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第二章
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「今は何の記事を書いているんだ?」
四谷は宣言通り、翌週の土曜日に童話の森アイランドへ椎菜を泊りで連れてきてくれた。人気のホテルを直前に二部屋も取るなんてどんな魔法を使ったのだろうか。不思議な気もする。
今日はムーミンやプリンセスをまわり、残りは明日ということにしてアイランド内のレストランで食事をしているところだった。アリスパークで耐性ができたからか、今日はいつも通り取材に徹することができた。
「デート記事を書いています」
四谷が聞きたいにはそれではないだろう。だが、面白半分に伝えると想像通り四谷がイヤーな顔をした。
「それは再来月分だろう?そうではなくて、来月分用に書いている記事の方」
先週会った時も別人のようになったと感じていたが、今の四谷はまるで長い付き合いのある友人のような、そんな気安さを感じた。
「人形の館です。……ちょっと面白いお店で、一度取材に行っただけですけど、それだけでも色々書けそうなんですよ。……もちろん、まだもう少し取材して書きますけど」
「面白い?」
「ええ、面白くて才能溢れる店主です。家用にもいくつか買っているんです。……記事は出てからのお楽しみです」
今回は完全にシーナの記事だが、それでも、読んだ時の楽しみを残したくて、情報は必要最低限しか伝えないことにしている。例外はLAY編集部の人だけだ。四谷がシーナの記事を読むのかはわからないがそのルールが崩したくない。椎菜はいつも初めて記事を読んだときの藍子の感想を聞くのが好きだった。
「それは楽しみだね。じゃぁ、記事が出たら読ませてもらうか」
「……え?読むんですか?四谷さんが?」
思わずまじまじと聞き返してしまう。四谷が読んでくれないだろうかと多少期待したことは事実だが、まさか本当にそんなセリフが飛び出してくるとは思ってもみなかった。
「今度からは、読むよ。……過去のを編集部で見たけど……いい記事だった」
きっぱりとした言葉に思わず笑みが浮かぶ。四谷は部下をきちんと認めてくれると聞いていたが、嘘は言わないとも聞いている。叱るところはきちんと叱る、そういう上司なのだ。彼がいい記事だと口にしてくれたことが、椎菜はとても嬉しかった。
「ほんとう……ですか……?」
思わず不安そうな声がでてしまう。そんな椎菜に四谷がどこか楽しそうに笑った。
「昔は……未熟だったけど……成長したね」
「ありがとう……ございます……」
嬉しくて、でもどんな顔をしたらいいのかわからずに、椎菜は俯いて顔を隠すことしかできなかった。
♫♫♫……
和やかに会話をしながらの食事が終わりに近づいた頃、椎菜の携帯が小さな着信音を鳴らした。相手を確認すると、「詩音」の名前がディスプレイに出ている。
「あ……すみません……ちょっと出てきます」
「仕事?」
「はい。今取材中の方からなので」
四谷が頷くのを確認し、お店の外に向かう。
「はい」
「遅い時間にすみません、シーナさんですか?」
「はい。どうなさいました?」
「あの、兄の取材の件ですが、明日なら時間が空く、と……」
「明日……ですか?」
思わず口をつぐむ。まさかこの時間に翌日指定をしてくる人がいるとは思っていなかった。
「はい。制作がひと段落ついたので、明日ならお会いできるそうです」
恐縮したような詩音の言葉に椎菜はどうすべきか考え込む。
もし、これが通常の相手であれば、他の日にずらしてもらうところだが、相手はマスコミ嫌いで有名な城島青砥。ここで断れば、二度と取材許可が下りない可能背が高い。詩音の記事だけを考えればそれでも構わないが、椎菜の本当の目的はこの城島青砥だ。それではまずい。
「……承知しました。……明日、何時に伺えばよろしいですか?」
「……兄のところの地図をメールで送るので、朝十時くらいに行っていただけますか?……本当は私も行くべきなんですけど……明日はお店があるので……」
「大丈夫ですよ。では、明日十時に伺いますね」
詩音との電話を切った椎菜はふーっと息をついて、軽く顔をしかめた。取材のことで頭がいっぱいだったが普通に四谷のことを忘れていた。
「さて、と……どうするかな……」
チケットを取ってさえいなければキャンセルすればいいが、流石にチケットを取ってあるこの状況では申し訳なさすぎる。
「……そういえば、美衣ちゃんが好きそうだけど……」
昨日、新垣と話したことを脳裏に思い描く。美衣は人見知りもしないので、四谷相手でも大丈夫だろう。
いきなり子守をさせられて慌てる四谷の姿を脳裏に描きクスリ、と笑った。彼が慌てふためく姿を見てみたい。記事の件もあるので、申し訳ないが撮影はさせてもらう。……本来存在しないはずの写真が記事に載った時に四谷がどんな表情を浮かべるのか今から楽しみだ。
唖然とした四谷の顔を想像するだけで、思わず笑みが浮かぶ。
椎菜は笑いを堪えながら、新垣に電話をした。
「すみません、お待たせしました。……四谷さん、明日なんですけど、突然取材に行かなければいけなくなってしまったので、私の代わりに美衣ちゃんを連れてってあげてくれませんか?」
「……は?」
ぽかんと目を瞬いた四谷の表情に椎菜は小さく笑った。彼がこんなに間の抜けた顔をするなんて思ってもみなかった。
「実は、先ほどの電話で急遽取材が入ってしまって……申し訳ないんですけど、明日はそちらへ行くことにしました」
「……構わないけど、大丈夫なの?」
「明日、感想を教えてもらうので。それに、明日の取材相手ですけど、マスコミ嫌いで有名なので今を逃すわけにはいかないんです。幸い四谷さんなのでわかってくれるかと」
部署は違うし主な仕事もマスコミとはまた別だが、それでもある程度の理解は示してくれるはずだ。
「それで、代わりに行くという美衣ちゃんって?」
「新垣さんの娘さんです。十歳の女の子で……こういうところ好きそうですし、さっき電話したら大喜びしてたので」
「え?ちょっと待った。もう言ってるの?俺が断ったら……」
「断らないですよね?四谷さんは新垣さんには逆らえないって聞いてます」
逆らえないは言い過ぎかもしれないが、頭が上がらない、というのは事実なはずだ。そう告げると、四谷はどこか苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、渋々というように頷いた。
「……で、新垣さんの娘さん……えっと、美衣ちゃん?ってどんな子なの?」
「明るくて自由な子、です。その辺は新垣さんに似ていますけど、新垣さんの自由は計算された自由……っていう感じですが、美衣ちゃんをは、本当に自由気ままな感じです」
自由に発言しているように見え、新垣は目の前にいる人間がどう反応するのか、どう動くのかを計算している節がある。自由よりたぬき親父に近いかもしれない。
「何言ってるの?十歳の女の子が新垣さんみたいだったら、逆に怖いよ」
「……たしかに、そうですね……四谷さん、すみません、お願いします」
ペコリと頭を下げた椎菜に四谷は小さく頷いた。
「……わかった」
「ありがとうございます。また、お礼します」
四谷は宣言通り、翌週の土曜日に童話の森アイランドへ椎菜を泊りで連れてきてくれた。人気のホテルを直前に二部屋も取るなんてどんな魔法を使ったのだろうか。不思議な気もする。
今日はムーミンやプリンセスをまわり、残りは明日ということにしてアイランド内のレストランで食事をしているところだった。アリスパークで耐性ができたからか、今日はいつも通り取材に徹することができた。
「デート記事を書いています」
四谷が聞きたいにはそれではないだろう。だが、面白半分に伝えると想像通り四谷がイヤーな顔をした。
「それは再来月分だろう?そうではなくて、来月分用に書いている記事の方」
先週会った時も別人のようになったと感じていたが、今の四谷はまるで長い付き合いのある友人のような、そんな気安さを感じた。
「人形の館です。……ちょっと面白いお店で、一度取材に行っただけですけど、それだけでも色々書けそうなんですよ。……もちろん、まだもう少し取材して書きますけど」
「面白い?」
「ええ、面白くて才能溢れる店主です。家用にもいくつか買っているんです。……記事は出てからのお楽しみです」
今回は完全にシーナの記事だが、それでも、読んだ時の楽しみを残したくて、情報は必要最低限しか伝えないことにしている。例外はLAY編集部の人だけだ。四谷がシーナの記事を読むのかはわからないがそのルールが崩したくない。椎菜はいつも初めて記事を読んだときの藍子の感想を聞くのが好きだった。
「それは楽しみだね。じゃぁ、記事が出たら読ませてもらうか」
「……え?読むんですか?四谷さんが?」
思わずまじまじと聞き返してしまう。四谷が読んでくれないだろうかと多少期待したことは事実だが、まさか本当にそんなセリフが飛び出してくるとは思ってもみなかった。
「今度からは、読むよ。……過去のを編集部で見たけど……いい記事だった」
きっぱりとした言葉に思わず笑みが浮かぶ。四谷は部下をきちんと認めてくれると聞いていたが、嘘は言わないとも聞いている。叱るところはきちんと叱る、そういう上司なのだ。彼がいい記事だと口にしてくれたことが、椎菜はとても嬉しかった。
「ほんとう……ですか……?」
思わず不安そうな声がでてしまう。そんな椎菜に四谷がどこか楽しそうに笑った。
「昔は……未熟だったけど……成長したね」
「ありがとう……ございます……」
嬉しくて、でもどんな顔をしたらいいのかわからずに、椎菜は俯いて顔を隠すことしかできなかった。
♫♫♫……
和やかに会話をしながらの食事が終わりに近づいた頃、椎菜の携帯が小さな着信音を鳴らした。相手を確認すると、「詩音」の名前がディスプレイに出ている。
「あ……すみません……ちょっと出てきます」
「仕事?」
「はい。今取材中の方からなので」
四谷が頷くのを確認し、お店の外に向かう。
「はい」
「遅い時間にすみません、シーナさんですか?」
「はい。どうなさいました?」
「あの、兄の取材の件ですが、明日なら時間が空く、と……」
「明日……ですか?」
思わず口をつぐむ。まさかこの時間に翌日指定をしてくる人がいるとは思っていなかった。
「はい。制作がひと段落ついたので、明日ならお会いできるそうです」
恐縮したような詩音の言葉に椎菜はどうすべきか考え込む。
もし、これが通常の相手であれば、他の日にずらしてもらうところだが、相手はマスコミ嫌いで有名な城島青砥。ここで断れば、二度と取材許可が下りない可能背が高い。詩音の記事だけを考えればそれでも構わないが、椎菜の本当の目的はこの城島青砥だ。それではまずい。
「……承知しました。……明日、何時に伺えばよろしいですか?」
「……兄のところの地図をメールで送るので、朝十時くらいに行っていただけますか?……本当は私も行くべきなんですけど……明日はお店があるので……」
「大丈夫ですよ。では、明日十時に伺いますね」
詩音との電話を切った椎菜はふーっと息をついて、軽く顔をしかめた。取材のことで頭がいっぱいだったが普通に四谷のことを忘れていた。
「さて、と……どうするかな……」
チケットを取ってさえいなければキャンセルすればいいが、流石にチケットを取ってあるこの状況では申し訳なさすぎる。
「……そういえば、美衣ちゃんが好きそうだけど……」
昨日、新垣と話したことを脳裏に思い描く。美衣は人見知りもしないので、四谷相手でも大丈夫だろう。
いきなり子守をさせられて慌てる四谷の姿を脳裏に描きクスリ、と笑った。彼が慌てふためく姿を見てみたい。記事の件もあるので、申し訳ないが撮影はさせてもらう。……本来存在しないはずの写真が記事に載った時に四谷がどんな表情を浮かべるのか今から楽しみだ。
唖然とした四谷の顔を想像するだけで、思わず笑みが浮かぶ。
椎菜は笑いを堪えながら、新垣に電話をした。
「すみません、お待たせしました。……四谷さん、明日なんですけど、突然取材に行かなければいけなくなってしまったので、私の代わりに美衣ちゃんを連れてってあげてくれませんか?」
「……は?」
ぽかんと目を瞬いた四谷の表情に椎菜は小さく笑った。彼がこんなに間の抜けた顔をするなんて思ってもみなかった。
「実は、先ほどの電話で急遽取材が入ってしまって……申し訳ないんですけど、明日はそちらへ行くことにしました」
「……構わないけど、大丈夫なの?」
「明日、感想を教えてもらうので。それに、明日の取材相手ですけど、マスコミ嫌いで有名なので今を逃すわけにはいかないんです。幸い四谷さんなのでわかってくれるかと」
部署は違うし主な仕事もマスコミとはまた別だが、それでもある程度の理解は示してくれるはずだ。
「それで、代わりに行くという美衣ちゃんって?」
「新垣さんの娘さんです。十歳の女の子で……こういうところ好きそうですし、さっき電話したら大喜びしてたので」
「え?ちょっと待った。もう言ってるの?俺が断ったら……」
「断らないですよね?四谷さんは新垣さんには逆らえないって聞いてます」
逆らえないは言い過ぎかもしれないが、頭が上がらない、というのは事実なはずだ。そう告げると、四谷はどこか苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、渋々というように頷いた。
「……で、新垣さんの娘さん……えっと、美衣ちゃん?ってどんな子なの?」
「明るくて自由な子、です。その辺は新垣さんに似ていますけど、新垣さんの自由は計算された自由……っていう感じですが、美衣ちゃんをは、本当に自由気ままな感じです」
自由に発言しているように見え、新垣は目の前にいる人間がどう反応するのか、どう動くのかを計算している節がある。自由よりたぬき親父に近いかもしれない。
「何言ってるの?十歳の女の子が新垣さんみたいだったら、逆に怖いよ」
「……たしかに、そうですね……四谷さん、すみません、お願いします」
ペコリと頭を下げた椎菜に四谷は小さく頷いた。
「……わかった」
「ありがとうございます。また、お礼します」
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