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四、生まれたままで
50 志野木
ゆっくりと床に降ろされる。
俺を抱きかかえて、どこかの建物までやってきた鬼が、室内を歩き回り、小さな箱を持ってくる。
「……」
わかりやすく、箱には緑色の十字が描かれていた。
「あの、頼むから、怯えないでくれないか?」
緑色の肌をした鬼が、口から突き出した牙を隠すように、もごもごと話す。
「……あなたは、どなたですか?」
「ああ、あ、そうだな、僕は鬼口 昌壽、東鬼 堯慶の従兄弟だ。
とりあえず、足の治療をさせてくれ、おひいさまの血の匂いは鬼を興奮させる」
「ありがとうございます」
他になんと言うべきなのか思いつかなくて、お礼を言った俺を、おかしなものを見るような目で見た苔玉のような鮮やかな緑色の鬼が、足の傷を洗って、薬らしきものを塗り、包帯を巻いてくれた。
その体長は東鬼に比べれば小さいけれど、黒い鬼よりも大きい。
随分と器用だなと思い、それから東鬼が不器用なだけなのか?と思い直す。
あいつは、色々と大雑把だからな。
「詳しいことを話してる時間はないけれど、君には二つ、選択肢がある」
「それ」
「最後まで聞いてくれ」
鬼気迫る様子で迫られ、無言で頷く。
「赤鬼のおひいさまを求める本能は、鬼の中で一番強い、どこに逃げても、あいつは間違いなく君を見つけ出して、死ぬまで犯し続ける。
ただ、一つだけ例外がある、あいつよりも上位の妖が君を保護してくれれば、逃げられるだろう。
僕が知る限り、近辺の妖の中では山向こうの白蛇の大妖が一番強い。
怒り狂う堯慶に抱き殺されるか、白蛇の大妖に喰われる覚悟で助けを求めるか、どちらかを選んでほしい」
「……」
なんてひどい二択だ。
究極の選択遊びなんてものが、小学生の頃に流行ったな、と思い出す。
のんきにカレーか、カレー味かなんて言ってた頃が、懐かしい。
疲労と空腹で、頭が働いていないのだろう。
「悩んでる時間はない、どうする?
僕では堯慶を止められない」
「……」
会ったこともない蛇?の妖に助けを求めるか、東鬼に……犯される。
犯されれば、終わるのか?
俺が抱かれれば、東鬼が落ち着く?
さっき見た東鬼の姿は、明らかに異常だった。
アニメや物語で描かれる狂戦士とでも言えば良いのか。
短い時間だったとはいえ、俺に気がついているとは思えなかった。
あんな状態の東鬼に抱かれるなら、前戯や、十分なほぐしを期待するのは無理だろう。
自分でしようと思っても、道具がない。
本当に、命を失う覚悟が必要ってことだ。
悩みかけたところで、ふと、思い出した。
ジョウタさんに聞いた話を。
俺が前に飲ませられた薬の話だ。
鬼のものを突っ込むために使う薬。
オニグルイだったか。
また、あの状態になってしまうとしても、東鬼が人を痛めつける姿を見たくない。
薬があれば、痛みなく受け入れられる、のかもしれない。
かなり前のことなので、あまり詳しくは覚えていないけれど、筋肉を弛緩させてなんとかって言っていたから、もしかしたら傷自体も軽く済むかもしれない。
痛みを感じないなら、なんとかななるか?
あの状態の東鬼に近づくのは怖い。
先ほどと同じように、俺を見ても、俺だと分かってもらえない可能性が高い。
俺は、それでも、自分の体よりもあいつが大事だ。
死ぬまで……どちらを選んでも死ぬ可能性があるのなら、見知らぬ他人を頼って喰われるよりも、東鬼を助けてやりたい。
東鬼は、強いのにその力を誇示しないし使わない。
周りを傷つけるのを怖がっている。
その東鬼に、あんな獣みたいな目をさせておくなんて、耐えられない。
「教えてください、俺を抱けば東鬼は落ち着くんですか?」
「聞いてなかったのか?!
抱かれるなんて生易しいもんじゃない、君を殺したショックで正気を取り戻すかもしれない、って言いたいんだよ!」
「……オニグルイという薬は手に入りますか?」
「オニグルイ?……ああ、鬼意ノ繰ル薬のことか、古いもので良かったらあるけど、そうじゃない、オニイノクルを使っても無理だ、怒り狂った赤鬼を人間ごときが止められると思ってるのか?」
「止められないのだとしても、東鬼をあのまま放ってはおけません」
「……君は」
周囲を見回しながら、落ち着かないようにうろついていた緑の鬼、昌壽さんが俺を見た。
初めて、俺の顔を見た。
「信じられないけど、本気なのか?」
「もちろんです、止められなくても、可能性があるのなら」
包帯を巻いてもらったので、足の痛みは先ほどよりましになった。
自分で歩いて東鬼の元に行けるだろう。
「いろいろと教えて頂いてありがとうございます……それで、どうして俺を助けてくれたんですか?」
外に出ようと立ち上がる俺を、昌壽さんが呆然と見ていた。
眉が垂れ下がり、苦痛に耐えるように顔をしかめ、そしてうめく。
「……打算だ、自己保身だよ、死にたくないだけだ」
薬箱から取り出した小さな紙包みを三つ、手渡される。
これがオニグルイ……いいや、オニクルイ?オニイルク?とにかくこの薬を飲んでから抱かれれば、東鬼が止められるかもしれない。
理性を失ってしまっている、鬼の姿の東鬼に抱かれるのだ。
そう思うと、腹の奥がぐるぐると渦を巻くような気がしてくる。
「持っていくといい、一包で効果は一日、三日分しかない。
そういえば、堯慶は里に住んでないから薬を使ったことがないはずだ、使い方を知ってるのか?
……まさか、普段は薬なしで赤鬼の珍宝を受け入れてるのか?……それは……冗談だろう?」
包みを握りしめて出ていこうとした俺の足を止めたのは、使い方、という単語だった。
「飲むだけではないんですか?」
「飲む?オニイノクルは粘膜吸収の薬だ、それも鬼の体液と混ぜないと効かない」
「……」
粘膜吸収?
体液?
血液?ってことだろうか。
血を混ぜた薬?
それを、粘膜から吸収させる?
どうやって?
俺の顔を見ていた昌壽さんが、うめくように言葉を続ける。
「普通は鬼が唾液で薬を溶かしてから、おひいさまの胎の腔に舌を突っ込んで塗りこむんだ」
ハラのクウに塗るって、まさか尻の穴の中に?
シタって、舌を使って?
嘘だろう?
他の鬼を相手にして暴れまわっていた東鬼に、それを望むのは無理だ。
いきなり頭からかじられてもおかしくない雰囲気だった。
「唾液、ですか」
俺が昌壽さんを見つめると、風圧を感じる勢いで首を振られた。
怯えているからなのか、さっきより体が縮んでいる気がする。
鬼の姿の東鬼は、強面の見た目に反して泣き虫だったりするし、鬼も人とそう変わらないんだなと思う。
「抱き上げただけでもまずいんだから、そんなことできないって!」
地の果てまで追いかけられるのは嫌だよ、と緑色の体を青ざめさせている鬼を見て、器用だなと思いつつ考えてみる。
……何も思いつかない。
グルル。
沈黙を破ったのは、俺の腹の音だった。
◆
昌壽さんに巨大なおにぎりと、作り置きだという山菜や虫系の佃煮をご馳走になった。
虫を食べる国や地方がある、という話を知っていても、目の前に出されたつやつやの釘煮のような見た目の虫に、素直に箸が動かない。
鬼って、虫を食べる……いいや、これは偏見か。
東鬼だって好き嫌いはするけれど、基本的に俺とそう変わらないものを食べていたじゃないか。
周囲の様子を伺いながらの食事は、決して楽しいものではなかったけれど、それでも空腹を満たした後は、気持ちと体、両方が楽になった。
少しとはいえ会話もして、ここが鬼の里だと知ることもできた。
基本的に鬼ばかりが住んでいる、などの、里のことを教えてもらえたことも有り難かった。
夕食用にと作ってあったおにぎりを、分けて頂いたことに礼を言って、あつかましいかと思いつつも頼みごとをした。
直接、東鬼に接触しないなら、と頷いてくれたけれど、昌壽さんは戦うのが苦手なのだろう。
俺もあんなに鬼らしい状態の東鬼と、対面しないといけない日が来るなんて、思いもしなかった。
スウェットの下の胴体と腕には、何重も布を巻きつけて、鉤爪対策をした。
東鬼の握力が強いのは、俺にはどうしようもない。
前に東鬼がおかしくなった時の痛みを思い出せば、体がすくむ。
怖く無いわけじゃない。
怖い。
鬼に体一つで立ち向かうなんて、昔話の武将くらいのものじゃ無いのか。
考えていることがあるので、右手には分厚く布を巻いた。
もらったオニグルイは、お守り袋のようなものに入れてもらい、首にかけた。
靴は大きさが合わなかったので、つっかけて履くタイプのサンダルを借りている。
東鬼が人の姿の時に体格が良いように、昌壽さんの人の姿も俺より大きいようで、大人の靴を借りた子供の気分になる。
このサンダル、三十センチ以上あるんじゃないだろうか。
薬の包みを一つだけ布に包んだ右手の中に隠して、ぺたぺたと緊張感のない足音をさせながら進んでいく。
夜の鬼の里は真っ暗だ。
どうやら電気が来ていないらしい。
今でもこんな不便な生活を送る場所があるなんて、と驚く。
ソーラー式の発電機を購入している家もあるというけれど、十分な電気量は得られていないようだ。
昌壽さんにソーラー充電式のランタンを貸してもらったけれど、あまりにも暗いので手元くらいしか見えない。
月や星は出ているのに、この集落を囲む森のせいで真っ暗らしい。
本当に東鬼を見つけられるだろうか。
心細く思いながら、ぺたぺたと足音をたてて進んでいく。
昌壽さんの匂いが付いている服は貸せないと言われたので、上着などを借りるのは無理だった。
サンダルだって渋るのを、足が痛い、と強引に借りたのだから。
胴体に布を巻いているけれど、それでも寒い。
「ーーーーおオォーぉォオっ」
暗闇から遠吠えのような、声が聞こえる。
映画などの狼の遠吠えよりも太くて、低い声だ。
空気が震えている。
待っていてくれよ東鬼、今、行くから。
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