竜と生きる人々

ねぎ(ポン酢)

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黒き風と生きる

竜と人

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一度その感覚を掴んでしまえば早かった。

死しても竜は竜と言う諺があるが、その通りだ。
いくら生まれて間もないチビでも竜である。
小動物など相手にならないのだろう。
気配や見つけ方、狩り方がわかってしまえば、後は放っておいても自分でバシバシ獲って食べるようになった。
下手をするとこの辺の山ネズミや山ウサギは全滅してしまうんじゃないだろうかとすら思った。

けれどチビにとっては小動物では足りない。
はじめは自分で狩るのが楽しかったのか飽きもせずに狩っていたが、それに見合うだけ腹が膨れない事からもっと大きな獣に目を向けるようになっていた。

いい傾向だ。
そうやって学んでいけばいい。

最低でも小動物は狩れるのだからそんな直ぐに餓死する事はない。
岩陰に隠れた小動物を狩る事で、獲物の気配や物音に意識を向ける事を学んだ。
けれど小動物よりも大きな獲物を狙うにはそれだけでは足りない。
山猫や山ギツネ、小型の山鹿の群れを追いかけながら、チビは体の使い方を理解し始めていた。
のたのたドタドタ動いていたチビは、それでは獲物に出し抜かれる事を理解し、長い鞭のような頭や尻尾の利用方法を学び、飛べない体についた翼を広げ威嚇する方法にも行き着いた。

「……だからってさぁ~。」

俺は目の前で、やっと狩れた山鹿を得意げに食べるチビにため息をつく。
初の大きな獲物をわざわざ俺の前に持ってきたから分けてくれるのかと思ったら、単に狩りの成果を見せに来ただけだった。
肉を分けないにしても、せめて革を剥いで鞣させてくれても良いものを、ちょっとでも触ろうとするとチビはギャーギャー怒った。
ブチブチ食い破った革では使い物にならないし、骨すら噛み砕く竜からすれば動物の生革など気にもならない部分なのだろう。

「全く……。俺がどんだけお前に色々分けてやったと思ってんだよ……。」

俺はそれを見ながら空に石を投げた。
飛んでいた鳥を狩ったのだ。
それを拾いにいく後ろ姿をチビの視線が射抜いている。

「バーカ。これは俺のだ。」

ご褒美のデザートがもらえるとでも思ってたのか?
そう言って獲物を見せつけて舌を出すと、俺からは何でも貰えると思っていたチビは不機嫌そうにダンダンと足を踏み鳴らし、拗ねて自分の獲物の骨をボリボリ噛んだ。
まだ大きな骨は簡単には噛み砕けないらしく、いつまでもガジガジ齧っている。
それも顎の筋力を鍛える事に繋がるのだから、いい事なのだろう。

俺は手にした鳥の血抜きをする。
まだ飛べないチビと食料争いにならない為には、互いの狩場を分ける必要がある。
今は地面の獲物はチビの糧であり、生きる方法を学ぶ大切な教材なので、俺は空の獲物で食い繋いでいた。
この山で育った俺は小さな鳥なら投石で狩る事もできたし、大型の鳥は紐の端に石を括り付けたボーラを使えば狩る事ができた。

そんな俺をチビは真剣な目で見つめている。
多分、小動物の時のように俺から狩りの方法を学ぼうとしているのだ。

けれど俺の狩りは人間のもの。
翼のあるチビの参考にはならないだろう。

でも俺はそれを見せた。
いつか空を飛ぶチビにとって損にはならないはずだから。
地を這う者たちが、どうやって飛ぶ者を狩ろうとするか覚えておけばいい。
飛んでいる時、地に降り立った時、どういう時にどういうふうに狙われるか、どんな方法を取るのか、チビは知っておくべきだ。

山の村を襲った賊が何の目的だったのかはわからない。
でも黒い風を見ても怯まず、むしろ狩ろうとしていた事からも、彼らの目的の一つは竜だったんじゃないかと思う。

この山には黒い風だけでなく他にも竜はいる。
村に来ていた商人は、来る度に竜の卵を取って来て欲しいと頼んでいたと聞いた事がある。
当然、山に住む俺達はそんな事はしない。
どの竜も人間が近づけない場所に生息していたし、そもそも竜は生態系の頂点に立つもの。
人間がどうこうできる生物じゃない。
この山に生きていながら卵を盗むなんて事をすれば、村は竜に襲われひとたまりもない。
どれだけお金や食料を提示されても、誰もうんとは言わなかっただろう。

そうか……。
その結果がこれなのかもしれない。

その危険性の真の意味もわからず、何度頼んでもうんと言わなかった村に商人が痺れを切らしたのかもしれない。
思えばそれぐらいしか、わざわざ商人がこんな辺境の地に足を運んで売り買いをしてくれていた理由が見つからない。
そうやって村に馴染み恩を売り、いずれ目的の物を手に入れたかったのてはないだろうか?
けれどいくらこんな何もない岩山に足を運んでも、村はそれをしてくれる様子がない。
村が商人との接触を厳しく禁じていたのも、まだ良し悪しの判断がつかない子供らが言葉巧みに言いくるめられるのを防ぐためだったのかもしれない。
そう思えば村の変な決まりに納得がいく。

本当のところはわからない。
けれど、子供心に感じていた違和感がストンと胸に落ちた。

村で育った俺には理解できないけれど、山の下には竜を狩ろうとする者や捕まえて自分のモノにしようとする人間がいる。

だから空を飛ぶ竜であっても狩ろうとする者がいる事、飛ぶものを狩るのに人間がどんな手を使うのか、多少なりとも知っている事はチビにとって無駄にはならない。
その意味をわからなくても、記憶の片隅に飛ぶ鳥を狩る人間がいた事を覚えているだけでもいい。
いつかチビが人に襲われかけた時、少しは焦らずに対処できるだろうから。

チビは黒い風の子だけあり頭はいい。
一教えれば十を知る。

けれど危機感はなさ過ぎる。

偶然とはいえ卵の頃からチビの側にいるからわかる。
いくら竜であっても子供は子供だ。

生まれた時から側にいる人間なら何も疑わない。
俺に対してこれだけ何の疑いもなく甘ったれた態度をするのだ。
ずっと俺といるチビは、人間に対して普通の竜より危険認識が低い可能性がある。

それはきっと他の竜も同じなのだろう。

だから商人は竜の卵を欲しがった。
卵から育てれば、俺が狩りを教えられたのと同じである程度思い通りに育てられるのかもしれない。

でも、それは大人になるまでの話だろう。

力がつき、自分で物事の善し悪しを考えられるようになれば、自分より弱い相手に付き従ったりはしない。
他の獣でもそうなのに、竜ほどの力と知恵のある生物がいつまでも非力な人間の思惑通りになるはずはない。

手に負えなくなった竜はどうなるのだろう?
考えたくもなかった。

無事にどこか人のいない場所に逃げ延びる場合もあるだろう。
けれど「死しても竜は竜」。
その死体から得られる全ては貴重な物だ。
高額で売れる。

「……山を降りる時が来たな。」

日が落ち、少し肌寒さを含み始めた風に俺は呟く。

いつまでもチビの側にいては駄目だ。
それはチビの為にならない。

狩りを覚えたのなら、もう心配はいらない。

これ以上、人間に慣れさせては駄目だ。
いざという時、それは迷いとなる。
それはチビの生死を左右しかねない。

「飛べない今しかない……。」

チビはゴツい見た目に反し甘えたがりだから、俺が去れば追ってくる可能性が高い。
離れるなら飛ぶ事を覚える前にしなければならない。
飛べてしまえば、いくらこの山では俺に地の利があると言っても簡単に追いつかれてしまう。

バサバサと翼を動かすチビを見つめる。

でっぷりしていたお腹も引っ込み始め、飾りみたいに小さかった翼も大きくなった。
狩りをする事で体中の筋肉がつき、体幹バランスも整ってきた。
成長速度から考えても近いうちに空を飛ぶ事を覚える。

夜の青さが広がる空に浮かぶ月。
俺はそれを見ながら、別れを心に決めた。
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