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章間
03 とあるJDの話
しおりを挟むわたしには、困った友人がいる。
悪い子ではないんだ。
ちょっとデリカシーがなくて、他人のことを考えないだけで。
高校の同級生の彼女〝不死原 樹里亜〟は、名前のインパクトもさることながら、見た目も性格もすごかった。
校則無視なんて当たり前。
メイクも制服の改造も当たり前。
お金持ちの名家出身の彼女は、いっつもすごくキラキラしてた。
彼氏はよりどりみどり。
とっかえひっかえ。
気が向いたら付き合って、すぐに別れる。
そんな困った子だけど、わたしは彼女が嫌いじゃなかった。
わたしは、彼女みたいに生きられない。
あんなに幸せそうに、楽しそうに、毎日を過ごせない。
彼女と一緒にいたら、自分も少しはキラキラするのかな、なんて思ってた。
だから、彼女の友人枠に数えられているらしい、と気がついた時には驚いた。
たぶん、ううん、間違いなく、便利な引き立て役扱いでも。
高校卒業後、わたしは造形作家を目指して、美術大学に入った。
そこはとても過ごしやすい場所だった。
高校までの、どこか周囲に気を遣って生きる息苦しさはなくて、みんな、自分のやりたいことをして、学びたいことを学んで。
何かを作る人々には、マイペースな人が多いのかもしれない。
それはきっとわたしにも言えることなんだろう、そう思うと楽になった。
幸せな日々の中で、一人の男性、同級生と仲良くなった。
どうして男性なのにこんなに話しやすいのかな、と不思議に思わせる人。
彼の名前は愛子 裕壬。
話している間に、彼が男性なのに、男性を好きになる人だと気がついた。
好みの男性を目で追うから、分かりやすかった。
愛子さんは自分のことを平凡な男だ、と思っているけれど、そんなことない。
彼は優しい。
彼の描く世界は、優しさと美しさであふれてる。
男性らしい力強さはあまり感じないけれど、男性的とも女性的ともとれる筆致は、彼にしか描けない。
すごいのは愛子さんだけではなかった。
わたしは、自分の非才さを嘆いて一、二年目を過ごした。
そんな後ろ向きでうじうじしたわたしに、愛子さんは優しかった。
もしも彼が、女性を好きになれる人だったら、ここまで仲良くなれなかっただろう。
わたしは愛子さんに頼り、助けてもらった。
いつか、彼を助ける側になれたらと思った。
友人として。
大学生三年目。
久しぶりに彼女、樹里亜から連絡があったと思ったら、合コンのメンバーを集めろ、と言われた。
彼女はお金持ちの息女が入るとかいう、どこかの女子大に入ったはず。
参加者の女が数人足りないと言われても、困る。
強引な彼女のやり方が久しぶりで、わたしはうまく断れなかった。
所属するサークルのメンバーや同級生に頼み込んだけれど、二十代後半の社会人男性との合コンに興味を持ってくれる人は、わたしの周りには少なかった。
きっとデザイナーや画家、造形関係者との合コンなら飛びつくんだろうな。
もちろん、最新の技術や感性を吸収する先輩として。
どうしよう、と思っていた所に再び彼女から連絡が来て、今度は男が一人足りない、と言われた。
女も男も無理!、と泣き叫びたい気持ちになりながら、わたしは愛子さんに言ってしまった。
金を出して合コンに参加して、と頼める男性なんて知り合いにいなくて。
「合コン?……いいよ」
やっぱり優しい。
ごめんなさい。
ありがとう。
迷惑をかけて申し訳ない気持ちと、優しい愛子さんへの感謝の気持ちで胸が潰れそうになる。
参加した合コンは、やっぱりぜんぜん楽しくなかった。
でも、灰色の髪のめちゃくちゃ怖い雰囲気の男の人と、愛子さんは意気投合していた。
よかった、無理言って参加してもらったけど、少しでも楽しんでもらえたなら、とホッとした。
その時の合コンでは、彼女と彼女の兄だという男性の相手をさせられて、わたしはくたくただった。
だからその後、なにが起きたのかは知らない。
翌日彼女は、一番のイケメンにお持ち帰りされたわ、あんたは?、なんて浮かれて連絡してきた。
人が苦手なわたしが、男性と付き合う日なんて来るのかな。
そう思いながら彼女を「すごいね」と持ち上げたけれど、高校生の時のように彼女に追従することを、苦痛に感じてしまった。
そんなふうに日々を過ごしていたら。
大学にウェアウルフが来る、なんて話が出ていた。
ウェアウルフ?
狼男?
ファンタジーの登場人物が、いるわけないのにと思っていたのに、全員参加でデッサンすることになったので、着ぐるみでもくるのかなと階段講義室へ向かった。
現れたのは、間違いなく本物の怪物だった。
怪物の側には愛子さんがいた。
会話をしているように見えたけれど、何を話しているかは聞こえなかった。
怪物は、怖かった。
恐ろしかった。
本当にあんなものがいるなんて、知らなかった。
物語なら平気なのに、本当にあんな恐ろしいものが、すぐ横にいるなんて。
愛子さんは、大丈夫だったのかな。
わたしは、愛子さんがなにかに巻き込まれているのでは、と思った。
心配で、でも、聞けなくて。
愛子さん本人は、それからもいつもと変わらなくて。
わたしが一人で騒いでるだけだったら、迷惑になる。
どうしよう、なんとかしなくちゃ、と思っても、わたしにはどうしようもなくて。
いろいろと経験が豊富な彼女に相談した。
少しでも助言が欲しくて。
何故か突然、合コンの時に会った彼女のお兄さんが、わたしと彼女に会社に来て欲しいと言ってきた。
電話の向こうで彼女が「人狼だって、楽しみだね!」と興奮している。
楽しみ?
あんなに恐ろしいのに?
会いたくない。
いやだ。
彼女のお兄さんに、電話口で「人狼に会いたいんだよね?」と彼女に似た押しの強い口調で言われて、違うと言えなかった。
なんで彼女のお兄さんが、わたしを勤め先に呼ぶの?
勤め先に人狼がいるってこと?
人狼って……ウェアウルフ、狼男のことでしょ?
彼女のお兄さんが働いてる会社に怪物がいるの?
無理無理、怖い。
そんなの会いたくない。
遠くから見てたから平気だったのに。
彼女のお兄さんには合コンの時に会っただけで、その時だって連絡先を聞かれたわけでもなく、妹の友人か、そう、よろしくね、くらいのノリだったのに。
なにかがおかしいと思ったから、愛子さんに言った。
わたしのせいで、絶対に何か変なことになった、って気がついたから。
でしゃばったから。
愛子さんに罵られる覚悟をしてた。
でも、言わなければよかった。
愛子さんが一緒に行くよと言ってくれて、安心している場合じゃなかった。
合コンの時に来ていた、灰色の髪の男の人が人狼だという。
彼女のお兄さんの部下。
周囲に人狼であることを秘密にしていたのに、わたしのせいで、知られてしまった?
嘘かもしれないけれど、わたしは本物を見ている。
わたしは……なんて馬鹿なことをしたんだろう。
突然、血を吐いて倒れた人狼だという男の人は、救急車で搬送された
壁と床に叩きつけられた愛子さんも。
大騒ぎになったビルの中で、彼女のお兄さんだけがいつまでも喚いていた。
入院した愛子さんを見舞って、謝った。
わたしにできることならなんでもする、って。
愛子さんは、不思議なほどいつもと同じ様子で、わたしに言った。
「大丈夫、またガイルさんの連絡先を教えてもらえたから」
何も言えないわたしに、愛子さんはこっそりと、秘密だよ、と続けた。
「好きなんだ、ガイルさんが」
少し照れたように言う愛子さんは、恋をしているのだろう。
怪我も入院も、恋の前では乗り越える障害にしかならないのかもしれない。
わたしは、きっとこれから一生、なにか起きるごとに、あの時の愛子さんの背中を思い出すだろう。
いつも人に優しくて、人のために痛みを恐れずに飛び出せる彼の背中を。
わたしも、愛子さんのように、人を好きになりたい。
初めて、恋がしたいと思った。
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