ストレインフルアーズ

姫楽木明日華

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最悪の主人

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薄暗い場所。四角い部屋のひとつの壁が鉄格子になっている。その向こうには同じ形の部屋があり、鉄格子から少し覗けば十程同じ様になって続いているのが分かる。
目を閉じて見れば、こそらじゅうから泣き声と懇願の声が聞こえた。
耳を塞いでも聞こえるその声は、出入りを繰り返す。同じ部屋にいた子はいつ自分が出るのではないかと脅えていた。
コツコツと、高く靴がなる。その音に怯えて同じ部屋の何人かの子は下がる。鉄格子の先から見える人達も怯えるように眉を潜ませる。ギロリ。キョロリ。と舐めるように見る感じを通り過ぎる。
いつもなら。
何故か今日は、自分のいる部屋に止まって、中に入ってきた。そして、自分の腕を掴み上げると、
「こいつでいいか。よし、連れてく、、、」
と野太い声が追いかけた時、奥にいた白髪の少女が呼び止めた。
「待って下さい。私が行きます。」
驚いた看守と自分が少女に視線を寄せる。
「はぁ?なぜだ。」
少女は薄桃の花の瞳を緩め、愛らしく、赤薔薇の唇を優しくほころばせた。
「この子は昨日、肌をとかされてます。今日も同じことをやるつもりでしょう。だから、私が行きます。」
自分に向ける笑顔に大きく首を振った。
「やめて、フローラ。おねがいっ!」
看守は自分の反応が面白いと思ったのか、フローラが行くことを承諾した。
牢屋をフローラが出る。
「待って、待って下さい。待って下さいお願いします。お願いです。待って下さい。お願いですお願いですお願いですお願いですお願いですお願いです。待って下さい。彼女は連れて行かないで。優しい人なの。自分のこの目を綺麗と言ったの。``赤い目´ ´ を綺麗と言ってくれるような優しい人なの。待って待って待って待って待って待って待って!!!!」
看守は自分の叫びがうっとおしいと思ったようで自身の腰に提げてあった鞭で溶けて治りかけの肌を打った。
「っ!、、、あ、あああああぁぁぁあああああぁぁぁあああああぁぁぁ!!!!いっあああああああぁぁぁ!!」
何度も、何度も。
「待ってぇ!!フローラァ!!!」
唯一の親友の名を呼んでも、優しく返されることは無かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ベディ、ベディ。ベディ!!」
聞きなれた優しい声がベディを呼ぶ。
「あ、、、れ?ベディは、、、」
寝ぼけた頭で声のした方を見ると、ライがいた。
「ここで寝ると、風邪ひいちゃうよ。寝るなら自分の部屋に行きな。」
困り顔で笑うライにベディ寝ぼけながら頭を下げました。少し周りを見ると、自分はどうやらカジノルームの長いソファーに寝てしまっていたようで、掃除が終わったあとに横たわった事を思い出す。
「はい。ごめんなさい。お手数を掛けしました。」
「ふふ、ベディ、まだ寝ぼけてるな?、、、おりゃ。」
ベディの脇腹をライは軽くつついた。
「ひゃぁ!」
明るい声を上げて飛び跳ねた。思いのほかにいい反応をしたのでもう四、五回つついてみる。
「ひゃぁ!あははは!待っ、あははは!」
普段の物静かで笑わないベディがこんなにも笑い転げているのが、あまりに新鮮で、正直、初めて見るベディの笑顔に動きが止まった。
ベディは肩で息をして、笑って少し火照った顔をライに向ける。
「ライ様、ベディは、先程親友の名前を思い出しました。」
懐かしそうに言うベディ。ライはだいぶ嬉しかった。
「へぇ。なんて名前?」
「フローラと言うんです。とっても優しくて、強くて、可愛い、お花の目の女の子なんです。」
「そっか。」
「ご主人様達に拾われてから、ベディと、名付けて下さってから、何処か満ち足りているんです。」
ライは猫を撫でるようにベディの頭を撫でる。
「そう。それは、、、良かったよ。」
それは自分達の性質だと、言おうとしたが、野暮だと思い、やめた。
「はい。だからか分からないのですが、昔の事を思い出すことが増えた気がします。お母さんや、ジェーベト様、フローラも、ここに来るまで名前も顔も思い出さなかったのに、、、今、こうやって出てくるんです。」
(ジェーベト、、、)
上がったひとつの名前にいたら立ちと嫌悪を思った。ヨーゼフ・ジェーベト・バートリーエル・メンゲレ。ベディの仕えていた前の主人。
(思い出さなくていいのに。あんなクソみたいなやつにわざわざ様をつけるなんて、律儀な子だな。)
「可笑しいですね。でも、良かった。フローラと、お母さんの、事を思い出せて。」
「うん。そうだね。」
ライはベディの頭を自分の肩に乗せると、抱きしめた。
「ベディ、ジェーベトの事は忘れてくれ。俺からのお願いだ。」
「はい、、、分かりました。」
「うん。約束ね。」
「はい、、、。」
ライはベディを離すと立ち上がった。
「ベディ、部屋に戻りな。俺も寝るから。」
ベディも立ち上がる。
「はい。」
「おやすみ。」
「おやすみなさい。ライ様。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ヘルドレイドと、ベディがカシノテーブルで話している。
「で、こうしたらチェックを渡す。チェックを触る時はどうするか、覚えてるね?」
「クリアハンドですね!」
「そう。ちゃんと覚えてるね。」
フンスッ!と、鼻を鳴らすベディの頭を撫でる。
ヘルドレイドはベディにブラックジャックのルールとチェック「カジノチップのゲームで使うもの。換金できないチップ。」の使い方について説明していた。
「一応、一番やるブラックジャックの説明は終わりだよ。ハンドの方もバッチリだね。」
「はい。」
「ベディはすぐに覚えてくれるから、教えがいがあって楽しいよ。ライやコールに教えた時はもっと大変だった。ほんとに。」
ヘルドレイドが遠い目で言う。二十回は同じ説明をしたのを思い出す。手のかかる教え子ほどいいものだとよく言うが、ヘルドレイドには一切分からなかった。いや、二人だったからかもしれないが、が、、、実に腹立たしかった。同じ説明何度もし、全く理解されないことが苦痛でしょうがなかった。その点、ベディは二、三度言えば理解し、真似をするので凄く楽で苦ではなかった。
「だ、大丈夫ですか?」
「うん。平気。」
配ったカードを集めて、ベディの前に五枚置く。自分の所にも五枚置き、山札を前に置く。
「次はポーカー。まぁ、ブラックジャックよりかはシンプルだから簡単に覚えられるよ。」
両方の手札を開示し、説明を始める。
「エースからキング、、、あ、1、13、12、11、、、って感じで2が一番弱くなるようになってるんだ。ポーカーには役があるんだよ。そして、役の強さは数字と役自体のなる確率で決まるんだよ。
一つの数字が揃っていたらワンペア
二つの数字が揃っていたらツーペア
三つの数字が揃ったらスリーカード
この三つはよくあるし、まぁそのままだからすぐ覚えるよ。
数字が連続しているのがストレート。
例えば、、、6、7、8、9、10がわかりやすいかな?一応、だけど最も強いのは10、11、12、13、1、が揃った時。んで、
スーツ(模様)揃えばフラッシュ。この時数字は関係ないから安心して。
三つの数字と二つの数字が揃えばフルハウス
同じ数字が四つ揃えばフォーカード。
同じスーツでストレートになれば、ストレートフラッシュ。
最後に、揃ったスーツでさっき言った、、、最も強いストレートが揃えばロイヤルストレートフラッシュ。
これは、なる確率が少なすぎるからあんまし覚えなくてもいいかも。」
「そうなんですか??」
ベディがヘルドレイドに聞くと、
「うん。俺自身はもちろん、ディーラーやってても五、六回しか見た事ないよ。多分、普通に生きてたら一生見ずに終わる人がほとんどだともうよ。」
「ホエー。」
「ふふ、これで役の説明は終わり。ポーカーこの役の強さで勝ち負けが決まるんだよ。カジノルールでは無理だけど、気に入らないカードは交換することができるんだよ。」
「なるほど、、、」
ヘルドレイドの長い説明を真剣に聞く。ベディは眉間にシワを作り必死に理解しようとする、その姿がヘルドレイドには可愛く見えてしょうがない。
「少し、遊ぼうか。」
「え?!」
「そんなに驚く?ルールの確認だよ。それに、長ったらしい説明だけじゃ分からなくなるし、実践した方が楽しいし、覚えるよ。」
そう言って先程くばったカードを指さした。ベディは自分の手元にあるカードを見て、
「はい。やってみます!!」
意思の籠った目にヘルドレイドはうすく笑う。
「そう来なくっちゃ。」
ヘルドレイドはポーカーテーブルを周り、ディーラー席立つ。
「あ、カードを変える時は裏地にして渡してね。」
「はい!」
ベディは自分の手札を見る。
2のハート、Aのハート、2のクローバー、Aのダイヤ、5のダイヤ
ツーペアだ。しかも最弱と、最強。最弱を捨て、フルハウスを狙うか、そのままだ勝負に出るか、ベディは頭の中でぐるぐると迷う。ヘルドレイドはそんな姿を微笑ましそうに見ている。
「はい!勝負します!」
「じゃあ、行くよ?」
「はい!」
同時にカードをめくった。
ヘルドレイドのカードは10と5のツーペア。だった。
「ベディの勝ち。」
ベディは、ほっと胸をなでおろした。
「す、すごくドキドキします。」
何もかけていないのに、ハラハラしているベディがおかしくてしょうがない。
「ふふ。そう?楽しんでくれたってことかな?」
手札を寄せ、また五枚づつ配る。
すると、カジノルー厶のドアが開かれ、コールが入ってくる。
「あ。ヘルドレイド。ベディ。何。してるの?」
パタパタと子供のように走って来てポーカーテーブルに肘を着く。
「ん?家庭用のポーカー。ベディにポーカーのルール教えてるの。」
「カジノ。じゃない。の?」
「役覚えだよ。コールの時もやったろう?40回ぐらい。」
「そうだっけ?」
ヘルドレイドは疲れた顔をして、
「うん。」
ベディが気お使うように、
「コ、コール様も一緒にやりますか??」
「うん。ベディ。も。やるなら。」
「はい!」
と、笑っていると、ドアが開かれた。ライが三人を見てキョトンとする。
「あれ?コール。いたの?」
「うん。いた。」
高椅子に座るベディを人形のように抱き上げる。
「きゃ、コール様!?」
コールは少し頬を膨らまして、
「ベディ。動かないで。」
「で、でも、コール様、ベディはきっと重いですから、お、下ろしてください!!コール様!」
コールはベディの位置を下げ、女の子がフランス人形でも抱き抱えるように、すると、
「そんな事ないもん。」
「え?」
「そんな事ないもん。ベディ。は。軽い。もん。だから。やだ。下ろさない。」
ヘルドレイドはそんな様子を見て、
「下ろさなくてもいいが、ルール説明の邪魔するなよ。」
「うん。しない。」
「ならよし。」
さりげなくかわされる会話にライが
「いいのか。ベディが固まってるのに。ベディが固まってるのに。」
高椅子に座ったコールの膝にベディが猫のようにちょこんと座っている。ライが言ったように固まってる。眉を下げ、頬に冷や汗が伝わっている。これほど綺麗に``困惑´ ´ の一言が合う顔はない。
コールもヘルドレイドも全く無視して話を進めている。さすがにベディに同情したライが止めに入る。
「ちょっと待って、ちょっと待って。」
ヘルドレイドが面倒くさそうに
「何?ライもやる?楽しいよ。初心者に教えてあげてよ。僕も本気でいくから。」
「大人気なさすぎじゃないか?!いや、そうじゃなくて!ベディを見てみろよ。こんなに困惑って顔してんのに、無視して話を進めすぎだよ。」
「こんなに困惑って顔って何?」
「言葉のあや。」
「ハイハイ。確かに、ベディが理解出来てないのに、話を進めるのは良くないね。」
「そういうことじゃ、、、」
ライがはぁと、諦めたようにため息をついて、ヘルドレイドと、コールに言う。
「そうだよ。あと、そろそろ開店するからあと二、三ゲームぐらいで終わらせて。」
「おっけー。そうするよ。」
「お願いね。」
「あ、ライ。」
「何?」
「監視カメラの確認を念入りね?またこの間みたいなことはあっちゃダメだから。」
「わかってるよ。魔力干渉もさせないようにしとく。」
「うん。ありがと。」
「どういたしまして。」
ライはそう言って出ていった。ヘルドレイドはまたカードを五枚づつ自分と、ベディの前にカードを置いた。
ベディは前に置かれたカードをめくると、役なしだった。
「つーー!えっと、、、」
焦ったようにキョロキョロ周りを見る。
(役なしだったんだ。わかりやすいな。)
ヘルドレイドはそう思い、カード交換を提案する。
「あ、はい!お、お願いします!えっと、、、」
ベディは慌ただしくカードを選ぶ。
「落ち。着いて。ベディ。ヘルドレイド。は。時間。指定。してない。」
黙っていたコールがベディの手を抑えて、まじまじと手札を見る。
「これ。と。コレ。」
コールが指先でカードを弾く。ベディは指定されたカードを抜いて裏地にてヘルドレイドに出す。
慣れた手つきで取り、二枚渡す。
「あぁ!」
ベディの表情が一気に明るくなる。
(わっかりやすい。わかり易すぎだよ、ベディ。)
ヘルドレイドは心の中でそう言いつつ、質問する。
「勝負する?」
「はい!」
「うん。」
二人が楽しそうに答える。やれやれと、カードを開示する。
「やった。」
ヘルドレイドは笑って言う。ベディの手札はフラッシュ。ヘルドレイドはストレートフラッシュだった。
「むー。」
「負け。ちゃった。」
二人がしょんぼりする。
「ベディ、君はわかり易すぎだよ。もう少しポーカーフェイスしなくちゃ。すぐに命取りになっちゃうよ?」
「はい!頑張ります!!」
「その意気だ。」
ヘルドレイドはにこやかに言う。倒れ込んでからなにか心情が変わったのか、表情や感情がだいぶ出るようになった。それが嬉しく、安堵に繋がっていた。共に罪悪感を募られていたのは自身のくだらぬ欲求の餌食にしてしまった事からだと、言い聞かせた。
時計に目を向けると、開店時間まじかになっていた。
「そろそろ、片付けようか。コール、ベディ、ライたちを手伝って来て。」
「「はーい。」」
二人は楽しそうにかけ出ていった。
「全く。二人は仲がいいんだから。妬けちゃうよ。ホント。」
ヘルドレイドはカードを片付ける。
「ほんとに。俺は何をやっているんだか。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
いつも通りの賑わいを見せるイデア。
ポーカー、ブラックジャック、バカラ、ルーレット、ソリティア、ハーツ、などなどカードゲーム中心で揃っているこのフロアはイデアの中でも特に人気でいつも忙しくする。
ベディは病み上がりということもあり、少し疲れが溜まっていた。そのせいなのか、後ろに居た人物に気づかなかった。
ドン、とぶつかってしまい慌てて後ろを振り返り、頭を下げる。
「ごめんなさい!」
「・・・」
相手が黙っているのか、もうどこかに行ってしまっているのか、分からず、恐る恐る、顔を上げる。
「え、」
ベディは声を出してしまった。
極論を言うと、嬉しかった。そして驚いた。どういう顔をしていいのか分からず、驚いたままになってしまっている。ぶつかった人物は居た。その場にいて、ベディを見ている。ベディがベディになる前に、よく見せていた可愛らしい笑顔はなく、頬や腕から生えたネモフィラが彼女の異質さをより際立たせのだ。ベディをの身代わりのように前に出て焼き溶かされた腕を隠すこと無く露出し、フリル少ないドレスにはあまりに似つかわしくない。
「フ、ロー、、、ラ?」
ベディはフローラの手を握ろうと伸ばすと、フローラはベディを睨みつけ、ベディの肩を押した。
ベディがよれ、座り込むと近寄り、ジュースを上から垂らす。
「え?」
親友と思っていた少女の行動に頭が追いつかない。
フローラはグラスを投げつけると、
「私に近づかないで。私は、、、あなたなんか知らない。」
そう言って去っていった。
「待っ、」
呼び止めようとした時、フローラの隣に立つ若い男を見て、何かを納得する。
男はこちらに気づくと、近寄って隣にしゃがみこむ。
「大丈夫ですか?お嬢さん。」
ベディをエスコートするように伸ばされた手はあまりにも紳士的で、
「私の奴隷が失礼なことを致しました。その綺麗なドレスを弁償したいので、連れがいるなら案内していただきたい。」
ベディのことを知らないように話してくる。
苛立ちもなく、淡々とベディは返しす。
「いいえ。ベディは、私は、ここので働いて、いますから、大丈夫。です。」
ベディは手を借りずに立ち上がる。フローラの顔を見ると、悔しそうに口と目を歪めている。
「いえいえ、そんな訳にも行きません。そんなに綺麗な服と肌を汚してしまったのだから、後でちゃんと、躾をしなければ、、、」
「大丈夫です。」
言葉の途中で冷たく言う。
「ですから、」
「いえ。違います。」
男は話が噛み合わず、首を捻って眉を寄せる。
「えっと、何がでしょうか?」
「ですから。躾は、大丈夫です。彼女のやった事は当然のことですから。」
ベディは自分とは思えない冷たい声が出た。
少し驚いて、もしかしたら怒ってるのかもしてないと、少し納得する。あの魔女の時とは違う苛立ちがあった。
「分かりました。それでも、弁償はさせてください。ワタクシを助けると思って、、、ね?」
優しく問いかける男に、口をつぐもうと俯く。すると、後ろから大好きな声が聞こえた。
「それでは、カジノの名誉を守ると思って、弁償も御遠慮いただきたい。」
俯いているベディの胸元を硬い男性の手が後ろから引き戻す。
慌てて顔を上げると、フールの長いまつ毛が瞬きをしていた。
「フ、、、むぐ。」
フールの名前を口にしようとしたら塞がれた。
「うちの従業員がなにか無礼をしたようなので執拗はございませんよ。お客様。」
フールが上面な口調で言うと、男は少し悔しそうに口を歪ませ、また戻す。
「そうですか、、、申し訳なく、とても残念ですね。」
フールはベディの口を持って後ろに押す。
「いえいえ、では、そうですね、代わりとしてはなんですが、この場を穏便に済ませてもらいたい。」
「それは、こちらも願ってもないことですが、それだけでよろしいのですか?」
「はい。」
「そうですか、わかりました。」
男は一礼すると、そのままフローラを連れてゲームの方へ戻って行った。
「ベディ。お前もこっち来て。」
「はい。」
ベディは力なく答え、フールについて行く。
いつも食事をしている食堂まで、二人はなんの会話もせず、沈黙が続いた。
フールが席に座ると、隣の椅子にベディを座るように誘導する。されるがままに座ると、フールとベディが向き合う様な形になった。
「ベディ、何があったの?」
フールは優しく問いかける。ベディは少し下唇を噛むと、スカートの裾をギュッと握りしめた。
「ベディ、は、その、ぶつかったんです。」
「それで?」
「その、ぶつかった、のが、フローラだったんです。それで、、、ベディは、嬉しくて、話しかけてしまったんです。でも、それがダメだったんです。」
「どういうこと?」
「フローラは、ベディと、その、、、」
言い淀んでフールは察した。ベディに話しかけていた男は、間違えなく、ジョセフ・ジェベート・バートリエル・メンゲレだった。吸血鬼なんて噂のある意地の悪い貴族だ。
「ベディ」
「はい。」
「ベディは大丈夫なの?」
「・・・。はい。」
小さく答える。フールは席をたち、タオルをベディの頭に乗せる。ベディは静かにタオルを掴み、ジュースで濡らさせた髪を拭く。

本当を言うと、ベディがここまで感情を出したことに戸惑っていた。この間泣いたこともそうだが、人形よりも人形らしかったベディが自分たちと関わることで徐々にうちの心を取り戻して行った事が喜ばしく、嬉しいことではあったが、それでいいのかと、どこか疑問符をうっていた。
それはベディが感情を取り戻しつつあることへ、では無くその相手が自分たちであることへ、に対するものなのだ。ヘルドレイドに言われた通り、自分はベディに向き合っていない。救っているくせに、こうやって感情を思い出させているくせに、その責任を負っていいのか、分からない。あるいは、自分が負いたくなくて、言い訳しているだけかもしれない。
ジレンマとも言えない感情が、ぐだぐたになってより気持ち悪くなっている。
いや、違う。これがセライラが言っていた自分のヘタレな部分なのだ。踏み出してしまえば楽なものを無意味に怖がって言い淀んでしまう。自分の知らないことを知ろうとして、傷つくことに無性に恐怖心を掻き立てらる。
「ベディ、、、」
意味もなく呟いてしまう。
呼んだ先が言いたくてしょうがないのに言葉が出ないのが自身の事ながら腹立たしい。
「フール様、ごめんなさい。」
眉を下げてベディが謝る。
いつもこうだ。
ベディは自分の心情を察して自分が悪いと謝るのだ。俺の弱さがベディのせいになって、なあなあで終わらせてしまう。ベディの全てを受け止める愛情と、優しさに甘えている。
「ベディは、何も悪くないよ。怖かったでしょ。」
俺は膝をついて、ベディに目線を合わせる。椅子に座っているベディを見上げる形になって、できる限り優しく笑ってみる。
口先で甘く言っても、きっと、ベディには俺の不安な気持ちをどこかで察しているのだ。わかっているから、甘えてしまう。
不意に、ベディが俺を抱きしめた。
少し力を入れたら折れてしまう腕を肩にまわし、小さな力で力いっぱい抱きしめられた。
ベディは泣きそうな声で、
「ごめんなさい。」
またそう呟いた。正直、何に謝ってるのか、分からなくなった。戸惑いながらも、言葉を絞り出す。
「えっと、、、ベディ?」
ベディは抱きしめる力を強くして、また言うのだ。
「ごめんなさい。」
「えっと、、、」
ベディは震えた声で言う。
「ごめんなさい。ベディ、きっと、ううん、フール様を傷つけました。ごめんなさい。」
やっぱり。俺の弱い所はベディに完全に見えている。悩んでいるところが透けて見え、俺が傷ついたように見えるのだろう。俺はベディを優しく抱きしめ返すと、できるだけ優しい声で言う。
「大丈夫。ベディは何も悪くないよ。少し疲れただけだから。ありがとう。」
ベディは俺の肩に埋めた顔を横に振り、長い髪をボサつかせる。
「フール様が良くても、ベディがヤです。」
泣き拗ねた子供のベディがなあなあのジレンマを掻き立てる。
「どうして?」
頭を撫でて、笑って聞く。
「フール様、まだ辛そうです。悲しそうです。だから嫌です。」
(ほんとに、この子は。)
すみすぎた心を向けられて、優しすぎる心を向けられて、愛情なんて存在しない感情に浸りたくなってしまう。
「大丈夫だよ。本当に。」
俺はベディの頭を撫でて言い聞かせる。それでもベディは頭をふってしがみついている。
「うーん、わかった。もう少し、こうしてよっか。そしたら仕事に戻ろう。ね?」
ベディは顔を上げずに少し間を置いて頷いた。どうやら渋々頷いているようだ。
「ありがとう。」
ベディの温もりにもう、少しだけひたっていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
大浴場。
今日分の仕事が終わり、四人がクタクタの体を癒す。それぞれの白い肌と水が輝いていた。
段になっているところにライが座って、コールがぷかぷかと泳いでいた。
フールが天井を見上げながら沈む。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙。疲れた。今日は特に。」
体を洗い終わったヘルドレイドが湯船に入る。
「特にって、いつもより人多くはあったけど、静かだったでしょ。」
呆れたように、あるいは、疲れたように言う。フールがあたまをおいている縁に肘を置いて頭を支える。髪から滴り落ちる雫が音もなく縁の水溜まりと同化する。
「今日、ベディの元の主人が来てた。」
その言葉に全員がフールの方を見た。
「それで運悪く、ベディと鉢合わせてさ。」
ヘルドレイドが少し睨みつけて言う。
「大丈夫なの?」
「多分。なんて言うか、辛そうだったのは付き添いに居たフローラって女の子に対してだと思う。」
「フローラ?」
その名前にライが反応する。フールもそれに気づいて
「何か知ってるのか?ライ?」
ライは少し考えて、
「嗚呼、昔の親友って言って言ってたよ。」
フールは少し理解したようでライに向けた顔を戻した。
「やっぱり、はぁ。」
「何?そのフローラって子がどうかしたの??」
「直接は見てないけど、多分、ベディのことを拒否したんだと思う。そんなベディに俺は、、、」
「俺は?」
「いや、な、、、」
言うことを拒否しようとすると逆からヘルドレイドがニッコリ笑ってこちらを見てくる。
「俺は?」
「いやぁ、、、その、」
「俺は。」
コールも面白半分なのかのってきた。
(あれ、これ言い逃れできないパターン??)
「ソンナベディ二気ヲ使ワセテシマッタナー、、、あはは。」
無理やり乾いた笑いを出して、ごまかそうとしてしっぱいした。
「へぇ~。その話詳しく聞こうか。」
ヘルドレイドが代表したように言って、俺は三人の視線に耐えられなくなった。

事の顛末を喋り、一番最初に出た言葉は、三人揃って、
「「「最低。」」」
の一言だった。
当然のようにクリティカルヒットした。
「いや、わかってる。俺もそう思う。」
傷心しているベディに自分を慰めさせて、しっかりとした解決は一切していない。慰められるべきなのは俺ではなくベディであったはずなのにほっておいてしまった。
ヘルドレイドがため息混じりに言う。
「まさかフールのヘタレがここまでとは。」
「ほんと、ここまで来ると、呆れを超えてベディに同情してしまうよ。」
「フール。酷い。ベディ。可哀想。」
全員の言葉が刺さる。
事実だからこそより抉ってくるのだ。
「わかって、、、」
ガラガラと音を立てて大浴場のドアが開いた。今この場で、この建物の中で俺たち以外にいるのは一人。
「フール様、ライ様、ヘルドレイド様、コール様、タオルの方を持ってきました。横に置いておくので使ってください。」
全員少し固まったが、ライが
「うん。わかった。ありがとう」
と返す。ヘルドレイドがなにか思いつたようで、
「一緒に入る??ベディ。」
「ばっ!!」
慌てる俺と違い冷静にベディは言う。
「はい。少し待ってください。」
「ちょちょちょ!待った!待った!ベディ待て!今のはヘルドレイドがふざけただけだから!!入ってこなくていい!というか来るな!」
ヘルドレイドはぁ、とため息を吐いて、
「僕は全くふざけてないけど。別にいいじゃん。今更だし。」
「良くなぁァァい!ダメダメ!」
「なんで?」
俺はベディに聞こえないように、小声で
「ベディは羞恥心ってものがほとんどないんだから、、、」
ヘルドレイドは言葉を遮る。
「ベディ、ちょっと来て!」
「おい!話を聞け!!」
ベディは戸惑いながらぺたぺたと素足を鳴らしながら入ってくる。ベディの服は制服のドレスではなく、初日にフールが寝巻きようにあげたワイシャツ一枚になっていた。
「はい。」
ベディは縁の前に膝をついて座ると、ヘルドレイドと俺に視線を行き来させる。
俺はだいぶため息をついた。
ヘルドレイドは楽しそうに手招きをしてベディに聞く。
「ねぇベディ、このまま一緒に入る?フールは恥ずかしがってるだけだからほっといていいよ。」
湯船から出して濡れた手でベディの頬に触れる。ベディは撫でられるのが好きな小動物の様にヘルドレイドの濡れた手に頬を擦り付ける。
「どうする?」
ベディの瞳が少し潤って重そうに瞬きをする。
その様子を見て、俺は、
「ヘルドレイド、ベディを戻してやれ、どうせ寝る直前だったんだろ?」
俺の言葉にベディは少しビクッとして、目線をそらす。その様子を見て、ヘルドレイドも納得してベディの頬から手を離した。
「それは悪いことしちゃったね。」
ベディは慌てて頭を振る。
「だ、大丈夫です!」
「ダメだよ。ベディの大丈夫は信用しないって決めてるからね。」
「むっ、、、う。」
残念そうにしてしょぼくれた。
(いや、いつからきめてたんだよ。)
そう思いつつ、ヘルドレイドがベディを部屋に返すのを見届ける。残念そうに帰ってゆくベディの背中を見送って先ほぼと同じように縁に頭をつける。
ひと息ついて、瞼を下ろす。
(やっぱ、俺ヘタレなんかなー。そんなつもりないんだけどなー。災厄だなー。)
なんて思っていると、静まり返った浴室にコールの声が反響する。
「フール。」
「んァ、」
大きく水が上がる音が響き、自分の頭の両脇に手が叩きつけられる。
「へ?」
自分のものとは思えぬふ抜けた声が出た。
先程まで見ていた天井はなく、コールの幼い顔がおれをじっと見下ろしていた。
いつもぼーっとして何も考えていないコールが突飛な行動に出たものだから、頭が追いつかない。助けを求めたくてヘルドレイドと、ライを見るが、二人とも固まっている。
(あ、ヘルプなし。)
異様に鼓動がなって煩い。のぼせたのか息が少し荒くなって、ほうが熱い。
「フール。こっち。見て。」
言われるがままにコールを見ると、コールの顔がだんだん下に下がって来る。
「え、何、何何!」
(これ、やばい、、、)
少し頭がクラついて、力が抜けてゆく。
「コール、やめ、」
コールと俺の額がぶつかり、互いの目がまじかに来る。そこで俺はようやく気づいた。コールの目が光っていることに。
「おま、力、、、くっ、、ぅ」
俺は浴槽の底を蹴って、体勢をなおすと、
「ふざけんな!!」
コールの顔を掴んで押し返した。ライとヘルドレイドが引っ張っていたようで、三人とも飛ばされた。
高い水しぶきを上げたせいで、湯船がだいぶ減った。
(あ、やべ。)
抵抗したせいで、無意識的に自分も力を使っていたらしく、予想以上に飛んで行った。
「だ、大丈夫か?」
「「な、、、なんとか。」」
ライとヘルドレイドは片手をあげて答えた。
コールは湯船に沈んだ顔を上げた。
「やっぱり。おかしい。」
「お前の行動がな!!」
「違う。ベディ。」
「はぁ??」
「ベディ。僕の。こと見なかった。」
「はぁ?」
コールの言ってる事がわからず苛立ってしまう。
「ベディ。僕を。見て。わかんない。って。」
ライがコールの言ったことがわかったのか、口を開けた。
「まさか、コールの誘惑が通じてないの?」
コールは頷く。
俺ですらまともに食らったらひとたまりもないコールの誘惑能力。勿論、俺達にもその能力自体はあるし、コールの固有している能力はこれだけじゃない。が、俺やほか二人に比べて大分に威力は強い。
「僕。フール。と。ヘルドレイド。話してる。時。ずっと。かけてた。」
なのにベディは何事もないように去っていった。
コールにはそれが不思議でしょうがなかったらしく俺にかけてみたらしい。
(まぁ、言いたいことは、分からなくはないけど、だからってあんな強引にしなくても、、、)
俺は自分の顔にバシャバシャお湯をかけ、立ち上がった。
「出る。」
そのまま脱衣所へと入った。
「フール。怒った。」
ヘルドレイドは少し首を傾けて
「さぁね。」
ライが少し笑って
「まぁ、あの様子だと大丈夫だと思うよ。」
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静まり返る一人部屋。暗闇の中、遮光カーテンの隙間から漏れ出る月の光が闇雲に隠される。
その闇の中で安らぎに眠るのはベディ。優しい眠りの中で宝石の瞳を隠して、明るいと信じて朝日が昇るのを待っている。
ノックもせずに扉が開かれた先には夢魔が緑目の一つ。
眠っているベディの隣へ行き、頭を撫でる。
「俺は何をやってんだよ。こんなん女々しいだけじゃねーか。」
フールは自身の行動にため息をつく。
(てか、謝るなら明日でもいいんじゃ?)
なんてこと考えていると、自分と手の上にそっと小さな手が乗るのを感じた。
見ればベディのグリーンアレキサンドライトがぱっちりとこちらを見つめていた。
「悪い。起こした?」
撫でていた手を退けようとすると、ベディの手が掴んで阻止する。
「大丈夫です。、、、まだ、」
「ん?」
「まだ、このまま、、、」
もう一度頭を撫で始める。ベディは嬉しそうに口をほころばせた。
「ベディ。」
俺は少し深呼吸して言う。
「今日、ごめんな。」
ベディはキョトンとして分からない様子だった。
「もっと早くに入ればよかった。」
その言葉で納得したのか、ベディは笑って
「大丈夫です。その、ベディは、フール様が来てくれただけで、嬉しかった、、、です。」
そう。ベディの目にはあの場に来たフールがおとぎ話の王子に見えた。同時に自分がつかえられている事への嬉しさが募った。
「それでも、謝らせて欲しい。早く助けに入れなくてごめん。ベディ。」
どうして謝られているのか分からないが、それでも頷いて、
「わかり、、、まし、、、た」

眠りについた。

フールの手が気持ちよかったのか、先程よりも嬉しそうに瞼を下ろした。
フールは少し安心し、少しモーフをずらして、ワイシャツの間からでる胸元に口づけを落とした。
モーフを戻して、ベディの腕を中に入れ、部屋へと戻って行っく。
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翌朝、日課のゴミ出しをしていたベディ。
「うんっ!しょ」
三つほど袋を出し終わり、ダクトの蓋を閉める。
イデアから少しでたこの場所はベディにとって唯一の外と言える場所だった。いつも街は薄暗く、死の街(デッドシティー)と呼ばれているのがよくわかる。周りがこんなんだからフール達が心配して外出を許可して貰えなかった。
「、、、?、だ、誰かいるんですか??」
後ろになにかの気配を感じて振り返るが猫がか細く鳴くだけ。
ほかの音がなく、ただただ、コンクリートの壁が太陽の光淡くする。
(なんだろう。いつもより、暗い。)
異様に心拍数が上がる。
急いで戻ろうと振り返った時、
大柄の男に頭を殴りつけられた。
(え?)
その場で倒れ、ぼやける視界で手を伸ばす。
「みゃー」
猫がひと鳴きするだけで、何も掴めなかった。
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