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異世界転生者は◯されたかった 2/2

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 財産も人脈も職もない没落寸前の名前だけ男爵家の両親が、孫を持つような歳になってからつくった恥さらしの末子として、この世に産み落とされてから。

 貴族だけでなく成り上がりの庶民にすら、寄生虫や役立たずの穀潰しのように扱われる人生。
 かといって、庶民にも紛れられず。
 他人だった頃の記憶を取り戻すまでは、寄る辺がないことが普通だと思っていた。

 この世は地獄だ。

 恥さらしの子と放置されていたことで、大怪我をして死にかけた。
 殺意はなくとも悪意で死にかけた。
 いいや、殺されかけた。

 痛みと失われていく熱と共に時に思い出したのは、他人の記憶。
 別人だったおぼろげな記憶と、学んだこともない知識と常識。

 それまでの普通が、普通ではないと知った。
 愛されていた記憶を知ってしまった。
 知るすべもない、知るべきではなかったことばかりを。

 けれど、この時はそう思わなかった。

 庶民と変わらぬような貧しい貴族など、存在する価値がないと口にする愚か者ども。
 貴様らの栄達は、先祖から受け継いだだけ、もしくは誰かから奪ったのだろうが。
 違うのは先祖から貧しさを受け継いだか、財を受け継いだかのみ。

 そう思ったのだ。
 そう思うことが当たり前だと知ってしまったから。

 くそが。
 負けるものか。

 現状を唯々諾々と受け入れている両親や兄姉の姿を見て、改善しようと思った。
 貧しいから、放置されるのだ。
 貧しいから、老いてから子を作るような行いをするのだ。

 思い出した記憶から使えそうな部分を用いて組み合わせて、家族へ提言した。
 貧しさから抜け出すために。

 けれど、受け入れられることはなかった。
 読み書きすら知らぬ末子の妄言だと、切り捨てられた。
 文字を教えなかったのは、親の怠慢だというのに。

 読み書きが必要なら覚えてやると奮起した。
 忍び込んだ父親の書斎で、両親が末子の身売り先を探していると知った。

 このままでは、成人前にどこかに売られると知った。
 売られた先でまともに扱われるかどうか、知るわけもない、知る術もない。

 悲しみよりも憎しみと怒りが胸に湧き、家族などいらないと見限った。

 家族に、家族として扱われたかった。
 愛している、と行動と言葉で示されたかった。
 新鮮な肉や魚を食べられる生活がしたかった。

 貴族として生まれ、貴族として生きたいと願ってなにが悪い。

 美味いものを喰って。
 美しい女を抱いて。
 広く温かい家に住んで。
 人に羨ましがられる仕事を得る。

 人並み以上を望んで、なにが悪い。
 親も神もなにも与えてくれなかったのだから、自分で手に入れるしかなかった。

 口を開けて待つだけの雛鳥や、食われるだけの家畜に成り下がるのはごめんだ。
 だが、特定の個人から故意に奪いすぎることはしない。
 そう思って、努力した。

 地位も権力も金もない。
 唯一の肩書きである男爵家の名も役にたたない。
 使い捨てのゴミクズみたいな生き方をさせられるくらいなら、死を選ぶ。

 その一心だけで一人きりで学び、宮廷魔術師になった。

 使えるものは全て使った。
 奪いすぎないとは決めていたが、手回しして脅して譲り受けることはした。
 手に入れたものは秘匿せず、溜め込むことなく回した。
 必要な場所に必要なものを。
 私腹を肥やすことはしなかった。
 有能さを示して共犯者を増やせば、あっというまに上に誘われた。

 このやり方を続ければ、周囲に敵を作ることなど考えなくてもわかる。
 強引なやり方でも合法であれば、口を閉ざして妬み続ける者も多いだろう。

 だからこそ、自己の鍛錬も欠かしてこなかった。

 徹底的に鍛えた。
 異世界の魔術の才能を。

 単騎で戦場をひっくり返すことのできる、最上級魔術を極め。
 さらにその上、鏖殺オウサツ級魔術まで血反吐を吐きながら習得したのは、全て、持たざる者として生まれた人生をひっくり返すためだったのに。

 次第に使えなくなっていく。
 魔力が、足りない。
 減ってしまったまま、魔力が回復しない。

 ちくしょう、くそ、最近は鍛錬をしてない。
 宮廷魔術師は忙しいんだ。

 細かく周囲を見て動かなければ、あっというまに落とされる。
 もっと上に登らなくてはいけないのに。

 出自が、知識が、人脈が足らない。
 盤石に固めたはずの足元はいつのまにか不確かになり、落ちないように必死になっていた。

 賄賂を受け取るなら、便宜を図らなくてはいけない。
 根回しには金が必要だ。
 餌に釣られて寄ってくる女を抱くなら、愚かな夢は見ないように徹底的に躾けておかなくては。

 弱みを見せるな。
 弱点を作らないことが無理なら、知られないように。

 登れない苛立ちから少し遊んだだけだ。
 それがいけなかったのか?

 魔力が回復しない原因が加齢なら、宮廷魔術師長のボケジジイも魔術が使えなくなるはずだ。
 よぼよぼのおいぼれのくせに、後進に席を譲らぬ老害め。

 不調の原因が分からないことが、これほど腹立たしいとは。

「……くそが、殺す、絶対に殺す」

 暗がりで這いずりながら床に触れて、最奥まで移動する。
 手首まで拘束具にはめられて指は使えないが、手段はある。

 体内の魔力が回復せずに口頭詠唱魔術が使えないなら、燃費は悪いが大気中の魔力を集めるしかない。

 唇を噛み、垂らした血で描きかけの魔術陣を完成へ近づけていく。
 収監されて以来続けて何度も完成させているが、暗闇で肘の先や顎や足の指を使って、歪んだ石の上に正確な陣を描くのは至難の業で、一度も発動していない。
 だが、やりきってみせる。

 凋落して処刑されて終わり。

 いやだ。
 そんな終わり方は嫌だ。

 底辺から立ち上がることもできない人生なんて耐えられなかった。
 踏みつけられることを我慢するだけの人生なんて、生きている意味が無いだろう。
 他のクソどもと同じになるものかと、必死で努力して成り上がったのに。

 他人を踏みつけて、悔しがる表情を嘲笑い、決して這い上がれないように徹底的にすりつぶしたのは、引きずり落とされたくなかったからだ。
 無差別に周囲の全てを敵にしたのは、味方に裏切られたくなかったからだ。

 酒や快楽薬を使うと魔術が使えなくなる?
 そんな冗談を真に受けるバカがどこにいる。
 冗談ではなかったのか?
 くそが、くソが、クソどもが。

 宮廷一の攻撃手段を持つ魔術師の罪を糾弾して拘束し、公開処刑だと?
 ふざけやがって。
 こんなところで、死んでたまるか。

 ……いやだ。
 死にたくない。
 どうして、誰も助けてくれないんだ。
 胸がきしむ。

 ダメだ、やめろ。
 泣き言を一度でも口にしたら、もう立ち直れない。

 くそども、くそが、クソがっ。
 切り捨てたのは、こちらからだ。
 切り捨てられたわけじゃない。

 〝助けて〟
 言葉にしてしまえば、堕ちてしまう。
 得られない助けを求めて、傷つくのは嫌だ。

 被害者ぶってたまるか。
 哀れまれるのはごめんだ。

 強く、強く、誰よりも強く。
 上に登れば…………と信じていたのに。

 ボゥ、と魔術陣を描き上げた床が、光と共に発動して独房の中が真っ白に染まった。

 
   ◆










オジニイサンは牢獄を魔術で爆破して貧民窟に逃亡してます
出会った時に瀕死だったのは、傷の悪化と爆破の余波

お読みいただきありがとうございました
アルファポリスさんでは、こちらで終わりになります
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