世界が終わるまでは死にたくても死ねない話

ミヤハル

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世界が終わるまでは死にたくても死ねない話

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 朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました」と言う。

 そういえばそうだっけ。
 私はつけっぱなしのテレビをみて、呟いた
 仕事が忙しすぎて忘れていたのだ。
 もうそんな時期まで来てたんだ。
 私はあけたままだった冷蔵庫を閉じ、冷凍庫を開けた。
 一人暮らし用の小さい冷凍庫には、冷凍食品がたくさん入っている。
 しかし。
「アイスがない」
 アイスを食べなきゃ。
 食べたいと思っていた。
 忘れていたんだ。これも。

 私は看護師である。
 今日は休みだけど、明日は仕事だ。

 今日、買いに行かないと。

 看護師の七年目というと、まだまだ若手だったりして。
 やっと信頼されるようになってきたなーって感じはあるけども。
 上はまだまだたくさんいるけど、下の子もずいぶん増えたので、色々下の子から目が離せないこともあったりして。
 世界が終わる直前、病気の人はまだまだいる。
 なんなら明日どころか今日死かもしれないような人が、何人も。
 そんな人たちは今この瞬間に、病院にいる。
 私はそこで働いている。

 病院のコンビニに買いに行こう。そう考え、私はとりあえず、服を着替えた。
 偉いので昨日ちゃんと風呂に入った。ちなみに水もガスもまだ生きてる。――病院だからっていうのもあるだろうけど。
 私が住んでいるのは病院の敷地内のある看護師寮なのだ。

 さすがに世界が終わるとなると、皆だいぶ気持ちが荒くなってしまって、いろいろ危険なことも多いし、イヤになって病院から去ってしまった人はたくさんいる。
 そんな中でも善意の固まりのような人や妙な責任感を感じてしまう人がいて、そんな人達がいるから、まだ病院は動いている。

 コンビニもその機能の一つだ。
 こんな事になる前はそれこそ町中でたくさん見かけたそれらは今やだいぶ数を減らした。
 形は残っていても、荒らされてものがなんにもなかったり。
 あっても、品数に限りがあったり、妙に高価になってたり。
 でも、このコンビニは善意の一つ。
 何しろ、ここはもう病院と一体化して、必要なものは何でも取りそろえる本当の何でも屋になっているからだ。
 
「ちわっす。あれ、篠見さん、今日休みじゃなかった?」
「いえいえ、前行ってたアイスを買いに」
「アイスですねー、ちょうど今日色々な種類が届いたんすよ。アイス工場かどこかが放出したとかで」
「やったー」
 コンビニの店員さんとは仲良くなった。
 若い彼はまだ20歳そこそこ。たまにノリに付いていけなくなることもあるけど、一蓮托生的なやつで、こんな極限状態でまともに働いている同志じみた仲間だ。
 彼の唯一の家族だった母親は先月私の病棟で亡くなった。
 母一人子一人で、支え合っていたという。
 彼は母親を見舞いながら、病院のあいた病棟を改造した部屋で生活し、まだ元気だった頃の母親に叱咤され、あいた時間をコンビニで働いていた。
 母親が亡くなってからある程度の期間、レジにも出なかったし、姿を見なかったので、遠くにいってしまったかな、と思ったのだけど。
 二週間くらいしたらレジにまた現れた。
 どんな心境変化があったかなんて、誰も聞かない。
 彼も言わない。
 病気になるまではシングルマザーとして大学に生かせてやりたいとぼろぼろになりながらも働いていた母親の背中を思い出したのか。他の患者さんの助けになりたいのか。
 細かいところはわからないし、わかる必要もないだろう。

 なんでもいい。
 ここにはやることがあって、働くだけだ。

「いやー、本当にいろんな種類があるね」
 最近は物資も少ない。
 こんな状況でも当たり前ながら、コンビニの役割とは需要のあるいろいろなものを入荷し、それを売ることだ。
 しかし、これがやっぱりとっても大変なわけで。

 還暦過ぎのコンビニの店長はがんばっていたが、年輩なこともあり、なかなか時間が経つにつれ、いろいろ入手手段が限られていった。
 いや、彼の入手手段もすばらしいのだ。縁のある人づては強い。
 しかし、今や物資が少なすぎると、なかなか人づてだけというのも難しい。
 そうなると強いのが若者パワーである。
 今なお生きるネット社会に精通した少年はそれらを用いてアイスやお菓子等の調達に長けている。
 補い合っているのだ。いいことである。

 何種類もあるなかで、アイスを選んで会計に向かう。
「もっと買ってけばいいのに」
 そうかな。物資が少ない中だし、一個買っただけで割とドキドキなんだけど。
「一応、患者さんに明日食べたいか聞いてみようと思ったんですよ。栄養士さんも食が細くなった人が多いって不安がってましたし」
 私の言葉に少年は肩をすくめた。
「栄養士さんさっききてたよ」
「えっそうなんですか」
「アイスの名前メモしてったから、今お昼に食べる患者さんがいるか病棟で聞いているんじゃないかなぁ。今日も一人、入院が入ったっていってて。ごはん一人分増やさないといけないから、アイスで量増やせないかなって悩んでた」
「さすが……」
「あと、こういう甘味は作りづらいのもあるからうれしいっていってた」
「そっかぁ」
 栄養士さんも残っている。
 最初は減っていったり調達しにくくなる物資に頭を抱えて半泣きになっている姿をよく見たものだが、徐々にサバイバルスキルや農業スキルを身につけ、何でもつくります的な感じになってきた。
 地方都市とは名ばかりの、畑ばっかりある田舎に病院があるのはこういうときにありがたいものだ。
 ――一応公立の病院なんですけど。
 まぁ、公立の建物ほど、土地がやすい田舎よりに立つっていうのも良く聞く話なので……。

 医療はチームプレイだ。
 医者だけ、看護師だけいても話は始まらない。
 様々なプロが集まってこそ、病院というものは機能する。
 奇跡だと思う。この病院で、少しでもその活動を止めることがなく、動き続けることはできる今が。
 誰かひとりかけても、誰かを救うことができない。
 いまでもできないことはたくさんある。
 例えば、大きな手術はできないし、やらない。痛みだって、医療麻薬が手に入らない今、どうしようもない部分もある。
 でも、医療も看護もまだできることがあるのだ。

「――あの、すこし質問があるんだけど」

 会計を終わらせ、コンビニを出ようとしたところに話しかけられ、私は首をかしげる。なんだろ。
 少し店員の彼は悩むように視線をさまよわせたあと、口を開いて、いった。
 
「俺は、かあさんがいたし、もう選択しなんてなかったけど、篠見さんはそういうのじゃないよね。ここで最後までいる必要ないんじゃないの?篠見さんは、――なんでここで働き続けんの」

 この世界は今、終わりを迎えようとしている。なのに、私たちは生きているだけじゃなくて、働いてる。
 それも他人のために。
 善意の人、妙な責任感の人。
 私はなんでここにいるのか。改めて問われると少し悩む。

「――頼れるロボットができなかったから、かなぁ」

 そういう言葉しかでてこなかった。

「もっと科学がすすんで、人の世話を他人がしなくてもよかったら、ここにいなかったかも。でも、ここにいるしかないんだよね。私が看護師である以上」

 店員君を見る。本当は彼だって別にこんなところに縛られる必要なんてなかった。
 母がいたから、と言ってたけど、もう彼の母親は亡くなっているのだ。ここから去ってもいい。
 わざわざ頑張らなくてもいい。あと一週間、海だけ見て過ごしたっていいはずだ。

 そもそも、この世界の過半数の人は、みんな逃げたし、戦ったし、殺しあってたし。

 人口も、いまは正確に確認する手段がないけど、だいぶ減ったと思うし。

 そう考えると病院にいる人は――まぁ、動くことのできない患者さんを除いていること自体がおかしい人達だけだ。

 私だって、なんでここにいるのかよく考えてもわからなくなることがある。
 世界の終わりがわかった最初のころはテレビをみて泣いた覚えがあるけど。どんどんそれが麻痺した。
 だって、そこに患者はいるし。私が必要だし。

 端から見れば、この病院は世界の終わりなんて非日常が存在しないような普通の生活をしている。
 でも、実際はこんなときにこんな普通の生活をしているのは一番の非日常なんだと思う。

 今朝のニュースキャスターだって、コンビニバイトくんだって、私だって、仕事をしている。
 それがどれだけ不思議なことか。
 自己矛盾とともにいきていくのだ。
 人間だから、なのかも。
 なんつって。

「自己犠牲精神っていうほどのものでもないと思うんだよね。ただ、やらないとなーみたいな。一種の麻痺かもね。現実逃避みたいな。何をしていいかわからないから、働いているっていうのも、あると思う」

 私の言葉に店員君はわかったようなわからなかったような顔でうなずいた。
 いや、わかるわけないな。私だってわかんないのに。
 でも、正直結論なんてださなくていいと思う。だって、人間だし。

「じゃ、私はまた明日くるので」
「はーい」

 店員君に手を振り、私はコンビニを出た。

 歩いてそのまま、屋上に向かう。
 こうなる前はいつも屋上には鍵がかかっていた。でも、最近はもう鍵はかかっていない。
 ――自殺防止、そんなものはもう必要ない。死にたければ死んでもいい。いつ死にたいかなんて、死ぬべきか生きるべきかと倫理として説く暇なんて誰にもないのだ。そんな余裕はもう、ない。
 
 屋上から、私は空をみる。
 アイスの袋を開け、一口かじった。
 

 おおきなおおきな塊が空を覆っている。

 まっしろのなにか。徐々に地球を覆う、それ。
 もう、見慣れたそれ。


 店員君には言えなかった。本当は怖い。これからどうなるのか考えると胃が痛くなる。せっかくのアイスも、味が全然わからない。
 何人も患者さんを見送ってきた。死は日常的なことだ。
 でも、七日後何が起こるのか想像するといっそ、いまこの場で飛び降りたほうが、七日後を待つよりもよっぽど楽な気がする。
 それでも。
 
 ――遠くで救急車の音が聞こえた。
 見ると、街中で煙が上がっている。火事だろうか。
 この近辺で稼働している病院はここだけだ。
 事故もケガも病気も出産も何もかもみんなここに集まる。
 
 
 一週間後には世界が終わるのに、いまこの瞬間も誰かが死んで生まれていく。
 とてもちっぽけで、世界をすくうなんてまったくできないけどそれでも。私にはできることがある。

 だから、死にたくても死ねないんだよね。世界が終わるまでは。
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