49 / 60
7. Double Blizzard
Double Blizzard 13話
「雪吹様のことは老板からうかがっております。私は李と申します。どうぞお見知りおきください」
再度丁寧に頭を垂れる男は、その外見からしても品の良いのが伝わってきそうな男前である。よしんば、このままclub-xuanwuの店内に立たせてもいいくらいの美丈夫に、失礼とは思いつつも、ついつい凝視してしまった。年の頃は龍よりもかなり上に感じられるし、見るからに頭のキレそうな雰囲気に気後れしてしまいそうだ。
何より”李”という彼の名である。
昨夜から思っていたことだが、黄老人のことを『大人』と呼んだり、この李という秘書が龍のことを『老板』と言ったりと、どこかしこに懐かしい香港を思わせる雰囲気が飛び交っているのだ。
「えっと……あの……」
誰を相手に何からどう訊いていいのかと面食らっているような波濤の様子を、面白そうに見つめながら龍が放ったひと言――、
「俺もお前と同じ――香港生まれの香港育ちなんだよ」
その言葉に、波濤は瞬きを忘れるくらい驚かされてしまった。
◇ ◇ ◇
『俺もお前と同じ――香港生まれの香港育ちなんだよ』
すぐには返す言葉も見つからないほどだった。龍が香港で生まれ育ったなどと、今の今まで全く知らなかった。
「えっと、マジ……?」
その割には随分流暢な日本語だな――というのが脳裏を過ぎったが、かくいう自身も日本語と広東語のどちらで話そうと不自由しないのだから、龍もそうなのだろうかと漠然と納得する。しかも、日本でこんな立派なホテルを経営しているくらいなのだし、ある意味流暢で当然だろうか。
「俺の親父は中国人でな、このホテルも言うなれば親父の持ち物なんだ。日本に出店する際に、こっちの経営は俺に任せてくれたんだが、本店は香港にある。お前も知ってるかも知れねえが、ホテルの名はzhuqueという」
「zhuque!? それってめちゃめちゃ有名なホテルじゃねえか……!」
香港では知らない者はいないというくらいの超高級ホテルの名を聞いて、波濤はまさに目ん玉が飛び出るというのがぴったりくるくらいに驚かされてしまった。
龍の説明によると、彼の父親は香港を拠点とし、近隣のマカオなどにもホテルを幾つも所有しているということだった。しかも、ホテル経営は一部分に過ぎず、その他にも貿易や不動産、飲食業と多岐に渡る事業を抱えているらしい。
それにしても驚いた。ということは、龍も中国人というわけか。が、やはり流暢過ぎるほどの日本語に首を傾げてしまいそうになる。確か彼の本名は”氷川白夜”だったはずだ。香港生まれの彼がどうして日本名を名乗っているのかということも含めて、もはや謎だらけである。
波濤は迷宮に入り込んでしまった童話の主人公のような心持ちでいた。
「お前、本当に分かりやすいっていうか――思ってることがそのまま顔に書いてあるようだな」と笑いながら龍は告げた。
「俺のお袋は日本人でな。親父の妾なんだ」
「え――――!?」
「だが俺は恵まれてた」
シェフが注いだ食前酒を口に含みながら、今まで可笑しそうにしていたのを僅か真顔に戻しながら龍は続ける。
「親父には香港に本妻がいる。つまり俺にとっては継母に当たるわけだが――彼女は俺のことを実の息子のように可愛がってくれてな。俺のお袋とも親友のように仲良くしてくれている。継母の実子で、俺とは異母兄にあたる兄もいるが、ヤツもガキの頃から俺たち母子を家族同様に扱ってくれた。器がでかい――というだけじゃない、継母と兄貴には感謝してもし切れねえ恩があるんだ。だから俺は少しでも家族の役に立ちたいと思って、実のお袋の故郷であるこの日本で稼業を手伝うことに決めたんだ」
テーブルの上には前菜が並べられていく。見事な料理は、波濤にとっても懐かしい飲茶の
数々――香港にいた頃には毎日のように目にしていた大好物である。
一旦、シェフが下がっていくと、一層真面目な表情で龍は言った。
「帝斗が俺をホストの仕事に誘ったのは、俺とお前の境遇が似ていたからだ。共に香港で生まれ育ち、お袋が妾の立場である俺たちを引き合わせたかったと言っていた。俺ならばお前の抱えているものを理解してやれる――そう思ったそうだ」
「オーナーが……そんなことを」
「ああ。お前の様子がおかしいのを気に掛けていたらしくてな。密かにお前のことを調べたそうだぞ。ヤツの実家も財閥だから、お前の親父さんの平井財閥とも縁があったそうでな。お前が兄の菊造に金を無心されていることを知って、何とか力になってやりたいと画策していたらしい」
確かに帝斗という男はオーナーとしてだけでなく、人間的にも見習うところの多い、魅力あふれる男である。だがまさか、その彼が一スタッフである自らのことをそんなふうに気に掛けてくれていたなどとは夢にも思わずに、波濤は涙のにじむ思いがしていた。
再度丁寧に頭を垂れる男は、その外見からしても品の良いのが伝わってきそうな男前である。よしんば、このままclub-xuanwuの店内に立たせてもいいくらいの美丈夫に、失礼とは思いつつも、ついつい凝視してしまった。年の頃は龍よりもかなり上に感じられるし、見るからに頭のキレそうな雰囲気に気後れしてしまいそうだ。
何より”李”という彼の名である。
昨夜から思っていたことだが、黄老人のことを『大人』と呼んだり、この李という秘書が龍のことを『老板』と言ったりと、どこかしこに懐かしい香港を思わせる雰囲気が飛び交っているのだ。
「えっと……あの……」
誰を相手に何からどう訊いていいのかと面食らっているような波濤の様子を、面白そうに見つめながら龍が放ったひと言――、
「俺もお前と同じ――香港生まれの香港育ちなんだよ」
その言葉に、波濤は瞬きを忘れるくらい驚かされてしまった。
◇ ◇ ◇
『俺もお前と同じ――香港生まれの香港育ちなんだよ』
すぐには返す言葉も見つからないほどだった。龍が香港で生まれ育ったなどと、今の今まで全く知らなかった。
「えっと、マジ……?」
その割には随分流暢な日本語だな――というのが脳裏を過ぎったが、かくいう自身も日本語と広東語のどちらで話そうと不自由しないのだから、龍もそうなのだろうかと漠然と納得する。しかも、日本でこんな立派なホテルを経営しているくらいなのだし、ある意味流暢で当然だろうか。
「俺の親父は中国人でな、このホテルも言うなれば親父の持ち物なんだ。日本に出店する際に、こっちの経営は俺に任せてくれたんだが、本店は香港にある。お前も知ってるかも知れねえが、ホテルの名はzhuqueという」
「zhuque!? それってめちゃめちゃ有名なホテルじゃねえか……!」
香港では知らない者はいないというくらいの超高級ホテルの名を聞いて、波濤はまさに目ん玉が飛び出るというのがぴったりくるくらいに驚かされてしまった。
龍の説明によると、彼の父親は香港を拠点とし、近隣のマカオなどにもホテルを幾つも所有しているということだった。しかも、ホテル経営は一部分に過ぎず、その他にも貿易や不動産、飲食業と多岐に渡る事業を抱えているらしい。
それにしても驚いた。ということは、龍も中国人というわけか。が、やはり流暢過ぎるほどの日本語に首を傾げてしまいそうになる。確か彼の本名は”氷川白夜”だったはずだ。香港生まれの彼がどうして日本名を名乗っているのかということも含めて、もはや謎だらけである。
波濤は迷宮に入り込んでしまった童話の主人公のような心持ちでいた。
「お前、本当に分かりやすいっていうか――思ってることがそのまま顔に書いてあるようだな」と笑いながら龍は告げた。
「俺のお袋は日本人でな。親父の妾なんだ」
「え――――!?」
「だが俺は恵まれてた」
シェフが注いだ食前酒を口に含みながら、今まで可笑しそうにしていたのを僅か真顔に戻しながら龍は続ける。
「親父には香港に本妻がいる。つまり俺にとっては継母に当たるわけだが――彼女は俺のことを実の息子のように可愛がってくれてな。俺のお袋とも親友のように仲良くしてくれている。継母の実子で、俺とは異母兄にあたる兄もいるが、ヤツもガキの頃から俺たち母子を家族同様に扱ってくれた。器がでかい――というだけじゃない、継母と兄貴には感謝してもし切れねえ恩があるんだ。だから俺は少しでも家族の役に立ちたいと思って、実のお袋の故郷であるこの日本で稼業を手伝うことに決めたんだ」
テーブルの上には前菜が並べられていく。見事な料理は、波濤にとっても懐かしい飲茶の
数々――香港にいた頃には毎日のように目にしていた大好物である。
一旦、シェフが下がっていくと、一層真面目な表情で龍は言った。
「帝斗が俺をホストの仕事に誘ったのは、俺とお前の境遇が似ていたからだ。共に香港で生まれ育ち、お袋が妾の立場である俺たちを引き合わせたかったと言っていた。俺ならばお前の抱えているものを理解してやれる――そう思ったそうだ」
「オーナーが……そんなことを」
「ああ。お前の様子がおかしいのを気に掛けていたらしくてな。密かにお前のことを調べたそうだぞ。ヤツの実家も財閥だから、お前の親父さんの平井財閥とも縁があったそうでな。お前が兄の菊造に金を無心されていることを知って、何とか力になってやりたいと画策していたらしい」
確かに帝斗という男はオーナーとしてだけでなく、人間的にも見習うところの多い、魅力あふれる男である。だがまさか、その彼が一スタッフである自らのことをそんなふうに気に掛けてくれていたなどとは夢にも思わずに、波濤は涙のにじむ思いがしていた。
あなたにおすすめの小説
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
年下幼馴染アルファの執着〜なかったことにはさせない〜
ひなた翠
BL
一年ぶりの再会。
成長した年下αは、もう"子ども"じゃなかった――。
「海ちゃんから距離を置きたかったのに――」
23歳のΩ・遥は、幼馴染のα・海斗への片思いを諦めるため、一人暮らしを始めた。
モテる海斗が自分なんかを選ぶはずがない。
そう思って逃げ出したのに、ある日突然、18歳になった海斗が「大学のオープンキャンパスに行くから泊めて」と転がり込んできて――。
「俺はずっと好きだったし、離れる気ないけど」
「十八歳になるまで我慢してた」
「なんのためにここから通える大学を探してると思ってるの?」
年下αの、計画的で一途な執着に、逃げ場をなくしていく遥。
夏休み限定の同居は、甘い溺愛の日々――。
年下αの執着は、想像以上に深くて、甘くて、重い。
これは、"なかったこと"にはできない恋だった――。