたけど。」

「それは……すまぬ事をした……。以後、気をつけよう……。」

「いえいえ、何だかんだ、最終的には喜んでましたからねぇ~。」

「喜ぶ??」

「旦那の吐く糸は、ソワとパーウのどちらもを同化させたものでしょう?恐ろしく頑丈なのに、肌触りがよく美しい。途切れ途切れとはいえダンナの大きさを覆っていた糸ですからね、十分、布を作れる大きさがある。そりゃ喜ばれますって。」

「そうか……ならば良かった……。」

「ええ、なので今後もこの繭や繭跡ができる事があると思うけれど、街にもこの地にも危険のないものだから心配しなくていいし、繭の時は近づいては駄目だけれど、繭跡だったら好きに使って大丈夫だと伝えておきましたよ。」

「そうか……。」

「なので今後とも、街の発展の為にちょくちょく来て、繭を作って下さいな、ダンナ。」

ニヤァと笑ってラッチャルは言った。
この男は何を考えているのかわからない。
この細く笑う目はどこかいつも掴みどころがない。

苦手だ。
何より面倒くさい。
騒がしいのも掴みどころがないのも。

ネストルははぁ…とため息をつき、そのうちな、とラッチャルに答えたのだった。
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