それでも人は恋に落ちる。〜【恋愛未満系短編集】

ねぎ(ポン酢)

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現代ドラマ系

狭間の恋

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忙しなく人が行き交う大都会。
そんなビルのジャングルの片隅。
エアコンの室外機が幾つも飛び出した、薄暗いビルの谷間。
テナントの大きなゴミ箱とその周りに散乱するゴミ。
ときよりカラスやネズミがそれを荒らす。
従業員専用の裏口。
薄汚れたその路地裏で休憩がてら喫煙する。

「肩身が狭くなったもんだ。」

紫煙を吐き出し、呟く。
今や喫煙者はどこでも行き場を失っていた。
喫煙スペースで吸うようルールを作るのはいいが、その喫煙スペースはどんどん閉鎖されていく。
1区間どこを探したってない場合もある。
一つのビルの中に一つあれば、そのビルはマシな方と言える。

「そうやって迫害すっから、マナー違反者が出るんだけどねぇ……。」

別に煙草の健康被害を理解していない訳じゃない。
匂いが嫌だという気持ちを理解しない訳じゃない。
喫煙者であっても、人混みの中や様々な人がいる空間で、自由に喫煙させろなんて思っちゃいない。
一部の過去に囚われた害ある生きた化石が、時代に取り残された俺様理論で喚き散らしているのがクローズアップされがちだが、今時の喫煙者は自分の立場をわきまえている奴が過半数だ。
恋愛も喫煙も草食系なんだよ、今の時代。

吸い込んだ煙を吐き出す。
ビルとビルの頼りない隙間からのぞく空はとても遠くに見えた。
綺麗に繕った通り表の外観とは違い人目につかないビルの裏や側面は、綺麗事の辻褄を合わせる為、ごちゃごちゃと好き勝手な無法地帯になっていて半ばカオスだ。

「……でも、そこがなんか好きだ。」

飾り気も建前もない、ぎりぎりグレーゾーンなラインを攻めに攻めているイカれたビル側面。
その無秩序さが妙に落ち着く。
多分、社会の「普通」から外れてしまった自分にはお似合いなのだろう。

ぽたた……。

唐突に水が滴ってくる。
見上げると向かいのビルの窓辺で観葉植物に水をやっている女がいた。
どこかの寂れた事務所の事務員。
歳は恐らく、自分より少し下ぐらいだろう。
どちらもこの薄暗い路地裏に似合った、華々しい現代社会からはみ出し、少し疲れた存在を持て余している。

「あ!すみません!!」

「いいよ、かかった訳でもないし。元気?」

「あ、はい。お陰様で……。」

下に人がいる事に気づいた彼女はそう言って謝った。
いつもの事だ。
こうして休憩時間に喫煙するとよく、彼女はこうして観葉植物の水やりをしていた。
元気かと聞いた彼女は、ちょっと困ったように笑う。
お陰様なんて言われるほど接点はない。
反射的に出たであろう社交辞令にこちらも笑ってしまった。

彼女の向こうに、遠い空が見える。
少し眩しくて目を細めた。

「よく会うね。」

「すみません、狙ってる訳じゃないんですけど……。」

「まぁ、俺の休憩時間とそちらの水やりの時間が被ってるってだけだし。気にしないで。」

恐縮して顔を赤くした彼女。
なんの気なしに声をかけただけで、責めてる訳じゃない。

「そういえばこの前、隣駅のカレー屋にいたよね?」

「え?!」

「月末くらいだったかな?」

「あ!!もしかして西口商店街にあるインドカレー屋さんですか?!」

「そうそう。」

「ずっと気になってたお店で!いい事があった日だったのでちょっと奮発してテイクアウトを頼んだんです!!」

「中で食べればいいのに。」

「いや……店内が男性のお客さんが多かったし……飛び交っているのがインド語だったので、一人だと入りづらくて……。」

「カレー好きなの?」

「はい。カレーとかラーメンとか、たまに食べ歩きします。」

そう言ってから、しまったという顔をして彼女は俯いた。
確かにカフェ巡りとかスイーツ巡りとかではなく、カレー屋やラーメン屋を巡っているというのは、女性だと好奇の目で見られる事も多いだろう。
そしてそんな目にあった事があるのだろう。

「……じゃ、〇〇駅のカレー屋知ってる?」

彼女は引け目があるようだが、小洒落たカフェ巡りよりカレー屋やラーメン屋の方が個人的には好印象だ。
自分の知っている旨いカレー屋の名前を出すと、彼女はガバっと顔を上げ食いついた。

「知ってます!まだ行けてないんですよ!」

突然見えた、彼女の嘘のない笑顔。
遠いビルの隙間に見える空に、その笑顔がとても映えた。

「覗いた事はあるんですけど……そこも西商店街のカレー屋さんみたいに入りにくくて怖気づいちゃって……。」

「…………え??じゃあ……今度、一緒に行く??」

「え……?!」

「……え??」

お互い顔を見合わせ、無言になる。
いい歳した大人がバカみたいに間の抜けた顔で見つめ合う。

「いやごめんね?!変な意味じゃなくて!!」

「いえ!すみません!!変な間が開いちゃって!!」

ほぼ同時に焦った言い訳をする。
それがおかしくて笑ってしまった。
彼女も照れ臭そうに笑っている。

「じゃ、今日の夕飯とかにどうかな?」

「……はい。楽しみにしています。」

都会のビルのジャングルの隙間。
無秩序で薄暗い路地裏から見えた狭い空は、いつもより近くに見えた気がした。
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