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ヒヨドリは歪める
ヒヨドリカナメは白とも黒ともつかないグレーなものが大好きだった。
そんな彼女は曇天の日に、カナリアと呼ばれる少年に惚れてしまった。たった1人の先輩に5年間も思いを寄せている、健気な彼を見ていると応援したくなってしまったのだ。
小暑の音楽準備室。エアコンの風ではらりとアイビーグリーンの楽譜が床に落ちた。
「そっか、そんな事があったんだね」
カナリア君と二人きりの雑談の中でカラスちゃんに気づいてもらいたいという話を聞いてしまった。
カラスちゃんとカナリア君の関係を知ってからは、益々欲しくなった。
みしっと音を立てて音楽室の床板が鳴る。
制服と制服が折り重なったけれども、体は触れ合わないもどかしい距離を意図的に作ってそれから。
耳元で囁く。
「カラスちゃんに気付いてもらう方法が一つだけあるよ。私に任せて」
一つだけなんて嘘だ。方法など他にいくらでもある。
「お願いします先輩。教えてください」
信じて疑わない瞳が眩しい。緊張で朱がさした顔が実に私の好みだ。
これからのことを考えると、ああ。ゾクゾクしちゃう。
秋までの間にカナリア君には髪の毛を伸ばしてもらった。
カナリアは君元々の中性的な顔立ちも相まって、女の子と思われるだろう。
「先輩、本当に髪を伸ばすだけで気付いてもらえるんですか?」
「ええ、もちろん」
カナリア君、ごめん嘘なの。許して。
長く伸びた髪が煩わしいのか、カナリア君は頬にかかる髪の毛をくるくる指に巻いては耳にかけている。無意識に行っている女の子のような仕草がかわいらしい。
季節が緩やかに変わるように、カナリア君は自覚していないだろう。けれども、ゆっくりと確実に私好みの男の子に変わっていっている。
私の成就まであと少し。
白露のように儚い時期を永遠に私のものに。
結実の時は来た。私はずっと衣替え期間になるのをそれこそ一日千秋の思いで待っていた。
カナリア君に出した指示は一つ。放課後に生徒用玄関でII型わたしの制服で歌うこと。
このために小暑からゆっくりと時間をかけて、II型の制服への抵抗感を無くしていったのだ。アイビーグリーンの植物が太陽を求めて曲がるように、ごく自然にカナリア君自身の好みを曲げていった。
素直すぎてかわいい。
「本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ。かわいいから」
男性的な特徴が出る膝は、衣替えにより着用できるようになったタイツで隠した。カナリア君の指はもともとしなやかだけれども念のために、オーバーサイズのカーディガンを着せて指先だけしか今は見えないようにしている。
「ん、セーラーはカーディガンの外に出さなきゃ。うん。かわいい」
ワザと制服越しに身体が触れるようにしてセーラーカラーを引っ張り出してあげる。
思った通りだ。カナリア君には白とも黒とも言い難い、素質があった。
カナリア君は履き慣れないスカートのせいで所在無さげにしている。どこか落ち着かない様子が、仕草と表情から滲み出ていた。
不安なのだろう。心許ないのだろう。男というアドバンテージを初めて失ったのだから、怖くて当たり前よ。
不安と儚い期待が混然としたカナリア君は、グッとくる。
着替える前までは、自信に溢れていた男の子が、着替えただけで不安に襲われ気弱な女の子のようにオドオドし出すのが堪らない。
「せ、先輩、やっぱり変じゃないですか」
「女の子よりもかわいいわよ」
背中を押して姿見の前に立たせるが、膝と膝をくっつけて縮こまっている。
「うふふ。ほんと、かわいい」
かわいいと言われて安堵しているカナリア君を見て脊柱に電気が走る。
女性だけが身につけるタイツの肌触りと圧迫感にほんの少し恍惚としているカナリア君を見て確信した。
カナリア君の中で何が目覚めて、大切なものが歪んだのだ。
私が歪ませて作ったカナリアちゃん。
その事実に甘いため息が出そうになる。
「かわいい」という毒の言葉は、カナリアちゃんの脳髄を十分なほど侵している。きっともう、彼女は後戻りはできない。
カラスちゃんに気付いてもらえても、きっと上手くいくことはない。そうなれば最後には私のもとに戻ってくるしかない。
私だけが灰色のカナリアちゃんを愛してあげられる。
私は、飛び立ったカナリアちゃんを一人、音楽室で待つ。
カナリアちゃんは、生徒用玄関で歌えるかしら。
歌えたとしても今後はもう、女装して歌ったという奇行トラウマで歌えなくなってしまうかもしれない。
「まあ、いいわ。カナリアの雌は歌わないもの」
日が沈み夜の墨色が音楽室を覆う時間になった。
けれども私の男の娘は、籠に戻ることは無かった。白露のように昼の日差しに照らされて消えてしまったのだ。
「ああ、上手くいってしまったのね」
そういえば、カラスちゃんは、カナリアの雌が歌うって思い込んでいたわね。
「失恋ってこんなにも苦しくなるのね」
流れ落ちた涙は、朝露のように直ぐに消えていく。
そんな彼女は曇天の日に、カナリアと呼ばれる少年に惚れてしまった。たった1人の先輩に5年間も思いを寄せている、健気な彼を見ていると応援したくなってしまったのだ。
小暑の音楽準備室。エアコンの風ではらりとアイビーグリーンの楽譜が床に落ちた。
「そっか、そんな事があったんだね」
カナリア君と二人きりの雑談の中でカラスちゃんに気づいてもらいたいという話を聞いてしまった。
カラスちゃんとカナリア君の関係を知ってからは、益々欲しくなった。
みしっと音を立てて音楽室の床板が鳴る。
制服と制服が折り重なったけれども、体は触れ合わないもどかしい距離を意図的に作ってそれから。
耳元で囁く。
「カラスちゃんに気付いてもらう方法が一つだけあるよ。私に任せて」
一つだけなんて嘘だ。方法など他にいくらでもある。
「お願いします先輩。教えてください」
信じて疑わない瞳が眩しい。緊張で朱がさした顔が実に私の好みだ。
これからのことを考えると、ああ。ゾクゾクしちゃう。
秋までの間にカナリア君には髪の毛を伸ばしてもらった。
カナリアは君元々の中性的な顔立ちも相まって、女の子と思われるだろう。
「先輩、本当に髪を伸ばすだけで気付いてもらえるんですか?」
「ええ、もちろん」
カナリア君、ごめん嘘なの。許して。
長く伸びた髪が煩わしいのか、カナリア君は頬にかかる髪の毛をくるくる指に巻いては耳にかけている。無意識に行っている女の子のような仕草がかわいらしい。
季節が緩やかに変わるように、カナリア君は自覚していないだろう。けれども、ゆっくりと確実に私好みの男の子に変わっていっている。
私の成就まであと少し。
白露のように儚い時期を永遠に私のものに。
結実の時は来た。私はずっと衣替え期間になるのをそれこそ一日千秋の思いで待っていた。
カナリア君に出した指示は一つ。放課後に生徒用玄関でII型わたしの制服で歌うこと。
このために小暑からゆっくりと時間をかけて、II型の制服への抵抗感を無くしていったのだ。アイビーグリーンの植物が太陽を求めて曲がるように、ごく自然にカナリア君自身の好みを曲げていった。
素直すぎてかわいい。
「本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ。かわいいから」
男性的な特徴が出る膝は、衣替えにより着用できるようになったタイツで隠した。カナリア君の指はもともとしなやかだけれども念のために、オーバーサイズのカーディガンを着せて指先だけしか今は見えないようにしている。
「ん、セーラーはカーディガンの外に出さなきゃ。うん。かわいい」
ワザと制服越しに身体が触れるようにしてセーラーカラーを引っ張り出してあげる。
思った通りだ。カナリア君には白とも黒とも言い難い、素質があった。
カナリア君は履き慣れないスカートのせいで所在無さげにしている。どこか落ち着かない様子が、仕草と表情から滲み出ていた。
不安なのだろう。心許ないのだろう。男というアドバンテージを初めて失ったのだから、怖くて当たり前よ。
不安と儚い期待が混然としたカナリア君は、グッとくる。
着替える前までは、自信に溢れていた男の子が、着替えただけで不安に襲われ気弱な女の子のようにオドオドし出すのが堪らない。
「せ、先輩、やっぱり変じゃないですか」
「女の子よりもかわいいわよ」
背中を押して姿見の前に立たせるが、膝と膝をくっつけて縮こまっている。
「うふふ。ほんと、かわいい」
かわいいと言われて安堵しているカナリア君を見て脊柱に電気が走る。
女性だけが身につけるタイツの肌触りと圧迫感にほんの少し恍惚としているカナリア君を見て確信した。
カナリア君の中で何が目覚めて、大切なものが歪んだのだ。
私が歪ませて作ったカナリアちゃん。
その事実に甘いため息が出そうになる。
「かわいい」という毒の言葉は、カナリアちゃんの脳髄を十分なほど侵している。きっともう、彼女は後戻りはできない。
カラスちゃんに気付いてもらえても、きっと上手くいくことはない。そうなれば最後には私のもとに戻ってくるしかない。
私だけが灰色のカナリアちゃんを愛してあげられる。
私は、飛び立ったカナリアちゃんを一人、音楽室で待つ。
カナリアちゃんは、生徒用玄関で歌えるかしら。
歌えたとしても今後はもう、女装して歌ったという奇行トラウマで歌えなくなってしまうかもしれない。
「まあ、いいわ。カナリアの雌は歌わないもの」
日が沈み夜の墨色が音楽室を覆う時間になった。
けれども私の男の娘は、籠に戻ることは無かった。白露のように昼の日差しに照らされて消えてしまったのだ。
「ああ、上手くいってしまったのね」
そういえば、カラスちゃんは、カナリアの雌が歌うって思い込んでいたわね。
「失恋ってこんなにも苦しくなるのね」
流れ落ちた涙は、朝露のように直ぐに消えていく。
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