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聖都では

神の顕現 1

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 その日、聖都にて、慈愛の神〝マナ〟の神使が、予見をした。

 〝いずれ、マナ神のオカンナギになりし可能性を持つ者が、この街へ姿を現す〟

 この発表に聖都全体がざわめいた。
 信徒の誰もが、己が正気と耳を疑った。

 〝マナ神〟とは、創造の神が離れし後の世界を守らんとして、神界より来られた〝慈愛の神〟であり、広く知られて崇められ祀られてはいても、あまり多くのキネを用いぬ神でもある。

 世にマナ神の名が広められ、知られるようになってから数百の年が経っているが、記録に残る巫覡フゲキは三人のみ。

 ただ、いつの世にあっても、唯一の神使だけは、在り続ける。
 戦乱の世であっても、太平の世であっても、神使だけは幾度も生まれ変わりを繰り返し、連綿とマナ神の神使であり続ける。

 故に、神使の言葉が違うことを疑う道はなく。
 神使とオカンナギが揃うという吉報に、誰もが期待した。

 記録に残る最後の巫覡フゲキが、この世を去ってから二百年ほど、巫覡フゲキ不在の影響なのか、不作、不漁、人の世における諸々の不穏は増加している。
 神使の在位により、聖都の周辺国ではそれほどの被害は出ていないが、遠く大陸の反対などは、枯れ果てた死の大地になっていると。

 どこの国にも所属することのない聖都で、神使は人々に伝え続けている。
 マナ神が、世界の荒れていく様を心苦しいと思っていることを。
 狂っていく世界に心を痛めている、と。

 そんな世の中が、人心を曇らせる影が、新たな巫覡フゲキの訪れで晴れるのではないかと。
 誰もが心を歓喜に震わせた。

 しかし、神使の予見には続きがあった。

 〝オカンナギをマナ神のオカンナギたらしめるものは、この街に住む敬虔なる信徒の助けではなく、はるか彼方の大地より訪れる獣種の献身である〟

 再び聖都がざわめいた。
 予見に含まれる不穏な響きに。

 人から見た〝獣種〟とは、野をうろつく獣ではないのに、獣の理を外れることのない、あさましい生き物。
 優れた体躯と知能を持ちながら、人を食い物にして、獣のように徘徊する生き物。
 人の世に交わることなく、人の世に紛れることのできない醜怪な生き物だ。

 かつて人と獣の間で争いが起きた。
 獣は人を喰らい、人は獣を殺した。
 神の助けを得ることのできた人は、獣と住む場所を違え、長く人の世は平穏に包まれた。

 二百年続く平穏のお陰か、自らの目で獣種を見たことのある者はいない。
 獣と人は交わらないのだから。
 野の獣を賢くしたような狡猾で醜い生き物が、人の世の理を守って大人しく暮らすはずがないのだから。

 それが、そんな存在が神のオカンナギに献身的に寄り添うという。
 そのような予見が、本当に正しいものか!と、誰もが思った。

 あさましくも醜い獣種を、待望のオカンナギのそばに寄せるなど、許せるはずがない。
 それこそ新たな問題や騒動を増やすのみだと、大勢の信徒が声を荒げた。

 自らの生活が苦しいままでも構わない、オカンナギをお助けせよ!と。

 それを聞き、人前に姿を現した美しい神使が、凛と告げる。
 マナ神の神使の証である、闇色の髪を吹き抜ける風に揺らし、同じく夜闇を思わせる、しかし澄み切った瞳で、人々を見渡しながら。

「慈愛の神であるマナ様が、この世を見守っていてくださる限り、我が予見が違えることはない!
 我が神が見定めしオカンナギ候補へ献身を捧ぐが、どのような獣種か、己が目で見極めよ!」

 そして、人々は獣を待った。

 せめて気高く美しいルーポのような。
 自由で可愛らしいカトのような。
 凛として孤高のアクシピートロのような。

 そのような獣種であれ、と。
 
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