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交流会の翌日、学園は休みだった。昨日の交流会で誕生したカップルが、親睦を深められるように、学園側の配慮だろうか。
そんなことは気にもとめず、アンデリクは自宅のテラスで課題を片付けていた。学園には魔法の実践だけではなく座学もある。
テラスからは手入れの行き届いた庭と玄関に続くタイルの小道とレンガの柱に支えられた門が見える。休日にこのテラスで勉強や読書をするのが、アンデリクの習慣だった。晴れた日は向かいの家の屋根が太陽の光を反射してキラキラ輝くのを見る楽しみもある。
今日は昼食までに課題を終わらせ、あとの時間は読書をする予定だった。
─────────。
陽が傾いてきた頃、通りの先から騒がしい人の声が聞こえてきた。その声の主はアンデリクの家の門の前で立ち止まった。
「じゃあね、ルキアンちゃん」
聴こうとしなくても、アンデリクの耳に会話が飛び込んでくる。
背の高い男が、髪を2つに結んだ女に甘い声で言うのが聴こえた。
「やだぁ、ルキって呼んでって言ったでしょお? アタシたち、パートナーなんだからぁ」
しなを作って女が男に上目遣いで擦り寄る。それにしても声がでかい。まるで2人の関係を周囲に誇示しているようだ。男は大袈裟に言う女を煩わしく思う様子もなく、
「そうだった、ごめんね、ルキちゃん」
と、女の頬に軽くキスをした。
上機嫌で去っていく女に手を振りながら、男が顔をアンデリクに向けた。ぽってりとした唇で幼さの残る整った顔立ち。黒と金の髪がバランスよく混ざった珍しい髪色の男は、アンデリクの弟だ。
名前はコンラルフ。デート帰りの弟はパステルカラーのカーディガンに白いシャツ、ジーンズを履いていた。シンプルな服装だが、顔がいいだけに何を着てもオシャレに見える。
コンラルフは腰にぶら下げたホルダーから杖を取り出すと、空中に魔法陣を段々に配置して、それを足場にしてテラスまで登ってきた。空中に足場を作る魔法には高い魔力が必要だ。
それをコンラルフはこともなげに行う。
「盗み見なんて、趣味悪ーい」
テラスに降り立ったコンラルフは、ホルダーに杖をしまいつつ、おどけるに言った。
「またパートナーを変えたのか」
アンデリクが渋い顔をして言うと、コンラルフは整った眉をひょいと上にあげた。
「え? 変えてないよ。オレはたくさんの人に愛されてるだーけっ」
兄のアンデリクよりも身長の高いコンラルフが、可愛こぶりっ子してそんなことを言う。実の弟だが、アンデリクはそれを冷ややかな目で見た。
「可愛くないぞ」
アンデリクがポツリと言うと、コンラルフは口を尖らせてそっぽを向いた。
「ふーんだ、兄ちゃんだってモテるんだから、パートナー作ればいいじゃん」
「僕は別に僻んで言ってる訳じゃないよ」
「わかってるよ、そんなこと」
コンラルフは図体ばかりデカく育ったが、すぐ拗ねるところは相変わらずだ。アンデリクは、テラスの手すりに座った弟の頭を、ポンポンと優しく叩いてやる。
チラリと視線を下げてアンデリクを見るコンラルフは、少し機嫌が治ったようだ。
「そう言えば昨日、交流会だったんでしょ?」
「交流会に行けば、必ずパートナーができる訳じゃないよ」
「真面目な話、早くパートナー作りなよ。オレたちカッコよく生まれたんだからさ、宝の持ち腐れだと思わない?」
相手に依存して魔力を高めるこの世界で、美男美女に生まれるのは有利なことだ。見目が良い者は、多くの人に好かれやすく、強い自信と魔力を持っていることが多い。その上、美男、または美女のパートナーとなった相手は、周囲に自慢できるパートナーを持っていることで、優越感に満たされ、普通のカップルよりも高い魔力を保持していることが多い。
だが、そこには問題もある。多くの美男美女の魔法使いは、恋愛に対しての素行が悪い。大概の者が、パートナーを1人には絞らず、複数人を同時にパートナーにしていることがあるのだ。
パートナー制度において、複数人との同時契約は問題とならない。大っぴらには言っていないが、高い魔力が維持できるのなら、二股だろうが三股だろうが、はたまた九股だろうが黙認するのがパートナー制度だ。アンデリクがパートナー制度に疑問を抱いているのはその部分にもある。
もちろん、全ての魔法使いがパートナー制度に軽薄に取り組んでいる訳でない。だが、一部にはそういう魔法使いがいるのも事実だ。
アンデリクにとって、恋愛は一対一でするものだった。なのに、弟が複数のパートナーを持っていると聞いて、アンデリクは頭を抱えたくなった。
「僕は誰かを愛することには向いてないみたいだ」
アンデリクの言葉にコンラルフは首を傾げた。
「何言ってんの? 兄ちゃんは愛さなくても、相手に愛されてればそれでオッケーじゃん。それが自信になって魔力になるんだから、パートナー制度ってそういうもんでしょ」
パートナー制度がそうでも、愛はそういうものじゃないだろう。アンデリクは心の中でそう思ったが、弟にうまく説明できそうにない。
学園は恋愛至上主義でパートナー制度を行なっているが、そこに純粋さや清廉さを求めてはいない。
アンデリクの想う愛と、この世界が求める愛には大きな隔たりがあるようだ。
「なら、なおさら向いてないな」
自嘲して言うアンデリクを、コンラルフは理解できない様子で眺めていた。
そんなことは気にもとめず、アンデリクは自宅のテラスで課題を片付けていた。学園には魔法の実践だけではなく座学もある。
テラスからは手入れの行き届いた庭と玄関に続くタイルの小道とレンガの柱に支えられた門が見える。休日にこのテラスで勉強や読書をするのが、アンデリクの習慣だった。晴れた日は向かいの家の屋根が太陽の光を反射してキラキラ輝くのを見る楽しみもある。
今日は昼食までに課題を終わらせ、あとの時間は読書をする予定だった。
─────────。
陽が傾いてきた頃、通りの先から騒がしい人の声が聞こえてきた。その声の主はアンデリクの家の門の前で立ち止まった。
「じゃあね、ルキアンちゃん」
聴こうとしなくても、アンデリクの耳に会話が飛び込んでくる。
背の高い男が、髪を2つに結んだ女に甘い声で言うのが聴こえた。
「やだぁ、ルキって呼んでって言ったでしょお? アタシたち、パートナーなんだからぁ」
しなを作って女が男に上目遣いで擦り寄る。それにしても声がでかい。まるで2人の関係を周囲に誇示しているようだ。男は大袈裟に言う女を煩わしく思う様子もなく、
「そうだった、ごめんね、ルキちゃん」
と、女の頬に軽くキスをした。
上機嫌で去っていく女に手を振りながら、男が顔をアンデリクに向けた。ぽってりとした唇で幼さの残る整った顔立ち。黒と金の髪がバランスよく混ざった珍しい髪色の男は、アンデリクの弟だ。
名前はコンラルフ。デート帰りの弟はパステルカラーのカーディガンに白いシャツ、ジーンズを履いていた。シンプルな服装だが、顔がいいだけに何を着てもオシャレに見える。
コンラルフは腰にぶら下げたホルダーから杖を取り出すと、空中に魔法陣を段々に配置して、それを足場にしてテラスまで登ってきた。空中に足場を作る魔法には高い魔力が必要だ。
それをコンラルフはこともなげに行う。
「盗み見なんて、趣味悪ーい」
テラスに降り立ったコンラルフは、ホルダーに杖をしまいつつ、おどけるに言った。
「またパートナーを変えたのか」
アンデリクが渋い顔をして言うと、コンラルフは整った眉をひょいと上にあげた。
「え? 変えてないよ。オレはたくさんの人に愛されてるだーけっ」
兄のアンデリクよりも身長の高いコンラルフが、可愛こぶりっ子してそんなことを言う。実の弟だが、アンデリクはそれを冷ややかな目で見た。
「可愛くないぞ」
アンデリクがポツリと言うと、コンラルフは口を尖らせてそっぽを向いた。
「ふーんだ、兄ちゃんだってモテるんだから、パートナー作ればいいじゃん」
「僕は別に僻んで言ってる訳じゃないよ」
「わかってるよ、そんなこと」
コンラルフは図体ばかりデカく育ったが、すぐ拗ねるところは相変わらずだ。アンデリクは、テラスの手すりに座った弟の頭を、ポンポンと優しく叩いてやる。
チラリと視線を下げてアンデリクを見るコンラルフは、少し機嫌が治ったようだ。
「そう言えば昨日、交流会だったんでしょ?」
「交流会に行けば、必ずパートナーができる訳じゃないよ」
「真面目な話、早くパートナー作りなよ。オレたちカッコよく生まれたんだからさ、宝の持ち腐れだと思わない?」
相手に依存して魔力を高めるこの世界で、美男美女に生まれるのは有利なことだ。見目が良い者は、多くの人に好かれやすく、強い自信と魔力を持っていることが多い。その上、美男、または美女のパートナーとなった相手は、周囲に自慢できるパートナーを持っていることで、優越感に満たされ、普通のカップルよりも高い魔力を保持していることが多い。
だが、そこには問題もある。多くの美男美女の魔法使いは、恋愛に対しての素行が悪い。大概の者が、パートナーを1人には絞らず、複数人を同時にパートナーにしていることがあるのだ。
パートナー制度において、複数人との同時契約は問題とならない。大っぴらには言っていないが、高い魔力が維持できるのなら、二股だろうが三股だろうが、はたまた九股だろうが黙認するのがパートナー制度だ。アンデリクがパートナー制度に疑問を抱いているのはその部分にもある。
もちろん、全ての魔法使いがパートナー制度に軽薄に取り組んでいる訳でない。だが、一部にはそういう魔法使いがいるのも事実だ。
アンデリクにとって、恋愛は一対一でするものだった。なのに、弟が複数のパートナーを持っていると聞いて、アンデリクは頭を抱えたくなった。
「僕は誰かを愛することには向いてないみたいだ」
アンデリクの言葉にコンラルフは首を傾げた。
「何言ってんの? 兄ちゃんは愛さなくても、相手に愛されてればそれでオッケーじゃん。それが自信になって魔力になるんだから、パートナー制度ってそういうもんでしょ」
パートナー制度がそうでも、愛はそういうものじゃないだろう。アンデリクは心の中でそう思ったが、弟にうまく説明できそうにない。
学園は恋愛至上主義でパートナー制度を行なっているが、そこに純粋さや清廉さを求めてはいない。
アンデリクの想う愛と、この世界が求める愛には大きな隔たりがあるようだ。
「なら、なおさら向いてないな」
自嘲して言うアンデリクを、コンラルフは理解できない様子で眺めていた。
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