【R18】灰色人狼は愛子を腕に抱く

Cleyera

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03 とあるJDの話

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 わたしには、困った友人がいる。

 悪い子ではないんだ。
 ちょっとデリカシーがなくて、他人のことを考えないだけで。

 高校の同級生の彼女〝不死原フジワラ 樹里亜ジュリア〟は、名前のインパクトもさることながら、見た目も性格もすごかった。

 校則無視なんて当たり前。
 メイクも制服の改造も当たり前。

 お金持ちの名家出身の彼女は、いっつもすごくキラキラしてた。

 彼氏はよりどりみどり。
 とっかえひっかえ。
 気が向いたら付き合って、すぐに別れる。

 そんな困った子だけど、わたしは彼女が嫌いじゃなかった。

 わたしは、彼女みたいに生きられない。
 あんなに幸せそうに、楽しそうに、毎日を過ごせない。

 彼女と一緒にいたら、自分も少しはキラキラするのかな、なんて思ってた。
 だから、彼女の友人枠に数えられているらしい、と気がついた時には驚いた。

 たぶん、ううん、間違いなく、便利な引き立て役扱いでも。



 高校卒業後、わたしは造形作家を目指して、美術大学に入った。

 そこはとても過ごしやすい場所だった。
 高校までの、どこか周囲に気を遣って生きる息苦しさはなくて、みんな、自分のやりたいことをして、学びたいことを学んで。

 何かを作る人々には、マイペースな人が多いのかもしれない。
 それはきっとわたしにも言えることなんだろう、そう思うと楽になった。


 幸せな日々の中で、一人の男性、同級生と仲良くなった。
 どうして男性なのにこんなに話しやすいのかな、と不思議に思わせる人。

 彼の名前は愛子アイコ 裕壬ユウジン

 話している間に、彼が男性なのに、男性を好きになる人だと気がついた。
 好みの男性を目で追うから、分かりやすかった。

 愛子さんは自分のことを平凡な男だ、と思っているけれど、そんなことない。
 彼は優しい。
 彼の描く世界は、優しさと美しさであふれてる。

 男性らしい力強さはあまり感じないけれど、男性的とも女性的ともとれる筆致は、彼にしか描けない。

 すごいのは愛子さんだけではなかった。

 わたしは、自分の非才さを嘆いて一、二年目を過ごした。
 そんな後ろ向きでうじうじしたわたしに、愛子さんは優しかった。

 もしも彼が、女性を好きになれる人だったら、ここまで仲良くなれなかっただろう。

 わたしは愛子さんに頼り、助けてもらった。
 いつか、彼を助ける側になれたらと思った。
 友人として。





 大学生三年目。
 久しぶりに彼女、樹里亜から連絡があったと思ったら、合コンのメンバーを集めろ、と言われた。

 彼女はお金持ちの息女が入るとかいう、どこかの女子大に入ったはず。
 参加者の女が数人足りないと言われても、困る。

 強引な彼女のやり方が久しぶりで、わたしはうまく断れなかった。

 所属するサークルのメンバーや同級生に頼み込んだけれど、二十代後半の社会人男性との合コンに興味を持ってくれる人は、わたしの周りには少なかった。

 きっとデザイナーや画家、造形関係者との合コンなら飛びつくんだろうな。
 もちろん、最新の技術や感性を吸収する先輩として。

 どうしよう、と思っていた所に再び彼女から連絡が来て、今度は男が一人足りない、と言われた。

 女も男も無理!、と泣き叫びたい気持ちになりながら、わたしは愛子さんに言ってしまった。
 金を出して合コンに参加して、と頼める男性なんて知り合いにいなくて。

「合コン?……いいよ」

 やっぱり優しい。
 ごめんなさい。
 ありがとう。

 迷惑をかけて申し訳ない気持ちと、優しい愛子さんへの感謝の気持ちで胸が潰れそうになる。



 参加した合コンは、やっぱりぜんぜん楽しくなかった。
 でも、灰色の髪のめちゃくちゃ怖い雰囲気の男の人と、愛子さんは意気投合していた。

 よかった、無理言って参加してもらったけど、少しでも楽しんでもらえたなら、とホッとした。

 その時の合コンでは、彼女と彼女の兄だという男性の相手をさせられて、わたしはくたくただった。
 だからその後、なにが起きたのかは知らない。

 翌日彼女は、一番のイケメンにお持ち帰りされたわ、あんたは?、なんて浮かれて連絡してきた。

 人が苦手なわたしが、男性と付き合う日なんて来るのかな。
 そう思いながら彼女を「すごいね」と持ち上げたけれど、高校生の時のように彼女に追従することを、苦痛に感じてしまった。

 そんなふうに日々を過ごしていたら。
 大学にウェアウルフが来る、なんて話が出ていた。

 ウェアウルフ?
 狼男?

 ファンタジーの登場人物が、いるわけないのにと思っていたのに、全員参加でデッサンすることになったので、着ぐるみでもくるのかなと階段講義室へ向かった。

 現れたのは、間違いなく本物の怪物だった。

 怪物の側には愛子さんがいた。
 会話をしているように見えたけれど、何を話しているかは聞こえなかった。

 怪物は、怖かった。
 恐ろしかった。
 本当にあんなものがいるなんて、知らなかった。

 物語なら平気なのに、本当にあんな恐ろしいものが、すぐ横にいるなんて。
 愛子さんは、大丈夫だったのかな。

 わたしは、愛子さんがなにかに巻き込まれているのでは、と思った。

 心配で、でも、聞けなくて。
 愛子さん本人は、それからもいつもと変わらなくて。

 わたしが一人で騒いでるだけだったら、迷惑になる。
 どうしよう、なんとかしなくちゃ、と思っても、わたしにはどうしようもなくて。

 いろいろと経験が豊富な彼女に相談した。
 少しでも助言が欲しくて。


 何故か突然、合コンの時に会った彼女のお兄さんが、わたしと彼女に会社に来て欲しいと言ってきた。

 電話の向こうで彼女が「人狼だって、楽しみだね!」と興奮している。
 楽しみ?
 あんなに恐ろしいのに?

 会いたくない。
 いやだ。

 彼女のお兄さんに、電話口で「人狼に会いたいんだよね?」と彼女に似た押しの強い口調で言われて、違うと言えなかった。

 なんで彼女のお兄さんが、わたしを勤め先に呼ぶの?
 勤め先に人狼がいるってこと?
 人狼って……ウェアウルフ、狼男のことでしょ?

 彼女のお兄さんが働いてる会社に怪物がいるの?

 無理無理、怖い。
 そんなの会いたくない。
 遠くから見てたから平気だったのに。

 彼女のお兄さんには合コンの時に会っただけで、その時だって連絡先を聞かれたわけでもなく、妹の友人か、そう、よろしくね、くらいのノリだったのに。

 なにかがおかしいと思ったから、愛子さんに言った。

 わたしのせいで、絶対に何か変なことになった、って気がついたから。
 でしゃばったから。
 愛子さんに罵られる覚悟をしてた。

 でも、言わなければよかった。
 愛子さんが一緒に行くよと言ってくれて、安心している場合じゃなかった。


 合コンの時に来ていた、灰色の髪の男の人が人狼だという。
 彼女のお兄さんの部下。

 周囲に人狼であることを秘密にしていたのに、わたしのせいで、知られてしまった?

 嘘かもしれないけれど、わたしは本物を見ている。
 わたしは……なんて馬鹿なことをしたんだろう。

 突然、血を吐いて倒れた人狼だという男の人は、救急車で搬送された
 壁と床に叩きつけられた愛子さんも。

 大騒ぎになったビルの中で、彼女のお兄さんだけがいつまでも喚いていた。





 入院した愛子さんを見舞って、謝った。
 わたしにできることならなんでもする、って。

 愛子さんは、不思議なほどいつもと同じ様子で、わたしに言った。

「大丈夫、またガイルさんの連絡先を教えてもらえたから」

 何も言えないわたしに、愛子さんはこっそりと、秘密だよ、と続けた。

「好きなんだ、ガイルさんが」

 少し照れたように言う愛子さんは、恋をしているのだろう。
 怪我も入院も、恋の前では乗り越える障害にしかならないのかもしれない。

 わたしは、きっとこれから一生、なにか起きるごとに、あの時の愛子さんの背中を思い出すだろう。
 いつも人に優しくて、人のために痛みを恐れずに飛び出せる彼の背中を。

 わたしも、愛子さんのように、人を好きになりたい。
 初めて、恋がしたいと思った。

 
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