灯り火

蓮休

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灯り火

理事長

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 七水菜なずな先生を先頭に俺と天ノ川あまのがわが後ろから付いていく。三人で職員室に向かって歩いていると七水菜先生が後ろを振り返り俺と天ノ川に話しかけてくる。
「二人はどうしてあんな自己紹介をしたの?」
「私は私の思ってることを言っただけだ」
「俺も俺の思うことを言いました」
 俺と天ノ川の答えに七水菜先生は目を閉じる。しばらくして目を開けた七水菜先生が真剣な表情で俺達を見つめる。
「それは自己満足じゃない?」
「なんだと!!」
 天ノ川が怒って言葉を返すが七水菜先生は動じず言葉を続ける。
「別に二人の言ったことを否定する訳ではないよ、目標があるのは良いことだと思う。けど、この先二人が本当にその目標を目指すなら今日の自己紹介は失敗だったかな」
「テメェ!!」
 七水菜先生に掴みかかろうとする天ノ川の手を俺は掴む。
「放せ!」
「落ち着け天ノ川」
「こんなこと言われて落ち着いてられるか!」
 天ノ川が俺の手を振りほどこうとするが俺は天ノ川の手を掴み続ける。天ノ川の手を握った状態で俺は七水菜先生と向かい合う。
「気を悪くしたらごめんね。でも失敗したと思うのは本当だから、二人の目標は決して自分一人の力だけでは達成できない。本気で叶えようと思ったら多くの人の力が必要になってくる、けれど今日の二人は自分のことだけしか考えていなかった。そんな人に周りは付いてこないし、二人の目標は達成することは出来ないよ」
七水菜先生は申し訳なさそうに俺達を見る。
「もし本気で借屋かりや君と天ノ川さんが自分の目標を目指すならもう少し周りに目を向けた方が良いと思う」
 七水菜先生は最後に噛み締めるように呟く。
「人間は
 俺と天ノ川はなにも言えず七水菜先生を見つめる。
「さて、職員室に行こうか」
 そう言って七水菜先生は人懐っこい笑顔に戻り廊下を歩いていく。天ノ川も前に進もうとして俺の手を引っ張る。
「いい加減離せよ」
「あ、ごめん」
 俺は急いで手を離す、天ノ川は七水菜先生の後をついていく。
「止めてくれてありがとう」
 離れる際に天ノ川が呟き、その言葉を聞いた俺は少し笑ってから二人の後を追った。

 三人で廊下を歩いていくと職員室と書かれた場所に辿り着く。しかし、七水菜先生は止まることなく進んでいく。
「おい、職員室に行くんじゃなかったのか?」
「うん、職員室だよ。まあ正しくは一番偉い人の職員室かな」
「まさか!?」
 天ノ川はなにかに気付いたようにその場で立ち止まる。俺はそんな天ノ川を追い抜き七水菜先生についていく、立ち止まっていた天ノ川も嫌々ついてくる。
「さて到着だよ」
 そう言って七水菜先生は理事長室と書かれた扉の前で立ち止まる。
「嫌だ嫌だ嫌だ」
 横にいる天ノ川は首を横に振りながら独り言を呟いていた。
「じゃあ行きましょうか」
 七水菜先生はそう言って理事長室の扉をノックする。
 コンコン
「入りなさい」
 中から厳かな声が聞こえ七水菜先生が理事長室に入っていく。俺も七水菜先生の後に続き入っていき、天ノ川はひどく落ち込んだように無言で付いてくる。
「失礼します理事長。天ノ川三希みき、借屋たけるを連れてきました」
「うむご苦労」
 理事長室の中にいたのは入学式の壇上で挨拶をしていた白髪の老人だった。理事長は七水菜先生に声をかけながらこちらを見る、理事長の見た目は白髪をオールバックにして年齢を感じさせない。そして、意思の強そうな目は衰えることなく威厳を感じさせる。
「借屋武君、入学おめでとう」
「ありがとうございます」
 そんな定型文の会話を終えると理事長は次に天ノ川に目を向ける。
「我が愛しきエンジェルよ、入学おめでとう。おじいちゃんは嬉しいぞ」
 理事長が猫なで声で話し、話しかけられた天ノ川は心底嫌そうに顔を背ける。理事長室が沈黙に包まれる。
「どうした我が愛しきエンジェルよ、どうかセイレーンのような声を聴かせておくれ」
「黙れクソじじい」
「な、黙れと言うのか我が愛しきエンジェルよ。それは儂とは会話したくないと言うことか?そんなの儂が死んじゃう、ああ死ぬ前におじいちゃん大好きと言ってくれないか?」
「くたばれクソじじい」
「冷たい、我が愛しきエンジェルが冷たすぎる」
「クソじじい、その呼び方で私を呼ぶな!」
「なにを言うか!我が愛しきエンジェルよ。エンジェルをエンジェルと呼ばなければエンジェルに失礼だろ」
 天ノ川が理事長に殴りかかりそうだったので話に割って入る。
「理事長、俺達になにか用事があったのではないですか?」
「うむそうだった。二人に伝えなければならない大事な用件がある」
 理事長は意思の強そうな目で俺達を見る。
「ずばり二人にはこれから同棲してもらう」
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