裏極(極道恋事情番外編)

一園木蓮

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旦那様は迷走中

旦那様は迷走中

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※周焔と鐘崎遼二、旦那組の話。微エロ、コメディ風味。鐘崎視点です。



 某月某日、それはうららかで過ごしやすい季節のことだった。俺と周焔は絶海の孤島に流されてしまった――。
 見渡す限り、海、海、海。他には何もない。任務の途中で乗っていた小型機が故障し、不時着してしまったのだ。

 着いた島に人の気配はなく、だがこんな場所には不似合いなほどの立派な建物だけがそびえ立っていた。
「いったい何なんだ、このバカでけえ建物は――」
「さあ……」
 とにかくは中に入ってみるしかない。すると、そこには更に驚かされる光景が待っていた。
「――えらく古ぼけてるな。人がいなくなって久しい感じだ。以前は軍事施設か何かだった……ってところか?」
「そのようだな――」
 ゴツい建物に負けず劣らずの、これまた立派な通信機材にコンピューターの数々――は、まあいいとしよう。見るからに怪しげな重装備の金庫室に鍵はかかっておらず、中には目を剥くような数の銃器類が散乱していた。
 そのどれもが埃を被っていて、長い間放置されていたと思われる。
「見ろ、カネ――! こっちには缶詰と酒類がゴロゴロあるぜ」
「缶詰だ? 食えそうなのか?」
 日付を見れば、賞味期限は切れていない。
「埃まみれだが、中身は無事なんじゃねえか?」
「こんだけありゃ、幾日かはしのげる――か」
 通信機材が生きていれば何とかなりそうだが、どうやら電気は通っていないようだ。絶望的である。
 だがまあ、有り難いことに気候的には暑くも寒くもないので、それだけはラッキーだったと思うしかない。
「しかし――困ったことに変わりはねえな。俺たちがここにいることを知らせる術がねえことにはな」
「冰や紫月が気付いてくれるのを待つしかねえってことか――」
「GPSが拾えさえすりゃ、案外すぐに助けに来てくれそうだがな」
 楽観はできないが、今はそれしか方法はなかろう。とりあえず雨風をしのげる建物と食料があったことには満足せねばなるまい。



◇    ◇    ◇



 そうして十日ほどが過ぎた。
 缶詰だけでは腹は充分に満たされない。俺たちは海で漁をし、持っていたライターで火を起こし、慣れない料理で食い繋ぎながらこの無人島での日々を何とかしのいでいた。
「まだ迎えは来ねえか――」
「GPSが通じねえのかも知れんな。こいつぁ長期戦を覚悟せにゃならんか……」
 情けない話だが、正直、気が弱くなりそうだ。それでもコイツと二人でいられるだけまだマシだ。独りだったらとっくに滅入っていただろう。

 そんな日が更に十日も続けば、さすがに恐怖を覚えるようになってくる。
 それとは裏腹に、”欲”の方はえらくポジティブだ。正直なところ飯も腹一杯食えるわけじゃなし、建物に残っていた酒も尽きそうだ。雨水を熱して飲み、腹は常に満たされない。そんな状況下でも、別の欲が疼き出すのには困ったものだ。――というよりも驚愕だった。

 もうどのくらい情を交わしていないだろう。冰も紫月も今頃は必死に俺たちを捜してくれているだろうが、それと同時に多大な心配もかけていることだろう。
 奴らの顔を思い浮かべれば愛しさと同時に男の欲を覚えてしまう。
 抱きたい――。肌と肌とを重ね合わせて、愛しい嫁の温もりを感じたい。
 というよりも、欲を吐き出したい、ぶつけたい。
 抱くというよりは犯すというくらいに強く激しく絡み合いたい。
 そんなことを考えながらの自慰は虚しく、そして辛い。
「なあ、おい――目をつぶれ」
「――? 何だ、いきなり」
「いいからつぶれ。お前を紫月だと思うことにする」
「――は? 何の話だ」
「てめえだって限界だろうが。互いに見つからねえよう気遣いながら、夜中にこっそりヌくのも正直しんどくなってきた」
 チラリと横目に窺えば、驚いたようなツラで片眉を吊り上げた。
「――つまり、抜き合いでもしようってか?」
「仕方ねえだろ。想像すらしたことねえこんな状況下だ。それに――てめえ相手なら”浮気”にはならんだろうしな」
 しばし沈黙の後に低い声が耳元を撫でた。
「抜き合いまでだぞ。俺はてめえに突っ込む気はねえからな」
 そう言ったと同時にデカい掌が俺の雄を握った。そして付け足すようにもうひと言、
「勘違いすんなよ? てめえとヤんのが嫌だって意味じゃねえ。俺のコイツは冰だけのモンだからな」
 ニヤッと不敵に笑う。
「誰がヤるとまで言った。俺ンだって紫月だけのもんだ。てめえに突っ込む気はねえ」
 というよりも、俺とこいつは互いに突っ込むことしか頭にねえ同類だ。仮に一生涯をここで過ごすなんてことになったとしても、どちらかが譲ることは難しいだろう。そんなことを考えながら、お返しとばかりに手を伸ばしてギュッとヤツの雄を握り込んだ。
「目、閉じろ。いくら非常事態でもさすがにやりづれえ」
「ああ――今だけおめえを紫月だと思うことにする」
「俺にとっては冰だ」
 互いに目を閉じ、互いの愛しいヤツを思い浮かべて重ねた唇は、しっとりと、ねっとりと欲情をあおり、やがて無我夢中の境地に俺たちを誘《いざな》い――そして堕とした。



◇    ◇    ◇



「……龍、白龍!」
「おーい、遼! ダイジョブかぁー」

 ペチペチと頬を叩かれる感覚に瞼を開ければ、そこには懐かしい嫁たちの顔――、苦笑ながらも心配そうに見下ろしているのが分かった。
「紫月……!」
「冰かッ!?」
 やっと助けが来たのか――! 慌てて飛び起きて周囲を見渡す。その瞬間、ズキっと頭の隅が痛んだ。紛れもない二日酔いの感覚だ。
 おかしい。酒なんざとっくに底をついているはずだ。
「ここは……? 俺ァいったい……」
 しばし呆然としていると、紫月と冰の聞き慣れた声が呆れまじりで笑っているのを感じて、ハタと我に返る。
「何言って! 昨夜飲んだっきりこんなソファなんかで寝ちまうから。起こしてベッドへ運ぼうにも、テコでも動きゃしねえんだからよぉ」
「仕方ないから布団だけ掛けてここで寝させてあげればいいかってことになったんだよー。大丈夫? 結構飲んでたから二日酔いになってないー?」

 結構飲んだ――だと?

 意識がはっきりしてくるごとに、記憶の方も明るくなってきた。
 そうだ――ここはホテルだ。俺たち四人で――いや、李さんや劉さん、源さんや真田さんたちも一緒だったからもっと大勢だったはず――そう、皆と旅行に出掛けてきた南の島のリゾート・ホテルだ。
 昨夜は風呂から出た後に寝酒を引っ掛けながら、このリビングで映画を観たんだった。ちょうどテレビをつけたら、どこかの国の敏腕エージェントとやらが難題ミッションに挑むっていうような映画が流れていて、興味を引かれたんだった。
 そのまま見入って、案外面白くて盛り上がって、気分が良かったことまでははっきりと覚えている。勢いでワインを追加し、もう何本か空けたはずだ。
「せっかく面白い映画だったのに、結局最後まで観ねえ内に寝ちまってよぉ」
「ラストは意外な展開でしたよね!」
 後でどうなったか教えてあげるねなどと言って、紫月と冰が笑っている。
「おめえら、水飲むかぁ? あったけえのが良ければ珈琲か茶でも淹れっけど」
「あ、じゃあ俺はお風呂にお湯張ってくるねー。朝風呂入れば気持ちいいよ!」
 相変わらずやさしくて気が回る嫁たちだ。
 そうか。そうだった。あの映画、確か――主人公がバディを組んだ相方と共に小型機で敵を追っていたところ、故障によって絶海の孤島に不時着した。そんな内容だった。

「――! ってことは……あれは夢……だったってことか?」
「なんだ、夢か――。ふぅ……安心したぜ」

 対面のソファで身を起こしたと同時にハモって目が合った。

「なに……? まさかてめえもヘンな夢でも見たってか?」
「俺も? ってことは、てめえもか?」
「どんな夢……?」
「いや、それがだな……。てめえと……」
「俺と……?」
「いや、なんでもねえ」
 どうにもバツが悪い。互いに視線を泳がせ、歯に物が挟まったような言い方しか出てこねえ。

 まさか――同じような夢でも見てたってんじゃなかろうな……。

「はは、まさか――な」
「有り得ねえ……」
 またもやハモって、俺たちは互いに眉根を寄せ合ってしまった。

 コイツが見たのはどんな夢だったのか――それは聞かないでおくのが賢明だろう。

 思わずヒクついた唇を苦笑いでごまかしていると、キッチンスペースと風呂場から紫月と冰の暢気な声が聞こえてきた。
「ほれ、湯が沸いたぜ。珈琲にする? それともジャスミン茶とかがいいか?」
「お風呂溜まったよー。バスソルトがねー、マリンブリーズっていう名前だって。さすが南の島だね! すっごくいい匂いだよ」
 穏やかでやさしい空気が俺たちの周りで気持ちのいいさえずりを奏でてくれる。
 茶と風呂が済んだら今日は買い物にでも出掛けるか。何だか思いきっり甘やかして贅沢なプレゼントでも買ってやりたい気分にさせられる。
 それとも海でマリンスポーツでも興じようか。水上バイクにこの可愛い嫁たちを乗せて走るのも気持ちが良さそうだ。隣の部屋の源さんや真田氏も誘ってビーチバレーも楽しいだろう。
 たくさん遊んだら皆んなで目一杯旨いものでも食って、夜は可愛い嫁と思い切り肌を重ね合おう。今宵は昨夜の分もリベンジだ。時間をかけてゆっくりじっくり欲望の赴くままに絡み合いたい。そんな想像をすれば自然と頬がゆるんだ。
「おい、コラ。ニヤけたツラしてどんな想像してんだか」
 淹れたての珈琲を美味そうにすすりながら、対面からヤツが冷やかし文句を口にする。
「ニヤけたとは言い草だな。そういうてめえこそ”やーらしい”顔してっぞ」
「誰が”やーらしい”だ。欲情大魔王のてめえに言われたかねえ」
「ふん! 欲情大魔王とはこれまたご挨拶だ。まあいい、褒め言葉として受け取っておくぜ」
 プッと同時に吹き出して、危うく珈琲をこぼしそうになった。
 なんだかんだ言って、こいつと俺とは長い付き合いだ。ちょっと顔つきを見ただけで、考えてることや思っていることが解ってしまう。昨夜見たおかしな夢も、もしかしたら同じようなモンを見ていたとして不思議はない。どうにも確かめてみたくなって、あくまで”仮”ということにして話を切り出すことにした。
「なあ、おい――。こいつぁ、あくまで仮の話だぞ? 例えば俺らが二人っきりで無人島に流されたとしてだな。冰や紫月を抱けねえ状況になったらどうする?」
 そう訊くと、一瞬ギクッとしたように片眉を吊り上げた。
「さあな……。そん時はてめえと抜き合いでもしてしのぐとするさ。背に腹はかえられねえ。これも生きる為の本能だ」
 食欲、睡眠欲、性欲、人間の三大本能だなどと指折り数えながらしれっとそんなことを言ってのけたコイツに、またもや珈琲を吹きそうになった。

 やっぱ、てめえの見た夢ってのは……俺と同じようなヤツだったってことか?

 一気にドッとやつれた気がする。
 いや、いやいや! こんなことじゃいけねえ。せっかくの南の島だぞ。世にも珍しいヘンテコな夢なんぞに落ち込んでる場合じゃねえ。楽しもう。そうだ、楽しむんだ俺!
 いや、待て。だが夢に見るということは……俺の潜在意識の中にそういう願望が存在するってことか?
 俺も、ってよりも同じ夢を見たとしたならコイツも――そんな願望があるってのか?
「無し無し無し無し! ンなわきゃねえーーー」
「なんだ、いきなりでっけえ声出して」
「……いや、なんでもねえ」
「まさかてめえ――夢の続きで邪な妄想でもしてたんじゃあるめえな?」
 ニヤッと不敵な視線を飛ばされて、更にドッと疲労感が襲ってくる。

 ンな、さも勝ち誇ったようなツラして余裕ブッこいてる場合じゃねえぞ。てめえだって同じような夢見た(はずな)んだから……。



 バカンスはまだ始まったばかり――。

- FIN -
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