竜と生きる人々

ねぎ(ポン酢)

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黒き風と生きる

新しい風

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肉をたらふく食べ、満足する。
ふぅ、とひと息つく。

「……うわぁぁぁ?!」

するといつの間にかこちらに伸ばされていた黒い風の頭が、俺を無遠慮に咥えた。
それまで生きている俺に手出ししてこなかっただけに、かなりびっくりする。
しかしそれはあの夜、崖下から上まで運んで放り出した時のように強く噛まれる訳でもなく、やはりポイッとばかりに俺は投げ出された。

卵の上に。

そして丸まると黒い風は寝始める。
どうやら俺は卵を温める湯たんぽか何かだと思われているらしい。
まぁ肉も分けてもらったのだから、その分、働いてやらなくもない。
こちらとしても腹が膨れて眠いし、黒い風に包まれていれば寒さからも肉食動物からも守られるのでWin-Winである。
俺は黒い風の中に潜り込むと、卵を抱きかかえるようにして寝る事にした。




そんな生活が数日続いた。

卵からははじめはしなかった物音がたくさんするようになっていた。
試しにコツコツ殻を叩いてみると、コツコツと中から叩き返してくる。
何となくそれが嬉しくて笑ってしまった。

黒い風はあの日以来動かなかったが、今日、俺が自分の分の肉を取ると、残りを食べてしまった。
相変わらず骨を気にせずボリボリ噛み砕いている。
その音を聞いても、もう怖いとは思わなくなっていた。
明日からは肉がないので、自分で山ネズミを狩るなり苔の実を集めるなりしないとなと思う。

「あ!ちょっと待って!!待て待て待て待て!!」

水場で水を飲もうとしていると、黒い風が顔を伸ばしてきた。
俺は慌ててそれを止めようとした。
何故なら水場を黒い風に使われると、溜まっていた水はほぼなくなってしまう。
流石にここで水浴びはできない事はわかってくれたが、普通に水を飲む時は使ってしまうので、俺はまた山から染み出す水が貯まるまで半日以上待たなければならなくなってしまうのだ。
長い時間、黒い風と過ごした俺はもう慣れきってしまい、その恐ろしい顔の鼻先を抱え込んで必死に止める。
不服そうに鼻を鳴らされるが、こっちだって死活問題だ。
急いで水筒に最低限の水を確保すると、ドンッとばかりに押し退けられてひっくり返った。

ジュウジュウと吸い上げられる水。
俺は諦めてため息をついた。

コツン……。

そんな音がしてなんの気なしに振り返る。
卵だ。
卵が音を立てている。
黒い風もそれに気づき、振り返る。

コツン、コツコツコツコツ……。

「……あ……。」

いつもより激しいその音。
場に緊張が走った。

黒い風の長い首が卵に向かう。
そしてゴツゴツと叩き返す。

ゴツゴツッ……ゴンゴンッ。

卵が激しく中から殻を叩いている。
その振動で卵はゆらゆら揺れた。

黒い風はそれを足で押さえる。
けれど、殻を割ってやろうとはしなかった。
じっと黒い瞳で卵を見つめるだけ。

ゴンゴンッ……ゴンッ!

バリっと音を立て、殻に日々が入る。
そこ目掛けて激しく中からゴツゴツゴンゴンと中のものが突き上げてくる。

「……が……っ、頑張れ!!」

俺も卵に駆け寄った。
手出しはしたらいけないのだと何となくわかった。
きっと自分で殻を破らなければならない事なのだと。

バリッ!!

そしてとうとう鼻先が見えた。
黒い風と同じ、真っ黒な鼻先が。

しかし外の匂いや空気に触れてびっくりしたのか、その鼻先は直ぐに引っ込んでしまった。
そして突くのをやめてしまう。
俺はもどかしくなって懸命に声をかけた。

「頑張れ!!頑張れ!チビ!!」

チビ、とは言ったが、大して小さくもない。
まぁ黒い風に比べれば物凄く小さいんだけど。

黒い風は割れ目に顔を近づけ、匂いを嗅いでいる。
その鼻息に反応したのか、恐る恐るといった感じでまた割れ目に鼻先が顔を出した。

「カッカッ!!」
「……キュキュ?」
「カッカッカッ!!」

その鼻先に叱咤するように黒い風が喉を鳴らす。
というか、そんな鳴き方もできるのかとびっくりした。
黒い風は殆ど鳴かない。
賊を蹴散らしている時に数回吠える事はあったけれど、それ以外は声を出さなかった。

「カッカッ!」
「キュキュ!」

何を話しているのか俺にはわからない。
でもチビはまた中からゴツゴツと殻を割り始めた。
穴が広がり、鼻先だけでなく槍先みたいな口先が丸い卵から突き出している。
その鼻がふんふんとしきりに周りの匂いを嗅いでいた。

「頑張れ!後ちょっとで外が見えるぞ!!」

俺も興奮してきて、とにかく声をかける。
するとズボッとばかりに頭が卵を突き抜けてきた。
まん丸の黒い目がシパシパと瞬きしている。
けれどあまり良く見えていないのか、目の前にある黒い風の事も、すぐ側にいる俺の事も、見たようで見えてないのか顔があちこちに向けられる。

「カッカッカッ!」

音を出され、初めてそちらに顔を向ける。
よく見えていない目をパチパチさせて、必死に鼻を動かして匂いを嗅いでいる。
どうやらチビは今、視覚よりも聴覚、さらに聴覚より嗅覚が敏感な状態のようだ。

黒い風はやはりじっとそれを見ていた。
そしてゆっくりと顔を近づけ、チビに匂いを嗅がせる。
嗅がせ終わると自分もチビの匂いを嗅ぎ、ベロベロと舐める。
舐められたチビはもっと甘えようとしてるのか、体を覆う殻が邪魔になり、一度ズボッと引っ込むと、ガンガン頭突きして殻を大きく割った。
そしてさらに壊そうとしているのか何なのか、ジタバタ暴れたせいで、卵がゴロンと転がった。

「キュキュ……。」

卵ごとズッコケたチビが変な声を出した。
それがおかしくて笑ってしまう。

けれど卵が転がったのが功を奏した。
割った口が地面に近づき、チビは大きくなった穴から無理矢理這い出てきた。

「……生まれた。」

思わず呟く。
やはり黒い風と同じように細長い。
脚と翼がなければ蛇みたいだ。
その翼だって、飛べない今は体の棘と同じただのアクセサリーみたいに小さい。

卵から出たはいいが、べちゃりと地べたにへばり付いているチビ。
黒い風が首を伸ばし、その体を舐めはじめた。
その刺激を受け、チビはぷるぷるしながらも足を踏ん張って立ち上がった。
でも翼が未発達なせいか二本足でバランスが上手く取れず、つんのめって手をついた。
そのまま腕も使ってウサギみたいにぴょこぴょこ動く。

竜なのに変な動きだ。
でもチビは動いている。
生まれたばかりなのに足を踏ん張って立っている。

俺はそれを見つめ、驚きと感動と関心で何も言えなかった。
当たり前だが竜が生まれるのなんて初めて見たし、こんな卵から生まれて直ぐに立ったり動いたりできる事に驚いた。

その儚げな弱々しさ。
その我武者羅な力強さ。

泥臭くも真っ直ぐな強い生命力。

それを肌で感じ、俺の頬には涙が一筋伝っていた。
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