【R18】Fall into the sky

Cleyera

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副長の歪んだ切望 下

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 店主に叩き起こされたのは、明け方だ。
 店を貸切にしてもらったので、朝まで声かけを待ってくれたのだろう。

 ……あいつは、起きなかった。

 座って、机にうつ伏せた姿でぐったりとして、土気色の顔をしていた。
 夜中に嘔吐したのか、机の上が汚れていた。
 真っ青になった店主が急いで医者を引っ張ってきたが、もう、遅かった。

 あいつは、死んだ。

 嘘だ、と思った。
 かつがれてるんだ。
 なんの冗談だよ、と。

 酒の飲み過ぎで死んだ?
 ふつうは自分が飲める酒の量くらい、知ってるもんだろ。
 酒を飲む余裕すらない生活だったのか?

 おれは自分が殺人犯として捕縛されると思ったのに、事故で片付けられた。
 側から見れば、おれたちは祝宴をしていただけだ。

 酒場の店主が、あいつが酔い潰れた後に、おれが介抱していた、と証言したのだ。
 覚えてない。
 そんなことしてたのかも。

 あいつの体に訓練時に負った以外の外傷がないことから、事件ではないと。
 初めから殺すつもりなら介抱などしないだろう、と判断されたのだ。

 違う、それは事実であって真実ではない。

 おれは初めから、あいつを酔いつぶすつもりだった。
 だが、それは、恥をかかせるくらいのつもりで。
 殺す気なんてなかった。

 おれが、あいつを殺した。
 殺してしまったのだ。

 罪悪感で胸がつぶれそうになった。
 自分の醜さで、息ができなくなった。

 全てを声にして、捕縛して貰えば良いのに。
 怖くて、できない。
 なんでも良い。
 罪滅ぼしがしたい。
 赦されたい。





 おれは罪悪感から逃げるために、必死で訓練をして騎竜騎士になり、気がつけば十年が経っていた

 今では騎士団の副長だ。
 見習いたちの指導を、一手に引き受ける立場になっていた。

 騎士になれたのに、達成感なんてなかった。
 おれの横に、あいつがいないから。
 いつも切羽詰まった表情で、一心不乱に槍を振るうあいつが。

 あの日見た夢は、けっして叶わない。

 あいつが死んでしまってからも、何人か〝オグラス孤児院〟を名乗る子供に出会った。

 経営陣と騎士団長に、孤児出の騎士が必要だと言われた。
 どうしようもなく罪悪感が刺激される。

 騎竜騎士として活動できなかったが、あいつの後続がほしい。
 そう思われているのは、考えずとも分かった。

 後ろ盾がない孤児院出身者なら、危険な任務や、拘束時間の長い任務を割り当てやすい。
 そんな理由で、騎竜騎士でなくても、孤児院出の騎士や職員は重宝されている。

 明らかな差別なのに、誰もが目を逸らす。


 孤児院出身の見習いの面倒を見ることは、あいつのことを思い出す理由になった。

 なんとしても一人前の騎竜騎士にしてやろう。

 そう思って、孤児院出身でも騎竜騎士になれる、と後押しした。
 すすんで声をかけて、目をかけた。

 彼らは後がないと理解しているので、みんな、素直に言うことを聞く。
 騎士を目指して入ってくる、金満の子供が肥え太らせる前の子豚に見えてしまうほどだ。

 けれど、孤児院出の子供達は、体ができていない。
 出される食事も、生育環境も、健全と言うには圧倒的に足りないのだと、この頃にはおれも知っていた。

 幼い頃からの体づくりの不足は、おれにもどうしようもなかった。
 無理をして体を壊したり、訓練についていけずに倒れて、みんなやめてしまう。

 あいつの夢を叶えたい。
 叶えてやりたい。
 誰か、いないのか。

 叶えたら、あいつが夢に出てきてくれる気がする。
 ありがとう、って。
 お前の努力を見ていたよ、と言ってくれるはずだ。

 愛してる。
 おれはあいつを愛していたんだ。
 もう一度、愛しあえるはずだ。
 あいつの後を継ぐ騎竜騎士を育て上げることができれば。

 そう思う日々の中で、おれは出会った。

 あいつが死んでから、十二年目。
 あいつによく似た色の髪と目の、十二歳の少年に。

 あいつと同じように努力家だった少年は、まじめに訓練をすることを厭わなかった。
 他の奴らが手を抜く中で、こつこつと自分の道を積み上げていった。

 きっとこの子が、あいつの遺志を継いでくれる。
 いいや、この子は、あいつの生まれ変わりに違いない。
 そうでなければ、おかしい。

 おれと愛しあうのは、この子だ。

 応援した。
 励ました。
 訓練に付き合い、自己流にならないように口を出し、目の前で見せて、実際に槍を打ち合った。

 先達がおれたちにそうしてくれたように、少年を導いた。
 手に触れ、足に触れ、腰に触れ、性的なことは匂わせないように気をつけながら、少年におれを刻み込んだ。

 愛している、と伝わっているだろうか。
 おまえも、おれを愛しているだろう?

 少年は身長が伸びなかったが、筋力はついた。
 あいつは背が低くて痩せていたが、少年は筋肉がつきやすいようだった。

 低い背では、盛り上がるほど鍛え上げた筋肉は不恰好にしか見えなかった。
 おれはほっそりとした背の低いあいつが好きだったのに。

 だが、少年の肉体はあいつと違う。
 少年も、筋肉がつきすぎてしまう体を恥ずかしいと考えているだろう。

 騎士になった後で絞ってやれば良い。
 食事制限をさせて、訓練の量を減らして。
 手足に枷をつけて閉じ込めたら、効率が良いかもしれない。

 きっと、この子は騎竜騎士になる。
 期待が高まる。
 望みが膨らむ。

 あいつがおれの横に並び立つはずだったように、この少年が、おれの罪を洗い流してくれるのだ。
 少年が騎竜騎士になったら、恋人にしてやろう。

 長年考え続ける間に、おれの中で、あいつは神聖な存在になっていた。
 声も顔も思い出せないのに。


 少年は〝竜の試し〟に落ちた。

 気落ちする少年を、次があると慰めたものの、おれは落胆していた。

 あいつは、一発で竜に認められたのに。
 この少年ではなかったのか。
 いいや、違わないはずだ。

 これまで以上に応援に熱が入る。
 他の見習いに贔屓をしていると言われても、親の愛を知らない少年の親のつもりだと言い返した。

 贔屓されていると誤解され、少年が疎まれていると知っていたが、止めなかった。
 あいつも、一人で孤独に耐えていたんだから、少年も耐えるべきだ。

 その後も、少年は落ち続ける。
 諦め悪くしがみつく醜い姿は、あいつの生まれ変わりだと思えば、許容できた。



 けれど、とうとう見習い上限年齢の二十歳になってしまった。

 あいつの生まれ変わりではないのかもしれない。
 オグラスなのに。
 孤児院の子なのに。
 あいつの真似をした、出来損ないだ。

 見習いからの異動期限は告げたが、異動願いの提出手順は教えなかった。
 いいや、それ以前の問題で、異動願いの提出期限が過ぎてから異動しなくてはいけないことを教えた。

 これで、もう、雑用係くらいしかなれない。

 目をかけてやったのに。
 可愛がってやったのに。
 愛してやったのに。

 もっと早く抱いてやるべきだった。
 殴って屈服させて、這いつくばらせて。
 獣のようにブチ犯してやるべきだった。
 泣いて縋るなら、可愛がってやっても良い。
 ペットのように飼ってやっても良い。

 あいつの生まれ変わりではないから、愛することはできないだろうが。

 そう思っていた。
 おれが最後に見たのは、黒い巨躯に、あいつが抱き上げられる姿。

 美しい。
 醜い。
 どうして、あいつの横にいるのが、おれじゃないんだ。

 どうして。

 目の前に、白いモヤが漂い、なにも見えなくなった。



   了

 
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