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1日目:角もどきと謎の声

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 僕の農奴隷日記、1日目。

 ○月○日。
 葡萄の月。
 天気、晴れ。

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 大変です。
 朝起きたら、庭に変化がありました。


「なんじゃこりゃ……」


 まだお日様が半分しか顔を出しておらず、ほの薄暗い庭の真ん中で、僕は自分の目を何度も疑いました。
 しかし、いくら見直しても目の前の事実は変わりません。


 ひょっこりと。


 種を植えた場所から、二本の小さな、薄紅色の角のような物が生えてきていました。

 いえ、これ、生えてきてるっていうのでしょうか。
 突き刺さっている、のが正しいのかな?

 でも、先端部分が細く地面に近付くにつれて太くなっていっているので、やっぱり生えてるみたいですね。
 突き刺さってるなら、先端がズボっと埋まっているはずですもんね。

 とりあえず、引っこ抜いてみる事にします。


「うんしょ……」


 あれ?

 ぐぐぐ、と思い切り引っ張っても中々抜けません。
 タチの悪い雑草でさえ、ここまで粘る事は早々無いというのに。

 うーん。

 これって一体何なのでしょうか。
 もしや、種から発芽してきたのでしょうか。

 あり得ます。

 20年農業をしてきましたが、こんな変な植……物? 見たことも聞いたこともありません。
 しかし、使った種も同じく種別不明な物です。
 その上ダンジョン産ですので、こういった特異な物が生えてくるのも、不思議ではありません。

 とりあえず、今は様子を見ておくことにしましょう。
 種からの発芽だったら、一応、芽が出る事すらなく終わってしまうというBADENDは回避出来たという事なんですから。

 それに、よく見ると可愛らしいですしね。
 僕は意外と、可愛いものに目が無いのです。

 一応、想いを込めて水を蒔いて置くことにしましょう。
 早く大きくなーれっ、と。







 昼です。
 大変です。
 庭に、また変化がありました。


 畑も燃やされて仕事も無いし、昨日と比べると心の整理も着きましたし、今日はのんびりとランチでも楽しもうと思っていたのですが……。

 あ、ランチは楽しめました。

 鶏肉のステーキにハルハーブ(香りの良い薬草の一種です)を細かく千切って塗し、塩湯でし小さく切ったポティト(ホクホクしてます)を添えて、
 仕上げにブルーソースを使い、自家製のパンで美味しく頂きました。

 ドリンクは、4種の果物を使った贅沢なフルーツジュースです。
 これがまた、濃厚な甘味が口いっぱいに広がって、こくこく飲めて後味すっきりなのですよ。

 やっぱり、わざわざ外にテーブルやら椅子やらを引っ張り出して、快晴の中、爽やかな空気を楽しみながら頂くランチは格別ですね。
 落ち込んでいた気分も、晴れます。



 ――って、そうじゃないですね。
 庭の話でした。

 ランチを済ませてからもう一度、先程の角もどきを見に行ったのですが、……何と、成長してました。

 いえ、元々あまり大きくはない物だったのですが。
 長さだけで言えば、僕の人差し指程度しか無かった角が、指先から肘くらいまでの大きさに成長していたのです。


「んんー?」


 しかし、思わず声に出して驚いてしまうほどの変貌を遂げていたのは、別の箇所です。

 角と角の間……。
 拳一つ分程度空いていたその部分が、軽く盛り上がっていたのです。


「……ええ?」


 僕の勘違いでなければ、まだ種を植えてから1日しか経っていないはずです。

 もしかしたら畑の事がショックで、あれから数日放心状態だったと言う事もありますが、
 まあ、今は前提条件をややこしく考えている余裕はありません。

 兎にも角にも、ここまで成長の早い植物(?)は初めてです。
 というか、やはり種からきちんと発芽していたようですね。そこは良かった。


 しかし、このもっこりとした盛り上がり部分は如何いたしましょうか……。

 勿論、本音は今すぐにでも土を避けて、何が生えてきているのか確認してみたいのですが。
 下手な事して殺してしまうのも忍びありません。
 僕は元 "S級農業者ファーマー" であはありますが、未知の作物に対するスキルまで持ち合わせている訳ではありませんから。


「よしっ」


 サァァァァ……(自作の如雨露です)。

 とりあえず、水をかけておく事にします。
 水は作物の栄養。
 下手に栄養剤等をあげると危ないですが、水ならみんな喜んでくれますからね。

 うん。多分、今日の所はこのくらいでいいでしょう。

 また夜ごろになると様子が変わっているかもしれませんが、他にやれることもありません。
 農業ギルドさんが雑草ごと焼き払ってくれたお陰で、周囲にこの子の栄養を吸い取っちゃう邪魔者もおりませんし。

 いけない、また欝が。


「それじゃあ、また来ますね」


 作物に一言残して、その場を離れます。
 さてはて、この後はどう時間を潰しましょうか……。

 図鑑でも見直して、似たような作物が無いか調べてみますかね?
 時間は、沢山ありますし……。







 夜。深夜。
 大変です。また大変なのです。
 外から、呻き声が聞こえます。


 最初こそ魔物の吠える声かなーとも思ったのですが、よくよく考えてみれば、魔物は隔離魔術で家周辺には近付かないようにしています。
 でもそれじゃあ、一体何の声なのでしょう。

 庭が生きていた頃はマンドラゴラ(引き抜くと赤子がキレたような叫び声を上げる作物です)が呻いている事も稀にありましたが……今回は、それとは違いますよね。
 庭、死んでますし。


「誰か、いるのですかー?」


 もしかしたら人間かとも思い、窓から呼びかけてみましたが反応はありません。

 となれば、何でしょう?

 もしや、ゾンビとか?
 ゾンビなんてファンタジーの世界に登場する物だとばかり思っていたので、現実感はありませんが……。


 しかし困りました。
 もしゾンビだとしたら、襲われでもしたらこちらが危ないです。

 角もどきが心配ですが、果たして大丈夫でしょうか。
 今すぐにでも飛び出して、せめて何か対策を練りたいのですが、どうもゾンビだと思うと恐怖で足がすくみます。


 どうも、今日は動ける気がしませんね。
 願わくば、かわいい角もどきさんがゾンビに食い散らかされていませんように……。


 ――そんなまじないを掛けて、今日は眠る事にします。
 うぅ、けどゾンビの声も気になって、中々寝付けない予感。


 今晩は、徹夜ですかね……。
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