異世界に落っこちたので、ひとまず露店をする事にした。

ねぎ(ポン酢)

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第二章「ひとりといっぴきのリスタート」

お嬢様とジンジャーエール

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お嬢様が見つめる中、俺はいつも通り青い花の蜜を溶かし、蜜水を作った。
そして太く育った植物の根を取り出すと、それをナイフで少し刻んだ。

「それは??」

ノービリス家のご令嬢は扇子で口元を隠したまま、怪訝そうにそう聞いた。
刻んだ根からは爽やかな香りが立ち込める。

「飲み口を良くする為の香辛料です。これ自体はさほど色には影響はありません。」

俺はそう言って蜜水の中にその刻んだ音を入れて軽く混ぜた。
今までは、色を変える際に柑橘系の木の実を使った事で色と味の両方を一度に風味付けられたが、今回はそうはいかない。
風味付けと色を変える操作は別にしなければならなかった。

「さて、準備が出来ました。」

「そう、なら早くして下さる??私も暇ではありませんのよ?」

「それは失礼いたしました。ではご覧下さい。」

オレはそう言うと、きっちりと蓋のできる木の箱を開け、中から紙を取り出した。
そしてそこから、粉末をサラサラと蜜水の中に入れていく。

「!!」

お嬢様が軽く息を呑み、周囲からおおっ!!と感嘆の声が上がった。
粉を入れると白く濁りつつ、蜜水の色が更に濃い青色へと変わった。
それだけじゃない。
蜜水は微かにパチパチと音を立て、気泡を含んでいる。
俺は混ぜたその液体が落ち着くのを待って、もう一つのガラスのコップに液体を移した。
粉の残りや香辛料にした木の根が残ると、口当たりが悪いからだ。

グラスに出来上がったのは、深い青色をした炭酸水。
深い海を思わせるようなそれに、美しいヒレを持ったリーフスティーさんが並んだ時は本当に綺麗だと思った。
俺はそれを手に取ると、ノービリス家のご令嬢に差し出した。

「こちらが青くした物に御座います。」

お嬢様は少しぽかんとしながらそれを受け取り、口に含んだ。

「!!」

「お口に合いましたでしょうか?ノービリス家のお嬢様。そこまで強い炭酸水ではございませんので、多少飲んでも簡単に酔いが回る事はございませんが、一応、酔物販売許可も得ております。スキューマとは言い辛い程の物ではございますが、販売の際には制限をかけさせて頂くつもりでおります。」

恐々、一口飲んだお嬢様は、驚いた様子でそれを味わっていく。
正直、それなりに味はいいと思う。
だってジンジャーエールだしな、それ。

今回、俺が何をしたかと言うと、蜜水をアルカリ性に傾けたのだ。
この青い花の蜜。
ヴァルテの花の蜜には、元いた世界の紫キャベツの汁みたいな性質がある。
つまり、pHによって色を変えるのだ。
軽く酸性にすると赤っぽく、アルカリ性に傾ければ更に青くなる。

だがこのアルカリ性に傾けると言うのが厄介だ。
酸性にするのは比較的方法があるが、食せる状態でアルカリ性にすると言うのは難しい。
食品でアルカリ性の物がほぼ無いからだ。
なら何を使ったかと言えば、口に入れても大丈夫な添加物、重曹だ。

重曹、つまり炭酸水素ナトリウムはお菓子作りなんかにもよく使われる添加物だ。
水に入れる、もしくは加熱すると二酸化炭素を発生させる。
この為、クッキー等の重い生地でも単体で添加すれば膨らます事ができる。
これを他の添加物と混ぜて使いやすくソフトにしたのがベーキングパウダー。
とまぁ料理講座は置いておこう。

ただ問題は、重曹を水に溶かして炭酸水を作った事のある人はわかると思うが、そんなに美味しいものでもない。
美味しければ皆やっている。
そうなると味を整える必要が出てくる。
かと言って美味しさを求めて柑橘類を使ってしまったら、酸とアルカリで中和されて色味の変化がなくなる。

そこで登場するのがジンジャー、つまり生姜だ。
生姜汁は中性から軽度のアルカリ性を示す。
実は初めは生姜で青くできないかと思ったのだ。
だが風味付けの生姜では色を変える事はできなかった。
だから重曹を入れる必要があった。
重曹水もそこまで強いアルカリ性では無いにしろ、色を変える事はできた。
そしてそこに生姜を加えれば、アルカリ性を抑える事なく、若干のプラスすらできるのだ。

こうして試行錯誤を経て出来たのが、この青いジンジャーエールなのだ。

まだまだ飲み物としては研究の余地が残るが、色の変化を楽しむのであれば問題はないはずだ。

「いかかでしょう?ノービリス家のお嬢様??」

お嬢様は半分ほど飲んだジンジャーエールをじっと見つめ、何やら難しい顔で考え込んでいる。
何だろう??変なものは入ってないんだけどな??
木の根みたいな物を混ぜられたからとか言って怒り出したりしないよな??
この世界でも生姜はあったけど、アルバの森で野生種を見つけるのは結構大変だったんだぞ?!

「あの……お嬢様??何か問題でも??」

無言のお嬢様に困って俺は声をかける。
ノース君も不思議そうにお嬢様を見ている。
俺達は訳がわからなくて顔を見合わせた。

「………貴方、名前は?!」

思考時間は終わったのか、コトリとグラスを置き、お嬢様がいきなり俺に詰め寄った。
え?!今度は何?!
どうしていいのかわからずノース君に助けを求めるが、怯えた子犬のように耳をペタンとして首をぶんぶん振っている。
くそう、可愛いけど助けてよ!ノース君!!

「聞こえないの?!名前は?!」

「こ、小林夕夏です……っ!!」

「コ??コーバ……何ですって?!」

「コーバーです!!皆にはそう呼ばれています!!」

「ここでの登録は?!」

「コーバーヤッシュです!!コーバーヤッシュ・ユゥーキです!!」

押せ押せな勢いが怖くて、俺はテーブルを挟みながらタジタジと答える。
こんな女子高生に毛が生えた程度の女の子に押されてビビってるとか情けない……。
でも、名前を言うとある程度落ち着いたのか、お嬢様はパチンとまた扇子を開き、口元を隠した。

「そう。ではユゥーキ、この飲み物の名前は何ですの??」

「……え??いきなり夕夏呼びなんですか??」

ネストルさんにだって夕夏呼びはされてないのに、初対面の悪役令嬢に言われるとは思わなかった。
何かよくわからないが軽くカルチャーショックだ。

「呼び方などどうでもよろしいでしょ?!」

「ええと、できればコーバーでお願いします……。」

「この飲み物は何て言う名なのです?!ユゥーキ?!」

どうやら変えてくれる気はないみたいだ。
俺は諦めてため息をつくと、質問に答えた。

「……一応、ジンジャーエールかなぁと思っていますが……。」

「ニンジャエース??」

高飛車なお嬢様がクソ真面目に言った言葉に、俺はブッと吹きそうになった。
ニンジャエースって、滅茶苦茶強そうだな、おい。
どうやらこの世界にジンジャーエールと言う言葉は存在しないようだ。

「いや……呼び方は特には決まっていません……。」

「名がついていないという事は、特許はどうなさっているの??」

「………特許?!」

「ふ~ん?この飲み物、特許は取られてないのですのね……。」

扇子越しにお嬢様の目がキラリと鋭く光った。
そして側についている人を一人呼び寄せ、何か話している。
なんか本当、感じ悪い子だな?!
だいたいどうして特許なんて出てくるんだ??
若干話が見えず、キョトンとしてしまう。

「コーバーさん!まずいッス!!」

「え?!」

「俺が頑張ってみるッス!!」

焦ったノース君の顔と何となく流れの感じから、俺が特許申請していないのをいい事にお嬢様が特許を抑えようとしていると言うのが見えた。
状況が状況だけに、妙にお嬢様を怖がっているノース君だったが怯えながらも頑張って前に出てくれる。

「と、と、と、特許は今!商業許可所の担当職員と相談中です!!コーバーさんはまだこの街に来て日が浅いので!!どうやって取るのかとか名前が必要とか知らなかったので!!」

ガチガチになりながら、ノース君は声を張った。
俺の事を思っての事と、商業許可所の職員として、特許の横取りを見過ごせなかったのだろう。
偉い、偉いなぁ、ノース君。
後でたくさんよしよししてあげよう。
何だか母心の様な気持ちでそんなノース君を俺は見守った。

しかし……。

「……貴方には聞いていなくてよ?!どこのどなたか存じ上げませんが、横から入ってこないで下さるかしら?!」

「ひいぃぃぃ~。」

ギンッとばかりにノービリス家のご令嬢がノース君を睨んだ。
その鋭く冷酷な口調に、ノース君の勇気が萎んでしまう。
可哀想に、シュンとしてぷるぷるしている。

「ちょっと、やめてください!ノース君は商業許可所の職員です!私がこの街に来たばかりで商売をしているので、色々気にかけて下さっているんです!!」

ギラリと睨まれ小さくなったノース君を抱きしめ、俺はお嬢様に文句を言った。
と言うか、さっきから何なんだ?!このお嬢様は?!
特許云々もそうだが、いくら悪役令嬢気質だからって、年上に対して失礼すぎるだろ?!
俺の接客云々に文句をつける前に、自分の態度を少しは改めろってんだ!!

お気に入りのもふもふをイビられカチンと来た俺は、お嬢様を睨んだ。
ノービリス家のお嬢様がこの街でどんな存在なのかは知らないが!だからってもふもふをイビっていい理由にはならないんだぞ!!

もふもふは世界の癒やし!!
世の中の傷ついたりやさぐれた心の特効薬なんだぞ!!
もふもふは尊いのだ!!
崇め称えるべきであり!虐めるなんてとんでもない話だ!!

それまで大人しかった俺が急に怒り出したので、お嬢様も若干怯んでいる。

「な、何ですの?!それが客に対する……!」

「客って言いますが!俺はお嬢様から何も頂いておりませんが?!文句ばかりつけて!その上、俺を手助けしてくれる大事な友人に酷い物言いをして!!俺の接客態度に文句を言われるのなら!貴方のその初対面の年長者に対する態度は何なのですか?!それが貴方の礼儀なのですか?!」

俺が怯まずそう畳み掛けると、お嬢様は一瞬、言葉を詰まらせた。
周りで見ていた通行人や周辺の露店から、冷たい視線を向けられている。

「だよな?いくらノービリス家のご令嬢だからって……。」

「そうそう、知り合いの露店主もさぁ、何か言いがかりつけられてよぉ……。」

ヒソヒソとした声が響く。
それをお付きの使用人達が睨みつけて黙らせている。

まぁよくはわからないが、お嬢様は立場は強いがあまりよく思われていないのだろう。
おそらく因果応報だし、怯えながらも頑張ってくれたノース君を苛めたのはちょっと許せない。

こんなに可愛いのに!!
こんなにもふもふなのに!!

どさくさに紛れて俺はノース君をもふもふする。
ノース君をモフる事で俺の気持ちは落ち着きを取り戻していった。

お嬢様はと言うと、お付きの人に囲まれながら俯いている。
多分、こうやってよく問題を起こしている子なんだろうなと思うと、ちょっと可哀想な気もした。

蜜水を赤くするのを見て、直ぐに逆の事が出来るのかと言う発想をし、そしてそれが商品価値があるか即座に判断した悪役令嬢みたいな女の子。

何か発想力や目の付け所は凄いけど、他の人と上手くコミュニケーションが取れない子っているんだよなぁ。
優れた素質があるだけに、もったいないと思う。

うん、ここは俺が大人になろう。
若い可能性の芽がこんな所で躓いて欲しくはない。

「ノース君、大丈夫か??」

「大丈夫ッス。上手く頑張れなくって申し訳ないッス。」

「いいよ、こちらこそありがとう。」

にっこり笑って俺はノース君を簡易椅子に座らせた。
そして膠着状態にあるノービリス家のご令嬢に顔を向けた。

「……感情的になり、失礼を申し上げました。どうぞお許し下さい。」

そして頭を下げる。
周りがザワッとして、何で謝るんだと言う雰囲気になる。
お嬢様も顔を上げ、無表情に俺を見ていた。

理不尽だろうと頭を下げるなんて事は慣れている。
それにこれはそこまで理不尽じゃない。
もっと納得が行かない事でだって、何度も頭を下げてきた俺だ。
このお嬢様の可能性の為に頭を下げてやる事なんて、大した事じゃない。
2度目になったらできるかはわからないが、まだ初めての衝突なのだ。
ここは俺が大人になって、一歩譲った方が良いのだ。

「いくら思う所があるからと言って、感情的になるのは大人気ありませんでした。申し訳ございません。」

再度、謝罪の言葉を口にする。
周りももう、何も言わなかった。

「………貴方の言う事も最もでした。ユゥーキ。こちらこそ、客だと言う事を振りかざし、すみませんでした……。」

小さな声で、お嬢様は言った。
そしてお付の人の中から足を踏み出し、露店の前に立つ。

「おいくらになりますの?」

「この商品はまだ試作中です。値段はつけられません。」

「それではこちらの立つ瀬がありませんわ?」

「ええ、ですのでモニターと言う事で、ご感想をお聞かせ頂けますか?お嬢様??」

にっこり笑ってそう告げると、お嬢様はまた言葉を詰まらせた。
俺の対応にどう返すべきか困ったのか、扇子で口元を隠し、考え込んでいる。

「………では、閉店後にフセルにお越し頂けまして??」

「フセル??」

「私の経営しておりますカフェバーですの。そこでこの商品の感想を含め、ユゥーキにお話したい事がございます。宜しくて??」

「え??ええ…あまり帰りが遅くならないのでしたら……。」

「では、後ほど。」

話が纏まるとノービリス家のご令嬢は気が緩んだのか、少し嬉しそうに見えた。
そして若干弾むようにお付の人達の方に戻っていく。

「そうですわ。」

だが途中でお嬢様は振り返った。
何だろう??まだ何かあるのかなぁ??
かなり上手く場をまとめられたと思ったのに、ひっくり返されたら面倒な事になるなぁ…。
ギクッとした俺とは裏腹に、お嬢様はにっこり笑ってこう言った。

「私はモエ・グランデ・ノービリス。モエと呼んで下さって構いませんわ。」

そしてくるりと向きを変え、颯爽と歩き去っていった。
何か今日は女性によく名前を教えてもらう日だなぁ~なんて考えていた。
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