元奴隷の半吸血鬼少女はのんびり旅をしたい

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新米冒険者の半吸血鬼少女

エイスワンドの長い一日

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 薬草の群生地が荒らされていた、例の件から数日。

 現在、冒険者達は急を要する依頼を除き、自主待機を頼まれており、フィアとアッシュも、あれ以降街から出ずに、冒険者ギルドへと詰めていた。

 そんなある日の昼下がり。

「おー……!」

 フィアの歓声が、昼食時を終え、空いてきた食堂内に響いた。その視線は、眼前にある人一人入れる程度の大きさの、布で出来たドーム……テントに釘付けであった。

「と、まあ、テントの組み立て方はこんな感じね。最近はコンパクトで組み立ても楽な物が出てきてるから、案外簡単でしょ?」

 食堂隅、講義などに使うため広くなった場所。
 そこでつい先ほど組み立ての終えたテントを披露しているのは、道具の使い方の教授してくれているリスティだ。

「次、自分でやってみたい!」
「ええ、それじゃ一度解体するから、やってみて」

 そう言って、今しがた組み立てたばかりのテントを畳んでいくリスティ。

 彼女は今、フィアのために色々な野営道具の使い方を説明するため、昼休みに冒険者ギルドへと顔を出してくれていたのだった。

「えぇと、このポールを、決められた場所に通して、端のピンに留めて……」
「うん、そうそう、その調子!」

 分からなくなるたびにリスティに聞きながら、形を整えていくテント。それが完成間近となってきた頃……

「あの……」
「……んぉ?」

 おずおずと掛けられた声に、テントに奮戦していたフィアが振り返る。
 そこには、自分の今の姿よりは年上くらいの年齢の少年が、ガチガチに緊張した様子で立っていた。

「新しく、冒険者に加盟した子が居るって聞いて……」
「って事は、そっちも?」
「あ、うん、半月前に登録したばかりなんだけど……」
「そうか……それじゃ、先輩だな。よろしく!」
「う、うん、よろしく……!」

 屈託のない笑顔で差し出すフィア。
 少年は一瞬あっけにとられた後に真っ赤になり、緊張した様子で握り返すのだった。






 ――フィア達のいるテーブルからはだいぶ離れた席。

「青春だねぇ……」

 アッシュはそんな年少者の初々しいやり取りを、思わず年寄りくさい事を呟きながら眺めていた。
 惜しむらくは、フィアにはそういう色恋沙汰に興味がなく、少年が空回りしているという事か。

 ……まぁ、フィアは見た目だけなら絶世の美少女だからな、浮かれるのもやむなしか。中身は色気もへったくれもない、食欲魔人の男児だが。

 うっかり高すぎる壁に突撃してしまった少年に同情しつつ、そんな事を考えていると。

「へぇ、あの子がアッシュ先輩の保護した子なんですね。可愛い子じゃないですか」
「お……ライルじゃないか、戻っていたんだな」

 テーブルの向かいに座ったのは、やや色素の薄い茶髪を清潔に整え、革鎧を纏い布で包んだ短槍を携えた、優男風の男。

 名をライルといい、同じこのエイスワンドの冒険者ギルドを拠点とする、C級冒険者だ。
 そして今、フィアに果敢なアタックをしている少年の指導役でもあった。

 が……アッシュは、その姿にふと、疑問を感じる。

「ライル、お前肩の所どうした?」

 よく見ると、革鎧の隙間から覗いている、肩と首の境目あたりに貼ってある絆創膏。それが気になり、尋ねる。

「ああ……ちょっとヘマをしてカスっちゃって。大した怪我じゃないから心配しないでください」
「そうか……新人の面倒を見るのも大事だが、少しは休暇も取ったらどうだ、働き過ぎなんじゃないか?」
「あはは……気をつけます」

 困ったように苦笑している、その青年。
 実力もあり評判も良いのだが、人が良すぎるのが玉に瑕なのだ。
 そのため幾人も新人教育を抱えており、現在フィアにしどろもどろになりながら話しかけているあの少年も、その一人だ。

 そんな彼は、ついつい仕事を抱え込みすぎる悪癖があった。それに対してのアッシュの指摘に苦笑いしていたライルだが……すぐに、ふっと表情を引き締めて、真っ直ぐにアッシュの方を見る。

「……今日は、ちょっとその新人の事で相談があったんです」
「……何があった」

 基本的に、冗談は言わない真面目な青年だ。
 こうして真剣になるという事は相当だろうと、アッシュも食事の手を止め、彼に向き直る。

「ええ、実は……」

 そう言って、彼が話した内容は……



「……新人が、行方不明?」
「うん、最近ギルドに入って来た人なんだけど、元々傭兵として経験がある人だから、なかなか言う事を聞いてくれなくてね……」
「……ああ、あの連中か」

 アッシュは、フィアに絡んでいた三人組を思い出し、嘆息する。

「ごめんなさい、アッシュ先輩にも迷惑をかけてしまっていましたか」
「まあ、お前に非があるとは思ってねーよ、気にすんな」

 恐縮しているライルに、手をひらひら振ってそう慰める。

「で、だ。あんな連中だ、嫌になって逃げたんじゃないか?」
「僕も、そう思ったんだけどね……」

 なんでも、居なくなったのは一人だけ。他の二人は前日、自棄酒に溺れている件の男に呆れ、早々に部屋に戻り……そのままその男は、翌日になっても戻らなかったのだそうだ。

 仲間達に一言も言わずに消えるなどおかしい、そう言う残る二人に頼まれて、こうして情報を集めているのだそうな。

「……その件なのですが」

 横から掛かる、女性の声。
 見ると、ようやく休憩らしいユスティが、横に佇んでいた。

「よう、今朝から忙しそうだったが、もう大丈夫か?」
「それなのですが、忙しかったのも、お二人の話に関係していまして」
「ユスティ、お前の方もか……何があった」

 ライルの方も、目線で先を促していた。
 先を、と促すと、ユスティが事情を話し始める。

「昨日から、ギルドの方にも、朝になっても帰って来ない人がいる、という捜索依頼がちらほらと見えています」
「それは……立て続けとは、穏やかじゃないな。分かった、俺も調べてみよう」
「あ、僕も行きます。担当の人の件もありますので、アッシュ先輩だけに任せる訳にはいきません」

 アッシュが剣帯から外してテーブルに立て掛けていた剣を取ると、ライルも槍を手に立ち上がる。
 この街最高位の冒険者であるアッシュと、屈指の実力者でもあるライルが動いてくれるという事に、ユスティが僅かにホッと表情を和らげた。

「それで、フィアちゃん達はどうします?」
「あー……面倒見ててやってくれ。街の外に出る訳じゃないからな、勉強の邪魔をするのは悪い」

 ちらっと見ると、少女はどうやらテントを自分で組み立て終えたらしく、嬉しそうにしているのが見えた。話しかけていた少年も、次は自分が、と楽しそうにしている。

 ……確かに自分達二人に加えてフィアもいれば、戦力的には安定だろう。しかし……

「ただ……もし何か非常事態があったら、あいつに頼れ」
「……フィアちゃんに?」
「ああ、あいつはこと戦闘においては頼りになる。特に魔族絡みであればだ」

 ちらっと、ライルの方を見ながらアッシュが言う。
 そんな彼は、何故自分が見られたのか分からずに、呑気に首を傾げていた。

 ――戦闘においては頼れる。街中でそれが求められる事態とは、それはつまり……

「この街が……いえ、が襲撃されると?」
「可能性の話だ。俺も、あまり遅くならないように戻るつもりだが、念のため注意は怠るなよ」

 特に、今はあの件もあるからな……そう目配せすると、ユスティの表情に緊張が走るのが見えた。

「……分かりました。あのような子を矢面に立たせるのは気が引けますが……頼りにさせていただきます」
「ああ、そうしてくれ」

 そう言って、ライルを促し、ギルドから出て街へ繰り出す。

 エイスワンドの長い一日は、まだ始まったばかりであった――……
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