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7. Double Blizzard
Double Blizzard 14話
「オーナーが……そうだったんだ。俺のことをそんなふうに考えていてくれたなんて……」
「帝斗は言ってたぜ。菊造の悪事からお前を救ってやることはすぐにでも可能だったと。だが、やさしい心根のお前のことだ、悪事を親父さんに告げ口することで解決したとしても、別の意味でお前が苦しむんじゃねえか――ってな。だから帝斗は俺たちを引き合わせたんだ。俺ならお前のことを理解してやれる。互いにいい相談相手というか……いい親友とか同僚になってくれたらいいと思ったらしい」
飲茶の焼売を皿に取り分けてくれながら、龍は続けた。
「だが、まさか……俺が本気でお前に惚れちまうとは思ってなかったようだがな」
クスッとニヒルに口角を上げながら、悪戯そうに笑ってみせる。
「俺たちが恋仲になったのは正直予想外だったとさ」
そして、「食えよ、旨いぞ」そう言ってまた笑った。
確かに美味い料理も、にじんだ涙でかすんでしまう。オーナーの帝斗がそんなふうに気遣ってくれていたこと、この龍と引き合わせてくれたこと、そして今、目の前の愛する男とこうしていられる幸せが夢幻のように思えていた。
夢幻でもいい――そう思えるほどに波濤は至福だった。周囲からそんなふうな温かい気持ちで見守られていたことに気付きもしなかった。孤独の最中《さなか》で生きることが自分の運命だと諦めていた。だが、そうではなかったのだ。
自らを育ててくれた黄老人さながらに、周囲にはこんなにも情を注いでくれる人々がいた。何と有り難いことだろうか――波濤は自らの幸福を噛み締めながら、嗚咽をこらえるように瞳を閉じ――その頬には一筋の涙がキラリと伝って流れた。
その後も次々と懐かしい中華の料理が運ばれてきて、その中には昨夜からの波濤の体調を気遣ってか、やわらかく煮込まれた栄養価の高いフカのヒレや熱々の粥なども並べられ、料理ひとつひとつにも込められた人情をひしひしと感じさせられるようでもあって、ここでも人のあたたかさが身に沁みるようであった。
そしてデザートと共に、龍は食後酒を、波濤には温かいジャスミン茶が注がれると、秘書の李とシェフたちは『ごゆっくり』と微笑みながら部屋を下がっていった。
「波濤、メシはどうだった? なかなか旨かっただろうが」
少し冷やかすようにおどけ気味でそう声を掛けられて、波濤はハッと我に返った。
「あ、ああ。もちろん。すげえ美味かったし、それに……」
「ん――?」
「温っかかった――マジで、ほんとに」
また涙声になりそうなのを必死に抑えながら笑ってみせる。
と同時に、ふと思い出したことがあった。感激ですっかり忘れ掛けていたが、昨夜からひどく気に掛かっていたことだ。
「そういえばさ、龍――」
「何だ?」
「お前、じいちゃんのこと知ってるって言ってたけど……」
「ああ、黄大人のことか」
先程からの話の中で、龍の父親が香港で企業を経営していることは分かったので、黄老人と知り合いであっても不思議はないのだが、一体どういった縁だったのかが気になったのだ。
「じいちゃんは若い頃からずっとディーラーをしてたんだ。もちろん、年をとってからは現役は引退したけど、若いディーラーたちに技を教えたりしてた。俺もじいちゃんに教えてもらった者の一人だったんだけどさ。お前の親父さんて、もしかしてカジノとかも経営してたのか?」
大人になった時に自らの力で食っていけるようにと、ディーラーの技を仕込んでくれたのは黄老人である。この日本では稼業にこそできなかったが、それを生かして今でもホストクラブで客たちを楽しませるのに大いに役立ってもいる特技だ。
食後酒の甘い香りがほのかに香る口元に笑みを浮かべながら龍は言った。
「黄大人には俺の親父が世話になってな。ガキの頃から大人の話はよく聞かされてたんだ。人生のいろいろなことを教わったって言ってたぜ」
「そうなんだ? 親父さんはじいちゃんと仕事で一緒だったとか……そういうの?」
「まあ、平たく言えばそうだな。大人がディーラーをしてくれていたのは親父の息の掛かった店だったからな」
「あ、やっぱりそうなのか。けど……お前の親父さんてすごい人なんだな。てよりも……お前もすごいヤツ……だよな? 何つーか、俺とは住む世界が違い過ぎて想像すらつかねえ感じ……」
急に現実感が戻ったような面持ちで、波濤が深い溜め息をこぼす。そんな様子を横目に、龍は苦笑してみせた。
「親父は別にしろ、俺は大してすごかねえさ」
「んなことねえじゃん。こんなすげえホテルの経営者だなんて、マジで……ドラマか映画みてえな話だぜ。さっきの秘書の人だって、すっげえ切れ者って感じだったしさ。これじゃまさに”頭領”じゃねえか」
そうだ、xuanwuの店内でもホスト連中が散々盛り上がっていた噂話そのままだ。
「頭領?」
「帝斗は言ってたぜ。菊造の悪事からお前を救ってやることはすぐにでも可能だったと。だが、やさしい心根のお前のことだ、悪事を親父さんに告げ口することで解決したとしても、別の意味でお前が苦しむんじゃねえか――ってな。だから帝斗は俺たちを引き合わせたんだ。俺ならお前のことを理解してやれる。互いにいい相談相手というか……いい親友とか同僚になってくれたらいいと思ったらしい」
飲茶の焼売を皿に取り分けてくれながら、龍は続けた。
「だが、まさか……俺が本気でお前に惚れちまうとは思ってなかったようだがな」
クスッとニヒルに口角を上げながら、悪戯そうに笑ってみせる。
「俺たちが恋仲になったのは正直予想外だったとさ」
そして、「食えよ、旨いぞ」そう言ってまた笑った。
確かに美味い料理も、にじんだ涙でかすんでしまう。オーナーの帝斗がそんなふうに気遣ってくれていたこと、この龍と引き合わせてくれたこと、そして今、目の前の愛する男とこうしていられる幸せが夢幻のように思えていた。
夢幻でもいい――そう思えるほどに波濤は至福だった。周囲からそんなふうな温かい気持ちで見守られていたことに気付きもしなかった。孤独の最中《さなか》で生きることが自分の運命だと諦めていた。だが、そうではなかったのだ。
自らを育ててくれた黄老人さながらに、周囲にはこんなにも情を注いでくれる人々がいた。何と有り難いことだろうか――波濤は自らの幸福を噛み締めながら、嗚咽をこらえるように瞳を閉じ――その頬には一筋の涙がキラリと伝って流れた。
その後も次々と懐かしい中華の料理が運ばれてきて、その中には昨夜からの波濤の体調を気遣ってか、やわらかく煮込まれた栄養価の高いフカのヒレや熱々の粥なども並べられ、料理ひとつひとつにも込められた人情をひしひしと感じさせられるようでもあって、ここでも人のあたたかさが身に沁みるようであった。
そしてデザートと共に、龍は食後酒を、波濤には温かいジャスミン茶が注がれると、秘書の李とシェフたちは『ごゆっくり』と微笑みながら部屋を下がっていった。
「波濤、メシはどうだった? なかなか旨かっただろうが」
少し冷やかすようにおどけ気味でそう声を掛けられて、波濤はハッと我に返った。
「あ、ああ。もちろん。すげえ美味かったし、それに……」
「ん――?」
「温っかかった――マジで、ほんとに」
また涙声になりそうなのを必死に抑えながら笑ってみせる。
と同時に、ふと思い出したことがあった。感激ですっかり忘れ掛けていたが、昨夜からひどく気に掛かっていたことだ。
「そういえばさ、龍――」
「何だ?」
「お前、じいちゃんのこと知ってるって言ってたけど……」
「ああ、黄大人のことか」
先程からの話の中で、龍の父親が香港で企業を経営していることは分かったので、黄老人と知り合いであっても不思議はないのだが、一体どういった縁だったのかが気になったのだ。
「じいちゃんは若い頃からずっとディーラーをしてたんだ。もちろん、年をとってからは現役は引退したけど、若いディーラーたちに技を教えたりしてた。俺もじいちゃんに教えてもらった者の一人だったんだけどさ。お前の親父さんて、もしかしてカジノとかも経営してたのか?」
大人になった時に自らの力で食っていけるようにと、ディーラーの技を仕込んでくれたのは黄老人である。この日本では稼業にこそできなかったが、それを生かして今でもホストクラブで客たちを楽しませるのに大いに役立ってもいる特技だ。
食後酒の甘い香りがほのかに香る口元に笑みを浮かべながら龍は言った。
「黄大人には俺の親父が世話になってな。ガキの頃から大人の話はよく聞かされてたんだ。人生のいろいろなことを教わったって言ってたぜ」
「そうなんだ? 親父さんはじいちゃんと仕事で一緒だったとか……そういうの?」
「まあ、平たく言えばそうだな。大人がディーラーをしてくれていたのは親父の息の掛かった店だったからな」
「あ、やっぱりそうなのか。けど……お前の親父さんてすごい人なんだな。てよりも……お前もすごいヤツ……だよな? 何つーか、俺とは住む世界が違い過ぎて想像すらつかねえ感じ……」
急に現実感が戻ったような面持ちで、波濤が深い溜め息をこぼす。そんな様子を横目に、龍は苦笑してみせた。
「親父は別にしろ、俺は大してすごかねえさ」
「んなことねえじゃん。こんなすげえホテルの経営者だなんて、マジで……ドラマか映画みてえな話だぜ。さっきの秘書の人だって、すっげえ切れ者って感じだったしさ。これじゃまさに”頭領”じゃねえか」
そうだ、xuanwuの店内でもホスト連中が散々盛り上がっていた噂話そのままだ。
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