灯り火

蓮休

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灯り火

水泳

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 バチャバチャバチャバチャ
蒼井あおい君、手で水を押す感じ」
 バチャバチャバチャバチャ
「沈んでいってる蒼井君」
 バチャバチャ・・・・・
「蒼井君!?」
 先輩がプールの中に入って蒼井を救助する、俺と宗司そうじはその光景をなんとも言えない気持ちで見ていた。

 十五分前、俺達三人が水泳部にたどり着くと筋骨隆々の男子生徒が近づいてくる。
「こんにちは蒼井君」
近藤こんどう部長、今日もご指導のほどよろしくお願いします」
「そっちの二人は見学かな?」
「はい、友人の借家かりや君と菊一きくいち君です」
「私は三年の近藤とおる、水泳部の部長です。よろしくね」
 近藤先輩が手を差し出す、俺は左手で握手をする。
「借家たけるです本日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく借家君」
 握った近藤先輩の左手にはまめができていた。俺との握手の後、近藤先輩が宗司に話しかける。
「久しぶり宗司君」
「ご無沙汰しています徹さん」
 宗司が近藤先輩と親しげに話す。
「菊一君は近藤部長と知り合いなの?」
「応、兄弟子だ」
「まあ私より宗司君の方が強いけどね」
 近藤先輩が苦笑して言う、そんなやり取りをしていると徐々に人が集まり始める。
「おっと、部活が始まる時間だ」
「分かりました」
 蒼井がかばんを持って更衣室に向かう。
「俺と宗司は邪魔にならないよう端っこで見学してます」
「了解、それじゃあ皆ウォーミングアップをしようか」
 水泳部員の人達がウォーミングアップを始める、途中から競泳水着に着替えた蒼井も参加する。そしてウォーミングアップが終わり水泳部員の人達がプールに入っていく、そのなかには新居浜にいはまの姿もあった。
「よし、まずは背泳ぎ五十本、平泳ぎ五十本、バタフライ五十本、クロール五十本、終わったら十五分休憩してそれを三セット繰り返すよ」
「「「はい!」」」
 水泳部員の人達と新居浜が等間隔で泳いでいく。そしてプールサイドには近藤先輩と蒼井が残った。
「さて蒼井君、泳ぐ練習をしようか」
「はい」
 二人はプールに入り、蒼井の両手を近藤先輩が握る。
「蒼井君、プールに顔をつけてバタ足してみよう」
「わかりました」
 蒼井が近藤先輩に言われた通りプールに顔をつけてバタ足をするが。
「武、進んでないよな」
「うん」
 蒼井は一生懸命に泳ごうとしているが溺れているようにしか見えない。
「蒼井君、姿勢を真っ直ぐに」
ブクブクブクわかりました
 近藤先輩がアドバイスをするが蒼井は激しく溺れていた。

 十五分後、救助された蒼井が荒く息をつく。
「蒼井君、大丈夫かい」
「ハア、ハア、大丈夫です」
「少し休憩する?」
「いえこのまま続けます」
「了解した」
 そこから二時間、蒼井は必死に練習したが泳げるようにはならなかった。
「今日はここまで」
「ハア、ハア、僕はまだやれます」
「やる気あるのは良い事だけど、これ以上は体が冷えるしプールの使用時間も限られてるから」
「わかりました」
 蒼井と近藤先輩の話が終わると水泳部員の人達が集まってくる。
「みんなもお疲れ様、今日はこれで終わりだ。各自ストレッチを忘れないように」
「「「はい!」」」
 部活が終わって俺と宗司は蒼井に近づく。
「お疲れ蒼井」
「ありがとう借家君」
「惜しかったな蒼井あと少しで泳げると思うぞ」
「菊一君もありがとうね」
 俺達が話していると新居浜がこちらを見ていた、それに気付いた宗司が睨むが新居浜はなにも言わずに立ち去った。
「俺達も帰ろう」
「うん」
「応」
 水泳部を後にして、三人で帰っていると俺は忘れ物したことに気づく。
「忘れ物したから、ちょっと取ってくる」
「僕たちも行こうか?」
「いや二人は先に帰ってて」
 俺は二人と別れて水泳部に戻る、プールには水泳部員が何人か残っており話をしていた。俺は壁に張りついて会話を聞く。
「近藤部長は優しすぎる、泳げない奴なんて放っておけばいい」
「本当よねーそもそも泳げないのに水泳部にくるとかバカなんじゃないの」
「そうだよな、泳げない奴がくるとかマジ最悪」
 俺は壁を背にして怒りをこらえる。
「何してるんですか」
「あ、新居浜君。今あの泳げない奴の話をしてるんだけど」
「あいつ邪魔だよね早くいなくなればいいのに」
「すいません先輩方」
「なにどうしたの?」
「先輩方の目は節穴ですか?」
「「「はあ!?」」」
「確かにあいつは泳げない。けれど休みなく二時間プールに潜り続けるなんて間違いなくあいつは体力がある、俺はあいつが蒼井が泳げるようになることが末恐ろしいです」
「ふざけんな!新居浜あんま調子に乗るなよ」
「俺は事実を言っただけです」
「なんだと!?」
 一触即発の状況に近藤先輩が声をかける。
「お前ら何してる、鍵閉めるぞ」
「「「はい」」」
 近藤先輩の言葉に残っていた水泳部員の人達が帰っていく。
「新居浜君はまだ帰らないのかい?」
「すみません少し残ります」
「そうか、ではプールの鍵を任せてもいいかな?」
「分かりました」
 近藤先輩が帰っていくと新居浜が話しかけてくる。
「いい加減出てこい」
「気づいていたのか」
「あれだけ殺気が出ていたら誰でも気づく」
 俺は壁から離れて新居浜の前に行く。
「よくあんなに正々堂々と言えるね、怖くないの?」
「俺はただ事実を言っただけだ」
「けれど、それは少数側だろうな」
「それでも俺は
「そっか」
「ところで貴様はなんで戻ってきたんだ?」
「木刀を忘れてた」
「いや貴様の方が怖いよ」
 木刀を拾ってプールサイドを後にした。
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