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一、片思いから
09 志野木
帰りに寄ったスーパーで安くなっていた鶏胸肉と、フルーツ果汁入りの缶チューハイを二つ買って、バンバンジーもどきで酒に逃避しようと決めた。
完璧なやけ酒の気分だ。
体が弱いだけでなく酒にも弱い俺は、飲酒は嫌いではないけれど二日酔いになる可能性が高いので、滅多に飲まない。
でも今だけは酔いつぶれたい気分だ。
今日は金曜日だから、週末の二日間を二日酔いで寝込んでも、月曜までには復活できるだろう。
まずは鍋にたっぷりと中華風のだし汁を作り、沸騰したところに胸肉を入れて火を消す。
鍋をタオルで巻いて保温し、放置している間に、風呂に入ったり洗濯物を片付ける。
一時間ほどの余熱調理で芯まで火が通った胸肉を取り出し、火傷に気をつけながら手で細かく裂く。
ラー油を一垂らしとすりゴマ、だし醤油に冷凍しておいた刻みネギをたっぷり。
車いじりの趣味に金がかかることを除けば、俺はたいていのものをこの味付けで食べられる、安上がりで家計に優しい男だが、元カノには不評だった。
料理が嫌いだというから、脂たっぷりの外食から逃げるために手料理を振る舞ったのに「お爺さんみたいな食事の好みしてるのね」って失礼すぎることを言われたっけな。
好き嫌いじゃなくて、焼肉や、脂多めの肉塊、揚げ物ガッツリ系を食べると、腹が緩くなるから苦手なだけだ。
「いただきます」
鶏胸肉の山盛りネギ乗せと、叩いたキュウリにチューブ入りの味噌だれをかけたものが今日の夕食。
肉を取り出した後のだし汁で、フリーズドライのたまごスープを作る。
白飯は、まあ、なくてもいいかな。
二つ合わせてバンバンジーもどきの完成だ。
鶏肉ときゅうりの合体は胃袋の中でやってもらうことにする。
肉の旨味が出ただし汁の残りは、冷めてから冷蔵庫へ入れておけば、明日以降のスープのベースとして使える。
ラー油でピリ辛の胸肉をつまみ、甘い味噌味のキュウリをかじり、チビチビと舐めるように一本目の缶チューハイを傾ける。
三分の一も飲んでないのに超気持ちいい~と頭がふわっふわしてきたあたりで、玄関のチャイムが鳴った。
夜に俺の家を訪ねてくる人は東鬼しかいない。
酔いが回ってご機嫌になっていた俺は、それを考えもしないで玄関に出た。
「はいー」
「あのさ……え、タク?酔ってんの?」
「んー?ん、ん?」
「ええと?そうだけど、何の用?」と聞くと、東鬼がぐっと喉を詰まらせたような音を立てた。
プルプル震えて「なんだこれ酔っ払ってんの可愛いっつーかあざとい、まさかわざと?でもタクが計算でんなことするわけねーし」とモゴモゴ言っている東鬼を見ている内に、すごくイライラしてきた。
俺は何の用?って聞いているのに、なんで答えないんだよ。
東鬼の太い手首を掴んで家の中に引きずり込むと、強引に部屋まで連れていく。
立ったまま缶チューハイをあおって、フゥと息をつき、文句を言ってやろうと振り返ったら、その場でラグの敷いてある床に押し倒された。
後頭部に回された東鬼の手が、俺を気遣っていると教えてくれる。
立って歩いたせいか、酔いが一気に回ってクラクラして、蛍光灯の明かりを浴びる東鬼から後光が差しているように見えた。
神がいる。
神々しいほどにかっこいいなんて、東鬼は俺の神様だったのか。
きっと筋肉神にちがいない。
俺に健康な体と筋肉を分けてくれるんだろうか。
「んんぅ」
「んだよこれ、くっそ可愛いとか、狙ってんのかっ」
「んん?」
「なんなんだよまじで幼児退行でもしてんのかよ、んなエロい顔してっ」
「んー?」
東鬼が何を言っているのか良く分からないけれど、全身を抱えるように覗きこまれていると、すごく幸せな気持ちになったので、分厚い胴体に腕を回して、ぎゅっとしがみついた。
うーすっごい気持ちいい、落ち着くー。
筋肉分厚くて体温高くて汗臭いの最高だ、東鬼の匂いだー。
「ん……あせのにおいする、すごいすきぃ」
「っ!!」
東鬼の汗の匂いは、サーキット通いをしている内に覚えた。
普通に公道を走るのと違って、サーキットでの走行は体にものすごい負荷がかかる。
つまり、汗だくになる。
速度を落とす原因にしかならないから、真夏でもサーキット走行中にエアコンをかけないのは常識だ。
安全のために窓は開けてはいけない。
サーキットによって多少の違いはあるかもしれないが、フルフェイスヘルメット着用が義務で、服装も上下共に肌の露出禁止でドライビンググローブも必要だ。
人によってはドライビングシューズも用意する。
そんな灼熱地獄の車の中で、本格的に走り込む人だと、一夏に十キロ以上痩せてしまうなんて聞いたこともある。
俺は汗をかきすぎて、軽めの熱中症になって倒れてから、夏は走行練習だけでタイムアタックをしないことにしている。
集中しすぎて、体調不良に気がつかなかったなんて、二度と経験したくない。
虚弱な俺と違い、汗だくになって車を走らせる東鬼は、ものすごく格好良かった。
男臭いのは嫌いなのに、なぜか東鬼の匂いだけは嫌じゃない。
東鬼の汗の臭いを胸いっぱいに吸い込みながら、酩酊した頭では何も考えられず、しあわせぇ~と溶けていると、顎を持ち上げられた。
下にいる俺には、光背を背負っている東鬼の表情が見えないので、しっかりと顔を見上げようとしたら、顎を押さえられたままの口がぽかりと開いた。
「……くそっ」
獰猛という言葉がぴったりの勢いで、口の中にぬるぬるとしたナメクジのようなものが押し込まれる。
「んーっ!、ぅんーっ?!」
なんだ!なにが起きてるんだよ?!としばらく呆然として、東鬼とキスをしていることに気がついた時には、顔中が汗と唾液でベタベタになっていた。
やけに暑いと思ったら、酒が入っているから体温が上がって、汗をかいているようだ。
他人の肌がむき出しの腕に貼り付くのは不愉快なはずなのに、汗で滑った時に自分のものではない体温に快感を覚える。
「……タッくん、すき、だいすき」
酔っ払いの戯言だから、今ならきっと、言える。
そう思った通り、口からポロリと言葉がこぼれた。
いつも素直に言えたら良いのに、と思ったら目の前がぬるく滲みだした。
「すき」
「ああ、くそっ、なんだよタク、泣くなよ。
おれも好きだから、泣くなって」
好きだから泣くなとか意味が分からない、と言いたいのに勝手に喉がヒクヒクと震えて、小さな子供のようにしゃくりあげてしまう。
「ごめ、よってる、からっ」
「うんすげー酔ってるな、こんな風になるって知らんかったし、酒は飲めないって言ってたから誘わなかったのに、缶チューハイ半分でこんな可愛くなるとか反則だろ」
また可愛いとか、何が?と思わず顎を上げて見ると、ああもうそんな目で見んなよ、これが据え膳なのか、喰っちまって朝になって記憶ないとか言われたら死にたくなるぞ、どうしろってんだよ、とかモゴモゴ呟いていた東鬼が、俺の首元に頭を埋めた。
「恋人が可愛くて禁欲生活がつらい」
「こいびとっておれ?」
「他にいるわけねえだろ!」
「……」
俺には良いところがない。
虚弱で貧弱なもやしの同性愛者で、臆病な卑怯者で、東鬼に釣り合うところなんて一つもない。
……それでも、東鬼が望んでいてくれる間だけでも良いから。
「タッくん、シよ?」
肩越しに、東鬼が喉を鳴らしたのが聞こえた。
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