ダンシング・オン・ブラッディ

鍵谷 雷

文字の大きさ
45 / 76
第2章

16話

しおりを挟む
 セレスタは目覚めると同時に頭痛と吐き気を感じた。また迷惑をかけたようだ。
 窓から大通りに目をやると、軍服やローブを着た人間が多く見かけられる。ローブはマルツィアの着ていたものを簡素にしたもので、綺麗な白が陽光で眩しい。
 眠っているリュシールを横目に部屋を出る。下階では宿屋の主人が掃除をしていた。挨拶とともに簡単な朝食を提供してくれると言ってくれたが、少し歩きたいからと遠慮する。パンの焼けた匂いに体が釣られ、いくつか買ってしまう。
 今更だが人間と吸血鬼のハーフであるリュシールは血液以外の食事を摂ることは出来るのだろうか。ちなみにセレスタは人間の時と同じように食べることが出来る。しかし、時々血液も摂らなければ空腹がやってくる。

「セレスタさん?」

 昨日聴いたばかりの柔らかい声に名を呼ばれる。

「マルツィアさん、昨日はありがとうございました」
「こちらこそ、楽しい時間だったわ」
「お忙しそうですね。何かあったんですか?」
「……ごめんなさいね」

 マルツィアが小さく手を挙げると魔術師が集まってくる。

「貴女を連行させてもらう」
「何故?」
「ここでは言えないの」
「…………」

 セレスタは了承の意を示すような表情で両手を挙げる。軍服の男女二人が両脇に立ち、歩くよう促す。
 連行される心当たりなど十分すぎる程にあるが、様子からして不法侵入や吸血鬼であることとは考えにくい。"光"がバレたといったところだろう。それよりも残してきたリュシールが気掛かりだ。隠れるための魔術を付与したマントを置いてあるが、効き目は一日程度だ。自分を探し回っていたら効果は直ぐに切れてしまう。昼間は闇の魔力は薄まるとはいえ、自分と違って赤い瞳も牙も隠れない。吸血鬼狩りには気づかれる可能性が高い。

「少しいい?」
「何だ?」

 隣に立つ軍服の女がぶっきらぼうに返事をする。

「昨日泊まった宿にお代払ってないんですよ。あと、何も食べてないからお腹が空きました」
「やかましい! とっとと歩け!」

 怒鳴った女にマルツィアが顔を向ける。女は萎縮して「出過ぎた真似をしました」と謝罪する。マルツィアはセレスタに向き直った。

「宿屋の名前を教えて。代わりに払っておくから。パンを無駄にしてしまったのも謝罪するわ。けれど食事は待ってほしいの」

 宿の名前を伝えたらガサ入れされる可能性もある。言うかどうか悩んだが、リュシールを信じることにした。ここで余計な時間稼ぎや嘘は通用しない気がしたからだ。
 宿の名前を告げるとすぐに一人の魔術師が宿の方へ引き返す。セレスタはそれを気にしないフリをする。

「お城の方へ向かってるんですね」

 今度は誰も返事をしなかった。
 しばらく歩くと巨大な門がそびえ立っていた。マルツィアは同行していた軍服の男女や魔術師たちに元の持ち場に戻るよう告げた。

「私が逃げるとは考えないんですか」
「そのつもりなら道中で逃げているでしょう? それに貴女は悪いようにはされないという考えに至っているはず。だからここまで来てくれた。違う?」

 心でも読めるのだろうか。いや、昨日の図書館での会話から察するに思考回路が似ているところがあるのだ。流石に他人の心配をしていることまでは至らなかったようだが。
 城内にはほとんど人がいない。いくらか階段を登り、書斎のような部屋に通された。マルツィアが手をかざすと壁が開き道が現れた。
 しばらくそのまま壁の先の暗い道を直進させられたが、突き当たりで急に立ち止まり

「この先にいる人達は私みたいに優しくないわ。言動、行動には十分に気をつけて」

 と言いながらまた手をかざす。明るく広い部屋に通される。部屋というより玉座の間というのが相応しいだろう。天井や壁は美しいガラス細工、床は華美な織物、正面には長い階段、登りきったところにはカーテンが見られた。
 階段の前には三人の男が立っていた。マルツィアと同等の強い魔力を感じる。彼らもまた聖騎士長なのだろう。

「確かに相当な魔力を有しているな」

 白髪混じりの男が口を開いた。

「はい、昨日の多量の魔力放出に関係あると考えております」
「調べさせてもらったが、ここ十日の間にアステニアからの入国はねえ。姉ちゃん、この国にはいつ来た?」

 若い男が口を挟む。

「……三、四日前です。昨日は見栄を張ってアステニア出身と言ってしまいましたが、本当は行商の出のため、出身と言える国がないのです」

 多くの国では商品のチェックはするが、商人へのチェックは緩い。国外からでは閉鎖的な印象を受けるが、国内では行商も多く見られた。商人として入国したという嘘が最も信憑性があるのではないかと考えたのだ。
 若い男は疑いの表情を変えず、鼻を鳴らす。さらに何か発言しようとした時、カーテンの奥から足音が聞こえた。

「教皇様!」

 三人がカーテンの方へ体を向け、片膝をつく。セレスタも取り敢えずそれに倣う。

 その瞬間、セレスタは何かが聞こえた。声が直接頭に語りかけてきた感じだった。といっても断片的にしか聞こえず、意味を成す言語は認識できなかった。

 足音が止まると、カーテン越しに教皇が言葉を発した。

「その者は何だ?」

 カーテンの奥の女性が強い口調で発する。姿は見えないが相当な魔力を感じる。恐らく聖騎士長たちよりも魔力量は多い。

「この者が昨日の多量の魔力放出に関係していると考えております」
「そうか……」

 魔力放出の原因は間違いなく自分だが、正直に「はい、そうです」と告げるわけにはいかない。彼らの態度はそれに対して警戒しているというものであり、詳しく調べられたくはない。

「お主、名はなんという?」
「セレスタ・ラウです」
「魔術師の家系のものか?」
「母方の祖父は魔術師だと聞かされていますが、それ以外に親戚に魔術師はおりません。私の知る限りでは、ですが……」
「ふむ……アレッシオ、どう思う?」
「教皇様と同じ力を持つもので間違いないかと存じます」

 アレッシオと呼ばれた白髪混じりの男が答える。すると教皇は

「セレスタ、ともに昼食でもどうだ? 昼になるまで城でゆっくりしているといい」

 と先程と打って変わって軽い口調で言った。聖騎士長たちは思わず顔を挙げる。

「アレッシオ、食事の用意をさせろ。分かっているだろうが来賓待遇だぞ」
「はい」

 マルツィアが部屋に案内してくれた。館の自室よりもさらに広く、調度品は派手すぎないが一目で高価だと分かるものばかりだ。

「セレスタ様、先程は罪人のような扱いでお連れして失礼致しました。ご無礼をお許しください」
「マルツィアさん、さっきみたいに普通に話してもらえませんか? まだ会って短いけど貴女のこと友人だと思っているから」
「……ありがとう。優しいのね」
「でも、わざわざ一人で案内してくれたのはそれが言いたかっただけじゃないんでしょう?」
「ええ、気づいたとは思うけど教皇様は誰にもお顔を見せないの。私も対面したことはないわ。それを良く思わない者も出てくるかもしれない。城内でも油断はしないでね」
「分かりました。ありがとうございます」

 微笑んで返事をしたが、マルツィアは申し訳なさそうに部屋を出ていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

巻き込まれ異世界召喚、なぜか俺だけ竜皇女の推しになった

ノラクラ
ファンタジー
俺、霧島悠斗は筋金入りの陰キャ高校生。 学校が終わったら即帰宅して、ゲームライフを満喫するのが至福の時間――のはずだった。 だがある日の帰り道、玄関前で学園トップスターたちの修羅場に遭遇してしまう。 暴君・赤城獅童、王子様系イケメン・天条院義孝、清楚系美少女・柊奏、その親友・羽里友莉。 よりによって学園の顔ぶれが勢ぞろいして大口論!? ……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい! そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。 赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。 「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」 そう、他人事のように見送った俺だったが……。 直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。 「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」 ――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする

ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

処理中です...