灯り火

蓮休

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灯り火

来訪

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 外に出ると太陽が燦々と輝いていた。時間は昼過ぎ、俺は天ノ川あまのがわに話しかける。
「天ノ川お腹空いてない?」
「大丈夫だ」
「そうか良かった」
「朝の時もだけど、なんで最初に空腹かどうか聞くんだ?」
「だって食べてないと苦しいだろ」
「まあ確かに」
 そんな会話をしながら帰り道を歩いていく、その中でお互いの呼び方を決めることにした。
「俺のことは借屋かりやたけると呼んでくれ」
「借屋武は長いから武で良いか?」
「構わないよ」
 天ノ川に名前を呼ばれ胸が熱くなる。
「どうかしたか?」
「いや、久しぶりに名前を呼ばれたから嬉しくて」
「そうなのか?」
「うん、朝火あさひ以外に呼ばれることはなかったから」
「朝火という人は武の祖父か?」
「そうだよ、朝火は借屋武の祖父だ」
「変な言い方だな」
「ただの事実だよ。そっちはなんて呼べば良い?」
「私のことは。それ以外なら何でもいい」
「じゃあ我が愛しきエンジェルとか」
 その言葉を言った瞬間、場の空気が凍る。天ノ川のキリッとした意思の強そうな目が絶対零度の殺意で俺を見る。
「ごめんなさい冗談です」
「武、冗談でも言っていいことと悪いことがある」
「本当にごめん」
「まあ、分かってくれたら良いよ。とりあえず私のことは三希みきと呼んでくれ」
「うん」
 俺は天ノ川改め三希に向き直る。
「三希これからよろしく」
「こちらこそよろしく、武」
 三希と握手を交わす。その後、家までの道中はお互いにあまり話さず景色を見ていた。別に居心地は悪くなく、一瞬、殺意を出していた三希も終始笑顔だった。
「ここだよ」
 二十分程で目的地にたどり着き、俺は白い家の前で止まる。
「立派な家だな」
「ありがとう」
 家の外観は白で統一されており、高さは八メートルの二階建て。門から玄関まで六十センチ程の距離がある。
「行こうか」
「頼む」
 俺達は門を潜って玄関に向かう。玄関に入ると立て掛けられた写真が目に入る。
「ただいま」
 俺はいつもの癖で写真に挨拶をする。
「武、この写真に写っている人は?」
「朝火だよ」
「この人が」
 三希が興味深そうに写真を見る。写真に写る初老の男性は白髪をストレートに下ろし、白い髭を胸元まで伸ばしており全体的に優しい印象を受ける。
「優しそうな人だな」
「うん、優しかったよ」
 俺は笑顔で答える。家に入った俺達は二階の部屋を目指す、扉を開けると殺風景な部屋に白い段ボールが何個か置かれていた。
「やっぱり」
 俺は納得しながら、後ろの三希に振り返る。
「たぶん、これ三希の荷物だよ」
「えっ!」
 三希が驚いて段ボールを開けて中身を確認する。
「本当だ!」
白雨はくう理事長が三希の荷物を運んでいると言っていたから、ここだと思ったんだ」
「どうしてだ?」
「この部屋は朝火の部屋なんだ。白雨理事長はこの家の合鍵を持っているけど、俺はほとんど会ったことがない。けど、朝火の部屋にはよく来てるみたいで俺の仕送りもこの部屋に置かれてるんだ」
「なるほど。けど、それ怖くないか?」
「どうだろう。白雨理事長は悪い人ではないと思うけど、三希はどう思う?」
「まあクソじじいは悪い奴ではないよ」
「じゃあ問題ないよ。とりあえず段ボールから三希の荷物を取り出そうか」
「えっ!」
「早めに片付けないと日が暮れるからね」
「いやいや、ちょっと待てって!」
「どうかしたか?」
 三希とそんなやり取りをしていると背後から殺気を感じる。俺は急いでその場から飛び退き、三希を庇うように背後に隠し後ろを振り返る。
「ほう中々やりますね」
 そこに居たのは黒い装束を羽織った妙齢の女性だった。俺は警戒を強めるが三希が驚いたように女性を見る。
千鶴ちづる!」
 三希の言葉に対して女性が一礼する。
「ごきげんようお嬢様」
 俺は二人のやり取りを見て、とりあえず警戒を解く。
「三希の知り合い?」
「私の家の侍女だ」
「お初にお目にかかります借屋武様。私、天ノ川家に侍女として仕えております村雨むらさめ千鶴と申します。以後お見知りおきを」
 侍女さんが俺に向かって一礼する。
「ご丁寧にどうも、それで侍女さんがなんのご用ですか?」
「はい、お嬢様の荷物の荷解きを手伝いにきました」
「荷解きですか?」
 俺の言葉に侍女さんが先程の殺気を出す。
「先程、武様はお嬢様の荷物に触れようとしましたね」
「うん、片付けを手伝うために」
「僭越ながら申しますと武様はもう少し女性に気を遣うべきだと思います」
「?」
 俺は意味が分からず首を傾げてしまう。
「とりあえずお嬢様の荷物は私が手伝いますので武様は部屋の外に出ていて下さい」
 侍女さんに言われ俺はどうして良いか分からず三希を見る。
「武、部屋の外に出ててくれ」
「分かった」
 俺は部屋から出ようとして、気になっていた事を侍女さんに聞く。
「侍女さんはいつから居たんですか?」
「お嬢様の荷物をこの部屋に届けてからずっと居ましたよ」
「でもこの部屋に最初に入って来たとき居ませんでしたよね?」
 俺の質問に侍女さんが得意気に答える。
「お二人が部屋に入られた直後にドアの隙間に隠れました」
「なんでそんな事を?」
「武様がお嬢様に不埒な行いをした場合、すぐに殺るためにです」
「えっ」
「ウフフ、武様がまあまあの紳士で良かったです」
 侍女さんがすごく良い笑顔で言う、俺はただただこの人は怖いなあと思いながら部屋から出た。それから俺が部屋に入れたのは日が傾いた夕暮れ時だった。
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