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5 おれ
30 二人 3P開始
しおりを挟む良い天気だ。
青緑色の空が、雲ひとつなく遠くまで見えている。
ゼンさま、ゼンさま、とディスプレくんが昔のスペラのように話しかけてくる。
無邪気な笑顔に気が緩みそうになるけれど、スペラの表情が強張っている気がして返事をしづらい。
だっておれ、ずっとスペラに抱っこされたままなんだよ。
声がするから返事をするけど、ディスプレくんの姿は見えてない。
「ディスプレくん、さまはやめてくれないかな」
「え、でも、ゼンさまもぼくをくん付けで呼んでますよね」
「……そっか、そうだね、じゃあディスと呼んで良いかな、おれのことはゼンでお願い」
「っ!、はい、ゼンっ♪」
名前を呼び捨てにするよりも愛称呼びの方が罪悪感がないかなー、と思ったんだけど、パッと光り輝くような嬉しそうな声が返ってきて、心が痛くなる。
おれを抱えているのに、スペラの歩幅は大きい。
風景の流れ方が走ってるみたいに早い。
抱えられているのにほとんど揺れを感じない、現実感が薄いせいなのか、顔にそよ風が当たっているような気がするくらいで眠たくなってくる。
スペラにゆっくり歩いてと言いたいけど、言えない。
ディスプレくんもといディスは追いつきながら話しかけてきてるから、もしかして全力疾走させてしまってる?
なんかこう、小さい子供に無理させてるみたいで、しんどい。
この子が自分の意思でついてきているはず、なんだけど、スペラがなんだか落ち込んでるような感じで話し合えていないから。
前を向いて進むばかりで、スペラがおれの方を見てくれない。
おれは抱っこされてからずっと顎を下から見上げてる。
鼻毛が見えないのはイケメンだからなのか、クラゲだから体毛が生えてないのか、それなら髪の毛はどうなってるんだ。
「そうだ、スペラは腹とか減ってない?」
天気の話なんてしてもしょうがないだろ、となるとあとは食事の話しかない。
この世界の定番話題は知らない、さらに数百年ぼっちしたせいで人との接し方を忘れてる、選べる話題の少なさが辛すぎる。
「ゼンはなにか食べたいんですか?」
スペラに話しかけたのに、なぜかディスが返事をしてくれた。
なんだろう、この子はすごーくフレンドリーに接してくれているのに、スペラの機嫌が急降下していくような気がする。
「あ、うん」
だめだ、これだとおれが食事を要求してるようにしか聞こえないだろ。
なんだこの居心地の悪さぁ。
「……ゼン」
「!、なに?」
やっと話してくれたスペラの声に安堵しながら返事をした直後、ばさりとなにかを広げるような音が聞こえた。
唐突にスペラが足を止めて、おれを地面の上に下ろした。
土の上に降ろされたのかと思いきや、そこはディスが敷いたらしいカーペットみたいな布の上で。
そんなもん持ってたから大荷物だったのかと納得しつつ、なにがどうなってんのその無言の連携力どこで鍛えた?、と慄いてしまった。
「ごめん、ゼン」
「ひゃいっ」
「二人で抱くから」
「ふぁい、んんんーーーっっっ!?」
いきなり耳元に吹き込まれた切羽詰まったようなスペラの声におかしな返事をしたら、口を唇で塞がれた。
なに、なにっ、なにーっ!?
なにが起きてんの!?
にゅるにゅると口の中を掻き回されている内に、驚きと疑問が緩んでいく。
まさか道で、というか屋根も壁も床もない外でとか本気なのか。
あ、もしかして前に言ってた監視が無くなった、からその気になった、とか?
でも待った、すぐ側に子供、ディスがいるっての!
しかも外だっ、ここ屋外ーっ!!
「んっ、ん、んんーっっっ」
やめろ、おれたちは結婚してるけどそういうのは子供に見せないってのが、正しい大人の姿勢だろ。
違うのか、え、この世界だと子供に見せたりするの!?
やだやだ、恥ずかしい、ありえない~~っっ!!!
じたばたと暴れていたら、両手ににゅるりと温かさを感じた。
ひぃっ、もうクラゲになってるー!
指同士を絡めるように温かさに包まれていく。
お風呂みたいに気持ちいいのを知っているせいで、どこか遠い感覚越しでも嫌だと思えない。
ここでスペラに抱かれたら、また痛みを感じるように、この世界に根付いているような感覚になるんだろうか。
でも、ここで、ここでか、それはちょっとなぁ。
「スペラ、待って、なんで」
首を振ってなんとか自由になった口で問いかける前に、腰に温かいフリルつき口腕の感触が……あれ、なんか違うような?
感覚が鈍いからおかしい気がするのかな。
振り返って、一瞬、言葉を失った。
「……えっ??」
おれに巻きつくように地面に広がっているのはスペラだ。
見慣れてしまった白銀ラメ光沢クラゲボディを見間違えるはずがない。
じゃあ、おれの後ろにいる、このイソギンチャクみたいなの……だれ???
「あれ、え、えっ?」
でかい、明らかにおれよりも大きなイソギンチャクが地面の上をずりずりと動いている。
白銀ラメ光沢ボディに真珠光沢の口腕を持つスペラと少し違って、胴体らしき筒状の根元部分は白銀ラメ光沢で、触手は半透明乳白色のオーロラ光沢だ。
イソギンチャクはたくさんある触手で、地面に敷いたカーペットの端っこに釘みたいのを打ち込みながら、同時に伸ばした触手をおれの腰にからませてきている。
わー光沢のバリエーション豊富ぅ、とか現実逃避してる場合じゃない。
こいつ、どっから来たんだ。
ついさっきまでおれはスペラに抱っこされて、それをディスが追走していて……あっ、分かっちゃった。
「ディス?」
すぐ側にいたはずの少年がいないのと、スペラがおれの腰にからむ触手を拒否しないから、イソギンチャクの正体の選択肢を一つしか思いつかなかった。
二人で、とスペラが言ったのは聞き間違いじゃなかったらしい。
ちょっと待って。
おれは今から屋外でクラゲとイソギンチャク相手に、くんずほぐれつの大ハッスルするの?
や、やめてほしいかな。
スペラだけならともかく、子供、いや子イソギンチャクだよな?
おれが逃げ出そうとしても、いつのまにかスペラの口腕が上半身にからみついていて、すっぽりと覆われている状態だ。
そこに触手を伸ばしてくるディスらしきイソギンチャク。
外から見たら、ひどい光景だろう。
おれはなんか悪いことしたんだろうか。
あー思い出した。
スペラがディスプレの力が必要だと言ってた。
もしかしたら、力を貸してもらうためにセックスが必要とか?
そんな馬鹿な話は無いと思うけど。
クラゲ紳士に続いて、イソギンチャク紳士かー。
子供なのにずいぶん大きい。
ディスが成長したら、イソギンチャクも大きくなるのかな。
「スペラ、これは必要なことなんだよな?」
覚悟を決めるために声をかければ、スペラよりも硬いイソギンチャクの触手が返事をするようにおれの腰を撫でた。
明らかに素肌を触られた感じだった。
また服が溶かされたのか。
お金出してくれてるのはスペラだけど、勿体無いから溶かすのやめて!
覚悟を決めろ、おれ。
今なら現実感が無いから、きっと痛くないはずだ。
現実感あると、太いの入れられた時はどうしても痛いし苦しいんだよな。
苦しいから気持ちいいに変わっていくのは、何度体験してもやばい。
なんだろう、なんか、ちょっと分かったかも。
「大丈夫だよスペラ、怖くないから」
悪夢だと思ってたことが現実なら、スペラはきっと見たんだ。
おれが覚えてないことを。
どうなってたか分かんないからフォローできなくて辛い。
気負いすぎだよ、おれは何百年も生きて、数えきれないほど殺されて来たんだ。
まあ、現実感も痛みもないから、ずっと悪夢を見ているようなものだよな。
「ディス、ゆっくりしてくれよ、な?」
おれの言葉に応えるように、素肌をぬるりと撫で回された感触がした。
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