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目的のハウス

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帰路を失った男は住宅の影に身を潜めながら彷徨っていた。高級住宅ばかりが建ち並ぶ中、狙い目な空き家などそうそう見つかる事は無い。

だから驚いたのだ。

フラフラ気ままに歩いていた筈が、気づけば辺りは雑木林。そこに手入れも何もされていない一軒の古びたハウスへと辿り着いた事に。

「あれ、いかにも俺に入ってくれと言わんばかりの家がこんなところに……。んじゃ、遠慮なく…」

遠くの方に住宅街の灯りがうっすら見える。他には街灯もなく、月明かりだけでこのハウスを見れば大方の人間は悲鳴をあげて逃げ帰るだろう。
もし俺みたいな、以外の奴がインターホンを押してきたとしても、誰もいないと思っていた家の扉が開けばようやく悲鳴もあげるだろうよ。

そう、こんなふうにドアがー……。

「どちら様で……」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!?」




……状況を整理する。
空き家だと思っていたハウスには、人がいた。

ただそれだけの事だった訳だが、思い込みと言うのは時に恐怖を2倍にも3倍にも膨らませるものだ。殺し屋に恐怖という感情があるのかって?

……あるよ、普通に。馬鹿野郎。

そうして扉を開けた相手が生きた人間だと冷静になって認識した俺は今、そいつの心臓に銃を突きつけている。
「………人が住んでいたとは思わなかった」
今更ながらにフードをしっかり被って顔を隠し、声のトーンを下げる。今更ながらに。

「………空き家だと思われるのも無理ありません。このハウスは長寿ですから」
まだミセスを撃って時間が経っていない為に、胸元に当たっている銃口は熱を帯びているだろう。そして少し遠くで響くサイレン、血で赤く染まり独特な異臭のする男。これだけ揃っていて俺が何者かくらいは想像に容易い筈だ。

なのに何故、こいつは1ミリたりともビビらない?


………だから?


「……此処に住んでるのはお前だけか?」
「はい」
「なら話は早い。俺は隠れ家が欲しくて此処に来たんだ。同居人は必要ない。君は運がなかったな」

人が一人いたところで周囲に人気は無いから騒ぎにはならない。解体してしまえばこのくらいは問題ないだろう。

けれどここで一つ訂正しておきたい。
俺は、ただ殺すことが好きなわけではない。

死に対する絶望、恐怖、虚無……つまりは死ぬ間際の人の表情が好きで好きで堪らない。
だからこその欠点が、この性癖にはある。
それは死ぬ間際でしか見れないということ。


つまりは、だ。


殺して仕舞えば俺の高鳴りは消えてしまうというわけ。悲しい事に刹那の恋なのだ。

だからこの出会いは運命だったとも言えよう。



「えっ……殺して……くれるの……?」



目の前の男から発せられた言葉に脳がバグった。

コイツ、今なんて、言った?

銃を前にして怖がるでも、悲しむでも、泣き叫ぶでもなく安堵の表情を浮かべたのだ。
永らく感じていなかった悪寒が、全身を駆けた。
「………お前……イミわかってんの?」
「えぇ、もちろん。僕を殺してくれるんでしょ?」
「は………はぁぁ?」
動揺するなんてしてはならない事だが、こいつのこの表情には理解ができない。


だって俺にとって、死ぬという事は怖い事だから。
人間にとって、死ぬという事は悲しい事だから。

なんで?

どうして?


こいつにとって、死ぬという事は、なの?


考えが纏まらなくて、頭が痛くて、息がうまくできなくて。
引き金を引いていた銃が、その日音を立てる事は無かった。





*****


花火は好きか?
ピュウっという甲高い音と共に夜空を登り上がり、七色の鮮やかな花が暗闇に咲き誇る。
綺麗だと声を挙げたのも束の間。
直ぐに枯れてしまった花火は誰の目に止まることなく地に落ちていく。
そうしてまた次の花火を今か今かと楽しみにしている。
………俺のこの気持ちと、何処か相違はあるか?
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