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無重力少年
しおりを挟む身動きが取れなくなったから助けに来て欲しい
と、メールを受けた俺は急いでその主に会いにいった。
病気か何かか、救急車は必要なのか否か、それとも警察沙汰に巻き込まれたのかもしれない。
いろんな可能性が頭を過ぎる。
けれどそれら全ての懸念は的外れだった。
メールの主である彼、フータは自室のど真ん中で浮いていたから。
床に足もつけず、空気の中をジタバタと溺れていた。
「……なにしてるの?」
「タクミ、来てくれたんだ。なんか朝起きて立とうとしたら身体が浮きはじめてさ」
何を呑気な事を言っているのか。こんな事態世界の何処にも前例が無いだろ、と思いながらも
俺自身も何故か「そうか。」と、呑気な返答をした。
とりあえずフータの手を掴んで床に降ろしてやる。
「うーん、駄目だね。床に足をつけようにも2歩目から浮いちゃって進めないや」
「これはまともに生活出来そうにないな。なんでこうなったんだ?」
「………さぁ、わかんない。ごめんね、手を借りちゃって」
「いいよ、幼なじみのヨシミってやつ。それに今日は授業休むつもりだったし」
「わぁ不良だ~」
「うっせ、真面目クンが」
マイペースに笑うフータの手はひんやりしていて、どこか気持ちが悪い。
家が近所で、同い年。仲良くなるには十分な条件が揃っていた。でも成長するにつれ、離れ離れになった。
だから正直メールが来た時には心底驚いたんだ。
「……なんかへんな感じ」
「は?そりゃそうだろ。俺だって変な感じ。ってか、変だよ」
「いや、そういうんじゃなくて」
ゴニョゴニョと言葉を詰まらせるフータ。
でも手を離すと浮いてしまうので離さない。
「久々に会ったでしょ?それでもすぐ来てくれて…しかも今は手まで握ってくれてる。タクミが優しい。変。」
テレッとしながら酷いことを言われた。のに、頬を赤くして言うもんだから、なんだか俺まで恥ずかしくなった。
「あのなぁ、偶々今日は都合が合っただけ。それに危機的状況だったから手を貸してる。俺だって暇ばかりしてるわけじゃない。」
……照れ隠しがあまりにも下手すぎた。
言ってから後悔するのは、こう言うタイプの人間の特徴だよなぁ。
そっか、そうだね。とフータが呟いた。暫く顔なんて見れないな、と思っていたけれど、フータと繋いでいた手が強く引っ張られて思わずフータの方を見る。
フータは先ほどよりも強い力で空へ引っ張られていた。
「え、なに。どうしたフータ!?」
「………」
自分の右手とフータの左手だけが繋がっている。
フータを引き止めているのはこの心許ない腕一本。
きっとこの手を今離してしまったら、フータは一瞬で外へ出て、空へ昇っていってしまうだろう。
そうしたらフータは1人になる。
それだけは、なんとなくわかる。
更に力強く握った手を掴む。
それなのに、逆にフータは力を抜いた。
「タクミ……。僕なんとなくわかったよ。」
「は!?なにが!?いいからちゃんと俺の手握ってろ!!」
焦っている俺の手はびっしょりと汗をかいていて滑る。
なのに比べてフータは変わらずひんやりとしている。
「ねぇ、タクミ。僕は今空っぽなんだ。この世界よりも軽い存在なんだよ。」
「………。」
「君は優しいね。最後の最後までつなぎ止めようとしてくれている。
でも、僕には此処に残る理由が無いんだ。もう離してもいいんだよ。恨んだりなんてしない」
フータが何を言っているのか、理解できないはずなのに、何故か涙が溢れてくる。
離すべきなのか、
この手を。
一瞬、込めていた力が抜ける。
途端フータは空に向かおうとする。
離すべき……
そんなわけ、あってたまるか。
「フータ!!!!」
気づけば俺は、もう一方の手も伸ばし、指を絡ませ、さっきよりももっと強く握りしめていた。
「な、んで、タクミ……?」
「なんでも何も、無いだろ……っ。一人で違う世界に行こうとするんじゃねぇ。お前には100年早いっつーのっっ!!!」
「だ、だって、僕はこんなに空っぽになっちゃったんだ。どうしたって此処にはいられないのに、君は僕にどうしろって言うの…?」
「空っぽになったんなら俺がお前を満たしてやる。俺がお前の錘になってやる。お前が此処から飛んで行けなくなるなるまで、それまで俺がつなぎとめてやる。
だから、だから……」
俺と一緒に、居てほしい。
そう伝えようとした途端、何もない真っ暗な空間に飛び込んでいた。
目を開けてよ、そんな声が遠くで聞こえた気がして、やっと俺は目を閉じたままだと言うことに気づいた。
恐る恐る目を開ければ、見慣れない天井と、見慣れた家族の顔。
目が覚めた!と泣き出す周りと、そこかしこが痛くて言うことを効かない身体の調子でやっとわかった。
「ねぇ……フータ、は…?ふーた、はどこ…?」
母に隣見てご覧、と促されてその方を向く。
「目覚めて…一言目が、僕の、名前なの…?やっぱり、……変だね。タクミ……は。」
あちこちの感覚は鈍っているけれど、マイペースなその声、そしてほんのり暖かい右手の温もりに俺は思わずハハッと声が出た。
その日俺はフータに会いに行こうとしてた。昔みたいに沢山話したり遊びたくて。学校が変わってからほとんど会えていなくて、会えない時間が長くなればなる程、俺の中でのフータという存在のデカさに気付かされたから。
やっぱりお前と一緒にいるのが一番好きなんだよ、と照れずに今度こそ言ってやる!って意気込んでたんだ。
なのにフータに声をかけたときにはベランダから身を乗り出してた。
その時にお互いが伸ばし合った手が、つなぎとめてくれたらしい。
生暖かい手の温度がこっちにも伝わって来て、正直怒りとか哀しみとか呆れる程どうでも良かった。
とにかく今は、話がしたい。触れたい。笑いたい。
「もう、身体は浮かないのか?」
「うん、でももうちょっと手を繋いでいてよ。錘になってくれるんでしょ?」
「はいはい、俺も………もうちょっとこのままがいいし。」
ふたりで並んで笑おうとしたけど、肋骨が痛すぎた。
笑い合うのはもう少し後になりそうだ。
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