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7.女王の奏でるラプソディー
47.Moisture snatch
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「ワイアットは神器召喚とはね。アンソニーの重力魔法といい、みなさんいろいろ研究の成果を披露しているね」
ハリーのつぶやきに、日に焼けた肌の班員が声をかける。彼は船首方向の専任見張り員であり、QAの処女航海からその任についている古参の海兵でもあった。
「まさか連中にばかり良い目を見させるつもりじゃないでしょうね? 俺らもこの艦の古参としての立場がありますから、新入りやお嬢さん方にいいとこ見せる場面を作ってくださいよ」
ソナーやレーダーなどの装備が充実しているQAではあるが、初見の地域への航海は多く、水深や岩礁などの事前情報がない海域での航海では、彼らの目に頼ることが大きいのだ。
入出港時や浅瀬の通過などの際には、ひたすら海面を見つめる地味に見える作業に従事している彼らだが、彼らの活動がこの艦を守っていることは、青家のみならずクロエも承知しており、時折差し入れられる試作品の酒類に感謝している者も多い。
「……僕達は僕達の仕事をしようか。ワイアットがほとんど仕留めちゃったけど、これだけのデカ物は海に沈めても邪魔になるからね。腐敗して浮かんでこられても迷惑だし。
戦術魔法Ω1発動準備! 目標は大きいから、仕留めがいもあるけど無駄に消耗の必要はない」
「やっしゃー、俺らも新魔法で目立つぜ!!」
「まあ、こういうデカ物相手でもないと、実験すらできないというのが本音ですけどね」
「そういうなって。実際、雑魚に使うには威力ありすぎ、オーバーキル間違いなしだからな」
ハリーの指示に従う九名の班員たちも、過度な緊張が特にない。ハリーを含めた十名が甲板上で円を描くように位置を決めると、ハリーは詠唱を始める。
「≪我、請い願うは水の精霊。我らに仇なす眼前の敵、クラーケンをその力をもって滅っする事を請い願うなり≫」
そしてハリーは円陣の対面、やや右方向の班員へと右手を向けた。同じように対面の副班長もハリーの左隣に位置する班員に対し、ハリーと同じ詠唱をしながら同じ動作で右手を向ける。
二人に右手を向けられた班員二人も、詠唱をしながらやはり対面方向の班員に詠唱をしながら右手を向ける。わずかな時間差をおいて紡がれる詠唱は、男性だけとはいえ輪唱のよう。詠唱する声もテノールやバスなど様々な音程でありながら、音楽のようだ。
そして、ハリーたちの足元から右手にそって直線が描かれ、天地を逆にする五芒星を成すと、青く
淡い輝きを帯びた。
「≪水の精霊よ、我らに仇なすクラーケンに、その力を示したまえ。Moisture snatch≫」
十名全員の唱和が完成すると、甲板上に居並ぶ乗組員の視線は、障壁上に押しつぶされ、雷に焼かれたクラーケンへとむかうが、その姿に特段変わりはないように思われた。
「……まさか、不発?」
囁かれた誰かの声がやけに大きく響く中で、ハリーと班員たちはクラーケンを見つめるとにやりと笑った。ハリーたちの視線の先、クラーケンの数メートル上に現れたのは、直径一メートルほどの水球だ。それは、じわじわと徐々に大きくなっていくが、それに伴いクラーケンの体にも変化が見られた。
太く柔軟だった蝕椀を含めた十本の触手は、徐々に先端から干からび始めている。それに伴って空中に浮かぶ水球が、徐々に大きくなっていく。
「Moisture snatch、つまり水分強奪の魔法です。唯の水球を作るだけの低位の水魔法ですが、水分の供給元を特定することによって、場所を選ばずに生物であれば死に至らしめる。
メリットは、対象が水中に居ようが、水魔法に対する抵抗力が有ったとしても、使用可能であること。自身の体から水分を奪われる魔法を防ぐには、相応の知能が必要ですからね。魔獣や害獣であれば、最大限の効果をもたらすことができます」
淡々と語るハリーの言葉とは裏腹に、クラーケンの体は干からびていて、完全に生命がないことは一目瞭然であった。
ヤリイカの場合、百グラム当たりの水分量は七十八グラムを超え、実に重量の八割弱を水分が占めている。おそらく七割以上の水分は失われているだろう。
人間の場合で言えば、数パーセントの水分が失われるだけで、脱水症状などが現れ、十パーセントの水分を失えば死亡することさえあるのだ。お手軽でありながら凶悪な魔法であり、悪用されれば大きな被害を及ぼすことは間違いのない、最凶の魔法かもしれなかった。
そして、干物状態になったクラーケンを呆然と見つめる人物が二名いた。一人はクロエであり、彼女は連続して見せられた、男性乗組員による新魔法の共演に、半ば茫然自失していた。
もう一人は、リアンである。リアン曰く、最大最強の戦術魔法は、巨大なクラーケンを葬ることではなく、残骸処理を行うだけなってしまったのだから……
「お、お、お前ら~。俺の見せ場くらい残しておいてくれよ~!!」
リアンの悲痛な叫び声が響くのと、水分を失ったクラーケンの体が、アンソニーの重力魔法に押しつぶされるのはほぼ同時であったという……
ハリーのつぶやきに、日に焼けた肌の班員が声をかける。彼は船首方向の専任見張り員であり、QAの処女航海からその任についている古参の海兵でもあった。
「まさか連中にばかり良い目を見させるつもりじゃないでしょうね? 俺らもこの艦の古参としての立場がありますから、新入りやお嬢さん方にいいとこ見せる場面を作ってくださいよ」
ソナーやレーダーなどの装備が充実しているQAではあるが、初見の地域への航海は多く、水深や岩礁などの事前情報がない海域での航海では、彼らの目に頼ることが大きいのだ。
入出港時や浅瀬の通過などの際には、ひたすら海面を見つめる地味に見える作業に従事している彼らだが、彼らの活動がこの艦を守っていることは、青家のみならずクロエも承知しており、時折差し入れられる試作品の酒類に感謝している者も多い。
「……僕達は僕達の仕事をしようか。ワイアットがほとんど仕留めちゃったけど、これだけのデカ物は海に沈めても邪魔になるからね。腐敗して浮かんでこられても迷惑だし。
戦術魔法Ω1発動準備! 目標は大きいから、仕留めがいもあるけど無駄に消耗の必要はない」
「やっしゃー、俺らも新魔法で目立つぜ!!」
「まあ、こういうデカ物相手でもないと、実験すらできないというのが本音ですけどね」
「そういうなって。実際、雑魚に使うには威力ありすぎ、オーバーキル間違いなしだからな」
ハリーの指示に従う九名の班員たちも、過度な緊張が特にない。ハリーを含めた十名が甲板上で円を描くように位置を決めると、ハリーは詠唱を始める。
「≪我、請い願うは水の精霊。我らに仇なす眼前の敵、クラーケンをその力をもって滅っする事を請い願うなり≫」
そしてハリーは円陣の対面、やや右方向の班員へと右手を向けた。同じように対面の副班長もハリーの左隣に位置する班員に対し、ハリーと同じ詠唱をしながら同じ動作で右手を向ける。
二人に右手を向けられた班員二人も、詠唱をしながらやはり対面方向の班員に詠唱をしながら右手を向ける。わずかな時間差をおいて紡がれる詠唱は、男性だけとはいえ輪唱のよう。詠唱する声もテノールやバスなど様々な音程でありながら、音楽のようだ。
そして、ハリーたちの足元から右手にそって直線が描かれ、天地を逆にする五芒星を成すと、青く
淡い輝きを帯びた。
「≪水の精霊よ、我らに仇なすクラーケンに、その力を示したまえ。Moisture snatch≫」
十名全員の唱和が完成すると、甲板上に居並ぶ乗組員の視線は、障壁上に押しつぶされ、雷に焼かれたクラーケンへとむかうが、その姿に特段変わりはないように思われた。
「……まさか、不発?」
囁かれた誰かの声がやけに大きく響く中で、ハリーと班員たちはクラーケンを見つめるとにやりと笑った。ハリーたちの視線の先、クラーケンの数メートル上に現れたのは、直径一メートルほどの水球だ。それは、じわじわと徐々に大きくなっていくが、それに伴いクラーケンの体にも変化が見られた。
太く柔軟だった蝕椀を含めた十本の触手は、徐々に先端から干からび始めている。それに伴って空中に浮かぶ水球が、徐々に大きくなっていく。
「Moisture snatch、つまり水分強奪の魔法です。唯の水球を作るだけの低位の水魔法ですが、水分の供給元を特定することによって、場所を選ばずに生物であれば死に至らしめる。
メリットは、対象が水中に居ようが、水魔法に対する抵抗力が有ったとしても、使用可能であること。自身の体から水分を奪われる魔法を防ぐには、相応の知能が必要ですからね。魔獣や害獣であれば、最大限の効果をもたらすことができます」
淡々と語るハリーの言葉とは裏腹に、クラーケンの体は干からびていて、完全に生命がないことは一目瞭然であった。
ヤリイカの場合、百グラム当たりの水分量は七十八グラムを超え、実に重量の八割弱を水分が占めている。おそらく七割以上の水分は失われているだろう。
人間の場合で言えば、数パーセントの水分が失われるだけで、脱水症状などが現れ、十パーセントの水分を失えば死亡することさえあるのだ。お手軽でありながら凶悪な魔法であり、悪用されれば大きな被害を及ぼすことは間違いのない、最凶の魔法かもしれなかった。
そして、干物状態になったクラーケンを呆然と見つめる人物が二名いた。一人はクロエであり、彼女は連続して見せられた、男性乗組員による新魔法の共演に、半ば茫然自失していた。
もう一人は、リアンである。リアン曰く、最大最強の戦術魔法は、巨大なクラーケンを葬ることではなく、残骸処理を行うだけなってしまったのだから……
「お、お、お前ら~。俺の見せ場くらい残しておいてくれよ~!!」
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